第4話 不気味なクリオネ

「おわ! なんか出て来た!?」

「どういうこと!? え、なにこれ魂!? 私たち死んじゃうの!?」

「大丈夫、みんな落ち着いて! これは魂でもなんでもないから!」


 未知の体験に誰もが慌てふためき、畏怖する男女。だが自分から抜け出した思念体が目の前を漂うと、一様にその飛行物体に目を奪われる。


「天使……?」


 眼前で飛び回る思念体を誰かが仮称する。

 案外その呼び方は的を射ており、違和感なくみんなの腑に落ちた。なぜならそれは、まさに小さな羽を生やした海の天使・クリオネを象っていたからだ。

 クリオネは全身からオーラを放出しながら空中を漂っている。その大きさや姿は人によって違い、様々な種類が見受けられた。


「小さく丸まってたからわからなかったけど、こうしてみると結構可愛いかも」

「おい、お前のクリオネめちゃくちゃ色が出てるぞ!」

「みんな見ろよ俺の! かっこいい形してね!?」


 初めクリオネを気味悪がっていた子どもたちは、クリオネの全身を認識すると、途端に愛着が湧いて可愛がり始めた。


「真名ちゃん、これなんなの?」

「みんなの心の形だよ。みんなそれぞれ形が違ってて面白いでしょ――あ」


 と、真名はなにかに気づいて声を上げるや、明を見てキラリと目を光らせる。

 偶然目が克ち合った明は、なにかと首を傾げただけだった。

 それが後に厄介事を招くことになるとも知らずに。


「この人のなんか、すっごく個性的だよ!」

 

 ステッキが振り下ろされた瞬間、明の胸の辺りからクリオネが出現する。


「うわっ!? な、なん!?」

 真名がクイッと指を曲げると、クリオネは操られたように明の体から抜け出し、空中を漂った。突然のことに明はひたすら仰天し、盛大に倒れる。


「見境なく他人巻き込むな!」

「あ、見てあれ! みんあと違う形してる!」


 咲の怒鳴り声は、途端に周囲のざわめきに呑まれた。一同が顔を向けると咲も自然と注意を引かれて目を向ける。

 当店した明の正面に、奇形のクリオネが浮遊していた。

 頭や体の所々が欠けており、全身が半分近くも欠落している。片目は飛び出し、羽も右側は千切れ、左側は折れたように変形していた。

 全身の骨格は歪み、至る箇所に噛み千切られたような傷跡がある。抉れたところから内臓のようなものが飛び出していた。

 片羽で一生懸命泳いでいるものの、明のクリオネはその場でくるくる回り、蛇行しては壁や地面にぶつかり、小さな鳴き声を上げる。

 生きているのが不思議なほど見るも無残な奇形のクリオネに、咲は戦慄する。


「な、なに……これ……っ。これも、私たちと同じ心なの?」

「お兄さんの思念体、体も半分に裂けちゃってて物凄く醜くてキモいね」

「な、なんですか急にっ。喧嘩売ってるんですか!?」


 いきなり煽られて明は困惑した。だが真名はお構いなしに話を進める。


「なにか悩みがあったりするの?」

「ちょちょちょ、なにしてんのあんた!? ステッキからなに出してんの⁉」


 当然のようにステッキから色彩を滲ます真名に咲が突っ込むと、真名はぽかんとする。


「はえ? お兄さんが話やすくなるよう、リラックスさせようかなーと思って」

「なにがリラックスだ! また前みたいに変な呪詛で洗脳する気でしょ!?」

「洗脳じゃないよ。これはみんながいい子ちゃんになるために心を操って」

「それが洗脳だっつってんだろうが! そのステッキ下ろして!」

「あぁ~ん!? 公衆の面前で咲ちゃんやめてぇ~!」


 咲がステッキを奪おうと真名を引き寄せると、真名は色っぽい声を出しながら自ら服を脱ぎ始めた。突如繰り広げられる謎の光景に明は当惑する。


「な、なんですこの騒ぎは!? 体から出たこれは――」

「「あああああああああああああああああああああああああああああ!」」


 明が指摘したとき直後だった。真名と咲が転倒するや、明の方を向いていたステッキから、色彩を凝縮した高質量のビームが発射される。


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 ビームは見事明に直撃すると、衝撃が空気を震わせて色彩を波立たせた。

 あまりの威力と尋常でない破壊音に、咲は真っ青になる。


「い、今めっちゃ凄いのが直撃したけど……え、嘘!? 大丈――ふぁ!?」


 慄くや、後ろからがしっと体を掴まれて声を上げる咲。振り返ると、真名と一緒に騒いでいた者たちが咲を拘束していた。

 咲はすぐに誰が主犯であるか思い至ると、怒声和げながらいたばたと暴れた。


「ちょ、またなんかやったな真名!? ちょっと本当にやめなって! クリオネが変な形の時点でもう重い話って察したから! 聞いちゃ悪いって!」

「さあさあお兄さん、心の内や悩みをぶちまけちゃってくださいな!」


 咲が動けないのをいいことに真名は話を進めると、ささっと明に近づいた。明はふらつきながら体を起こすと、完全に精神操作された顔つきで額に手を当てる。


「悩み、ですか……?」

「話さなくていいから! 真名に操られて言う必要なんて――むぐっ⁉」


 叫ぶ咲の口にハンカチが詰められた。真名は改めて明に質問を投げる。


「そうそう。最近気になってることとかない? 気になってる子でもいいよ? 恋バナとかならぁ、真名ちゃんすっごい大歓迎ー!」


 促されて明は思考する。直近で気にかかっていることといえば、思い浮かぶのは一つ。


「……家族関係のことなら、一つあります」

「は? 家族関係? ……あ。近親相姦的な?」


 ぽかんとすると真名は首を傾げ、閃いて指を立てる。が、明は首を振った。


「いいえ、違います。むしろ距離開いています」

「え。じゃあなにが辛いの? 胸のときめきはどこへ?」


 色のない話題に、真名はあからさまに白けながら問うた。しかし明は真剣に話す。


「実は両親が離婚していまして、私は父に引き取られ、今は父と、父の浮気相手の女性と一緒に暮らしています。ですが最近、母から一緒に暮らさないかと持ちかけられまして」

「どちらを選べばいいか迷ってる感じ?」

「まあ、端的に言えばそうですけど……。私にとっては、父親と母親の両方がいることが家族の基本的な形という認識なので、浮気とか別々に暮らしているのは現実感がなくて、どう振舞っていいのかわからなくなってしまいまして……」

「ええぇ~!? じゃあ悩みって恋バナじゃないの!?」

「そんなこと一言も言っていませんが」


 無遠慮に真名が落胆すると、明は困惑した様子で言った。


「えぇ!? そんなことが悲しいんですか!?」


 突如上がった驚愕の声に明はぎょっとし、顔を向ける。

 そこにいたのは、真名と一緒に騒いでいた生徒たちだった。

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