第27話 episode 26 物語の主人公

 洞窟から漏れる明かりと木々の隙間から射し込む月明かりの下で、安心して大量の食事にありつくことが出来た。それもこれも見張りに行っている蓮と、隣に座るレイブンのおかげであった。


「あぁ~、美味しかったわ。やり方次第であんなに美味しくなるのね」

「姉御の作ったものは不味かったがな」


 短剣の手入れをしながら顔を上げることもなく、サラッと酷いことを言い放った。


「なんですって!?」

「姉御だって吐き出してたろうよ」


 確かにあれは人間の食べるものではなかったな。


「ま、まぁ、あれは失敗だったわね。でも、次は負けないから見てなさいね」

「誰と勝負の話で?」

「ん? 食材に決まってるじゃない。

 同じような物を使ってあれだけの差が出たのよ。次こそは食べれる物にしてやるわよ」


 ミューに言われた通り作った筈が、どこでどうなってあんな味になったのか見当もつかず、あたしの腕が食材に劣ったとしか思えなかった。


「はぁ。ご苦労なこった」


 あたしの気持ちを意に介さない返事で、改めて道具の手入れを始めた。


「まぁ、あんたは二度と口にすることもないだろうから、別にいいわよ」


 悪意があるのではなく、単にずっと一緒に旅をするつもりがないといった遠回しの意味だったが、伝わったのかは疑問だ。


「アテナ。私も横になろうかと思いますが、大丈夫ですか?」


 後ろから問われたミューの声に振り返ると、ほとんどの人羊ワーシープは洞窟に行ったと思われ、外には数人の影しか見えなかった。


「いいわよ。ゆっくりしてて。

 入り口の傍で寝ててくれたら、あとはあたし達がここで見張りをしとくからさ」

「ありがとうございます。他の者にも伝えて、お言葉に甘えさせて貰います。

 アテナ達も無理をなさらぬように」


 深く頭を下げたミューに一声掛けるとあたしも立ち上がり、草を敷き詰め準備しておいた寝床へ向かうことにした。


「あたしも少し休むけど、あんたに任せて良いわよね?」

「あぁ、いいぜ。蓮が帰って来るまでだ、それくらいどうってことはない」

「変な気は起こさないことよ」

「何を指してるかは知らないが、逃げたり寝込みを襲うことはしないさ。

 今はその時じゃないからな」


 どうやらあたしと出会った時よりも成長しているようで、状況を見極めることもするようになったらしい。

 ただ、それでも顔を上げることなく自分のことに集中していた。


「良く分かってるじゃない。ならレンが帰って来たら起こしてちょうだいね」

「あいよ」


 なんだかスッキリとはしないがお互い疲れもある、これ以上はと思い寝床へ体を沈めた。

 自然の声だけが辺りを包み、それらがあたしの聴覚に囁き掛けるとすぐに睡魔が襲ってくる。

 蓮の置いていった黒い外套ローブに身を隠すと、意識が遠のき始めた。




「……ご。あね……」


 声が聞こえる。

 誰かが呼んでる?

 あたしは……。


「んっ! んんっ!! んんん!?」


 眠り始めたばかりなのにもう起こすのかと意識が戻り始めると同時に、口元に違和感を感じた。

 目を開けた先に待っていたのは、レイブンの顔と伸ばされた腕。

 身動きを取ろうにも馬乗りになり片腕を押さえる男性に、あたしは動くことが難しかった。


「姉御、静かに! 動かないで」


 小声で囁くレイブンだが、そうは言ってもこの状態で、この状況では無理があるだろう。

 鎮まり返り近くに誰もいず、男性があたしに乗っているこの恐怖、これを抑え込みながら抜け出す方法を考えるが、口にあてがわれた手のひらさえ外すことが出来ない。

 貞操の危機だと感じると、唇を奪われた瞬間が頭をよぎり、恐怖心が怒りに変わってきた。


「姉御、落ち着いて。何もしやしない、動かないで」


 こんな状況になったら男なんて皆そう言うに決まっている。

 変な気は起こさないと言ったくせに頭にくるわ!


「ホントに静かにして下さいって。何か、誰かが――」


 怒りに身を任せ左右に動いた結果、馬乗りが浅くなり体の間に隙間が出来た。

 ここしかない、と勢いよくお腹を張り上げるとレイブンの体が一瞬浮き上がる。


「おわっ」


 すかさず膝を折り曲げ体の隙間に入れ込むと、レイブンの股下を突き上げた。


「っんごぉっ……」


 股間を抑え、固まったまま横に崩れ倒れるレイブンに向かい急ぎ立ち上がると、自身の体を抱きしめ言い放った。


「あ、あ、あんた! 一体何するつもりよ!

 あたしを、あたしに何を――」


 全てを言い切る前に森から聞こえた草花を掻き分ける足音に振り返ると、蓮とその後ろに人影が見えた。


「レン!? 後ろは?」


 あたしの問いに足を止めるでもなく、現した姿は蓮の首筋に剣をあてがえた見知った顔に更なる戸惑いを覚えた。


「えっ? どうして? それに、レンに何してるのよ!?

