第32話 episode 31 愛の意味

 長かったマグノリア王国での生活も今夜で終わりを迎えようとしている。

 人羊ワーシープ達を城へ連れて行き、ミーニャと合流した後はグランフォートの館に身を寄せていた。


「夜遅くにごめんね、グランフォート」

「いえ。いいですよ、アテナ。

 今夜が最後ですからゆっくりお話もしたかったですし」

「そうなのよ。あたし達もグランフォートも忙しかったから、中々話せずにいたからね」


 グランフォートの寝室を訪ねたあたしはベッドに腰を降ろし、最近の出来事を頭にちらつかせ口に出した。


「湖を開放する準備や人羊ワーシープの村を造る手筈など、一度に押し付けられましたからね」

「あら? それってあたしのせいだって言いたいのかしら?」


 意地悪く笑みを浮かべながら話すあたしに、両手を広げ首を横に振った。


「そんなことはありませんよ。全てが上手くいったならこうなるだろうと予想はしていましたからね」


 剣闘技祭であたしを推した責任というところで、グランフォートに大量の仕事を任されていたのだ。


「流石よね、こうなることまで予想していたなんて。

 そうそう! 予想してたって言えばさ、グランフォートは何であたし達が変えてくれると思ったの?

 何か根拠があったんじゃないの?」


「根拠と言われると二つ。

 一つはアテナ、君の性格だよ。好奇心の塊であり己を貫く負けん気の強さ。

 そして、自由の身であること。これらが揃って初めて国と戦える。

 だから君になら任せられると思ったてね」

「ふぅん。あたしの性格とか瞬時に見抜いたってわけね。

 それで? もう一つは?」

「それはね、曾祖父の代から言われていることがあるのです。

『欠けた月が訪れしは変革の刻。悠久の魂目覚めしは、友と共に』と。

 ミーニャの左胸の上に三日月模様が見えたことで思い出してね、もしかしたらと思ったのですよ」

「そんな言い伝えが、ねぇ」


 単にあたし達に任せたのではなく、もしかしたらと思うところがあったのかと少なからず関心する。


「本当はもっと長いのですが、欠けた月と悠久の魂のところで君たちなのかも、とね」

「にしてもミーニャのアザ、よく分かったわね。肌の露出なんて少ないのに。

 ホンットによく見てるわね!」

「いやいや、たまたまさ。背が高い分服の隙間から見えただけだよ」

「見えたのと見たのじゃ違うんだけど!?」


 ミーニャはあたしと違いあまり肌の露出が無いような衣服を身に付けるのだが、それなのに胸元の痣を見つけたことに苛立ちを隠すことは出来なかった。


「決して見たわけではないよ。我が女王陛下に誓って」

「ふんっ! だったら今は・・許してあげるわ!」

「許すも何も、君が怒ることはないのでは?」


 言われてハッと息を飲むと顔が熱くなる。

 何を苛立っていたのか、何に怒っていたのか、何故だか凄く恥ずかしくなった。


「あっ、いえ、その……。

 あれよあれ!

 ミーニャはあたしの大切な友達で、大切な仲間で、大切な存在なの! ミーニャの裸はあたしだけのものなの!!」

「い、いや、裸は見ていないんだが……。

 まぁ、そういうことにしておこうか。すまないね、アテナ」

「わ、分かればいいのよ――分かれば」


 謝られたことでグランフォートの顔を見るのも恥ずかしく、視線を反らしながらも返事をした。


「そのミーニャなんだが、あれ以来は体調を崩してないのかい?」

「ええ、ずっと元気にしてるわよ。

 でも何故かしらね。

 今回はミューが周りに術を施したんだから、体調を崩すことなんてないと思ってたんだけど」


 そもそも、今回はミューが城に遣える神秘術士カムナーから文献を預かり独自に施した術なのだ。それ故にたましいと接したからといってミーニャだけが体調を崩したことに疑問が拭えなかった。

 それはグランフォートも同じようで、不思議に感じていたのだろう。


「体の熱さも二日で治ってるし、前回と大した変わりがないのよね」

「やってることが前回と違うのに症状は変わらない。

 関係があるとすればたましいか湖か……。

 ミーニャから育った環境とかは聞いていませんか?」


 グランフォートの問いに天井を見上げ思い出してみるものの、何か聞いた記憶は出てこなかった。


「そもそも過去の話なんて興味ないからさ、あたしから聞くなんてことはないのよね。出会った時は奴隷として働かされていたけど……。

 あっ! 一つ覚えているのは、魔者の子だと言われて捨てられたって」

「魔者の子?」

「ええ。働かされていた家主が言ってたから後でミーニャに聞いてみたわ。

 ずっとそう言われて育てられたって」


 何かした記憶もないのに奴隷として売られるまで両親に言われ続けていたのだと、ミーニャは話したことがあった。


「ふむ、そうですか。もしかしたらそこに何かあるのかも知れないですね。

 ただ、言われていた理由も分からない今ではどうすることも出来ないですが」

「そうね。両親も分からず終いだし、こればっかりは。

 それより驚いたわね! レンとレイブンにはさ」

「どうやらそのようですね。なんでも敵対していたとか聞きましたが」

「そうなのよ! それが数日の間で親密な関係になる!?

 それも、相手は黒ずくめのままのレンなのよ。どこにどう惹かれたらあんな風になるわけよ。

 全く理解出来ないわ」


 いくら男女が数日一緒に居たからといって、そんな簡単に惹かれ合うことなんてあるものなのか。

 それもよりによって、着飾りもしていない蓮なのだ。


「恋愛とはそういうものですよ。

 どこで、どんな形で、人を好きになるかなんて誰にも分かりません。それは見た目だけでも、中身だけでもないのです」

「ん~。見た目でも中身でもないって。

 だったら何だって言うの?」

「それはね、心から沸き上がる『愛』ですよ」

「愛……ねぇ。

 ブレフトも言ってたけど、何を指しているのか分からないわ」


 形のない物ほど言葉だけでは理解し難い。

 それが分かる為には、己の身をもって知る以外ないのかも知れない。


「だからよ! だからこそあたしは旅をしてるのよ」

「ミーニャから聞きましたよ。アリシアという名の剣士に会うべく旅をしていると。

 それも、この国で見かけたそうで」

「そうだったのよ。メイル女王が教えてくれたけど、お姉さまで間違いじゃなかったのよ。

 けど、まぁまた捜すわ」

「そうですか……」


 グランフォートは低い声で一言だけ言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、あたしの隣に腰掛けた。


「では、また旅に出るのですね。

 愛の意味を知る為に……」


 優しくもどこか淋しげな瞳であたしを見つめていると彼の手がそっと頭に触れ、それは流れるように髪を伝い、頬のところでその手を止めた。

 グランフォートの体温を感じると胸の高鳴りは増すばかりで何も考えることが出来なくなり、あたしは身を委ねるように瞳を閉じた。

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