 ……レディ!!」


 近づいてきたことで首筋に剣があるだけでなく、左腕も後ろ手に掴まれていた。


「やっと会えたね、アテナ。随分と骨が折れたよ」

「何? 一体どういうこと? レディには何も言ってないのに。

 そ、それよりレンを離しなさいよ。敵じゃない、見知った顔でしょ!?」

「だったらこいつに言いなよ。あたいだって戦う気はこれっぽっちもないんだからさ。

 それより、あたいはそこに転がってる奴が気になるがね」


 信頼し、仲良くなったと思っていたレディがこんな形で居ることに全く理解出来ないでいるが、レディだけではなく、蓮も悶えるレイブンに顔を向けていた。

 こんな時にも関わらず一向に立とうともしないレイブンは一体何を考えているのやら。


「ん? いいのいいの、気にしないで。悪いのはこいつだから。

 で、レンがけしかけたってことなの?」

「レディがアテナを捜していたが、この場に連れて来ることは出来ない。

 我には、守らねばならぬ使命があるからな」

「って言うもんだからさ、あたいだって気になるじゃんか。

 その、守るべきもの・・・・・・、ってやつがね」


 暗がりではっきりとは見えなかったが、レディは一瞬だけ目を細めたようだった。 


「間違ってはないし、正しい選択だと思うわ。けど、何でそこで武器が出てくるわけ?

 まさかとは思うけど……」


 レディのことは信じていたいが、これまでの経緯から何か隠して行動しているのではと、疑いの念が頭をよぎる。


「ふっ。流石だね、アテナ。あたいが見込んだだけはあるよ。

 いい線行ってるよ、その考え――けど、そいつは勘繰り過ぎってもんさ」

「じゃあ、何で……」

「別にアテナをつけてきたわけじゃあないし、誰かに頼まれたわけでもない。あたいは、あたいの思うままに行動したってわけさ。

 ま、詳しくはこいつをどうにかしてからだね」


 微動だにしない蓮に対して、剣を構える姿勢を緩める事のないレディ。

 彼女を信じるべきか、人羊ワーシープをこれ以上人目に晒さぬべきか、決断に迷う心にレディの言葉が響いた。


「レン! レディが離しても何もしないって約束して。

 そして、あたしを信じて」

「構わないが、それは数多あまたの命を背負うことになるぞ」


 蓮はあたしの意図を理解し、それが何を意味しているかも淡々と説く。それを言ってくれたおかげであたしの心に迷いや揺らぎが一切無くなり、笑顔で応えることが出来た。


「大丈夫、任せなさいって! あたしはあたしの思うままにするわ。

 それがあたしってもんでしょっ!

 一つの命だろうが幾つの命だろうが、守ることに変わりないわ。

 命に代わりはないんだから」


「それが故に敵を生むことになってもか? その敵が、我になったとしてもか?」


 選んだ道から未来はどう転がるか誰も知る由はなく、だからこそ不安を抱えるのだろうが、今は蓮の低い声での問いに対してもあたしは冷静でいられた。


「だとしてもよ。だって、あたしが決めた道なんだもの。

 それでレンが敵になろうが、国が敵になろうが、知ったこっちゃないわ。

 敵になる判断を下すのはあたしじゃないもの!

 あたしはあたしが正しいと思ったことをするのよ、それが――アテナでしょ!!」

「……レディ、剣を。我はアテナに従おう」

「あいよっ」


 蓮の言葉を信じたレディは静かに剣を下ろすとそのまま鞘に収め、二人であたしの目の前まで歩み寄る。

 すると蓮は深々と腰を折り曲げあたしに向き直った。


「すまない。アテナの決意を試させてもらった。

 我の無礼、許してもらえるか」


「無礼? 何がよ。レンは間違ったことは一つもしてないわ。

 今までだってそうよ、試すことも必要だと思ったからでしょ。

 ……あー、一つだけあるわね」

「何だ」

「真っ昼間に全身真っ黒なのだけは絶対に間違いね。

 でも、いつもありがと」


 無礼だと感じていたのなら落ち込んでいるかも知れないと優しく手を握り感謝を示すと、鼻水をすする音が聞こえた。


「またぁ、すぐ泣かないの!」

「何だい? あたいの知らぬ間に二人はそんなに仲良くなってたのかい。

 ……まぁ、それはさておき。そいつ、どうしたんだい?」


 なんだ、まだ起きてなかったのか。


「どうしたもこうしたも、あたしを……その……。

 寝込みを襲おうとしたから、股間を膝蹴りしただけよ」


 顔が火照るあたしと違い二人共あからさまに目を丸くし、一方はあきれ顔を、一方は心配そうな表情を窺わせた。


「そいつは……。

 なぁ、アテナ。男の急所を蹴り上げるってのはさ、女のあたいらには想像もつかない痛みらしいよ。

 寝込みを襲うのは最低だが、仲間だったらそれは止めときな」


 小さい頃に男の子と喧嘩したときも、義理の両親にそこは止めろと言われたのを思い出した。


「そ、そいつは……誤解だ……」


 レイブンはうずくまりながらも顔を必死に挙げ、痛みを堪えていた。


「なっ!? 何が誤解だってのよ。その通りでしょ!?」

「オ、オレは……誰か来るから静かに……って」

「ん? 言ってないわよ?」

「冷静に思い出してくれ……姉御……」


 はて、冷静に思い出してと言われたところであたしの耳には……。


「……誰か起きるから静かに、って言ってたわね」

「姉御……そりゃあないぜ……」


 確かにそう言ってたと思うがレイブンは顔を背け否定的だった。

 それでも尚、腕組みをしながら思い出そうとしていると、レディがおもむろにレイブンの腰を叩き始めた。


「こうしてあげると少し楽になるそうだよ。

 どっちを信じるでもないが、お互い悪気があったみたいじゃないし、あんたもアテナを許してあげな――アテナもやるかい?」

「……え、遠慮するわ」


 いくらあたしが悪くても、うずくまる男性の腰を優しく叩くのは抵抗がある。クスクス笑いながらレディはある程度叩くと、レイブンに声をかけその場に座りこんだ。


「さぁて、詳しく知りたいんだろ? アテナ達も座りな。

 順を追って話してあげるよ」

「よっ、と。そうね、話してもらって蓮にも納得してもらいましょ」


 レディを目の前にあたし達は草の上に腰を下ろした。


「さて、そぉさね。

 アテナが連れて行かれた次の朝、気になって城に行ったんだが誰も取り繕ってくれなくてね。そんな時に現れたのが、可愛らしい女の子を伴った紳士さ。

 名前は忘れたが、宰相と近衛騎士に会わせてくれてね、そこでアテナが脱獄したと初めて知ったのさ」

「一応は賞金首になってないってことね」

「だがね、そこで言われたのが、アテナを見つけ出し期日までに戻らないようなら、生死を問わず連れ戻して欲しいってね」


 ちょっとした衝撃を受けたが、そんなことを言うのはあの堅物の宰相しかいないだろう。


「でもミーニャ――女の子は無事でいるんでしょ?」

「あぁ。不安そうな顔はしてたけど、国としても約束は守るとは言っていたよ。

 ただ、威厳やら尊厳やらがあるから期日は絶対だとね」


 良かった……ミーニャが無事で本当に良かった。

 あたしはミーニャを信じ、ミーニャもあたしを信じてくれていると思っての行動だったが、女王クイーンが守ってくれるかは実際のところ賭けではあった。


「それで、たんまりと報酬を約束してきたってか?」


 急所ではなく、何故かお腹を抑えているレイブンが嫌味ったらしく横から口を挟んだ。


「そう思うのも仕方ないさね。

 だがね、あたいは縛られて生きることが真っ平ごめんなわけさ。特に、国なんてものに仕える気なんて更々ないからね、丁重に断ってきたよ」

「だったら何で?」

「あたいは物語の主人公にはなれない存在だからさ。

 ただアテナ――あんたは違う。

 だから、その物語を手伝う役目をあたいが担ってやりたくてね。そのおかげで連れ戻さなければ、あたいも賞金首ってわけさ。

 けどね、そんなのはどうだっていいのさ、アテナに会えればね」

「レディ……」


 少しでも疑っていたことが恥ずかしく思える。

 単にあたしを捜してたのではなく、そこまで考え、想ってくれてここまで来てくれていたのだ。


「そこでだよ。理由は教えてくれなかったが、城を脱け出したのならば北へ行ったのだろうと推測してくれてね、その言葉に従って北の街で足取りを探ってみたのさ。

 すると、まぁ怪しい話を聞いてね」

「どんな話を聞いたの?」

「朝早くに女の子と変な身なりの子が慌ただしく店に来たかと思ったら、直ぐに出て行ったとさ。

 その格好が真っ黒だと言うもんだから、蓮の手引きがあった可能性を考えて聞いて廻ると、山の方に向かったみたいだと分かったってわけさ」

「やっぱりかぁぁぁ!!

 レン! これで分かったでしょ!?」

「ん? 何がだ?」


 ……こいつめ!

 城を脱け出すまでは良かったが、朝陽が出てからというもの、行き交う人の視線を感じていた。

 それなのに、何故分からない!


「だからおかしいって言ってんのよ、その格好!

 敵意がない視線だからって明るいところじゃ怪し過ぎるでしょっ!!

 レディをここまで導いたのは実質あんたなの」

「そ、そう――なのか」

「それを追って来たからって応戦するなんて……レディに謝りなさい! って言いたいとこだったけど、まぁいいわ。こうして、友にまた会えたんだから」

「許してくれるのか?」

「その代わり!

 街に戻ることが出来たら、昼間はあたしの見立てた服を着るように。

 いいわね?」


 蓮は渋々といった感じで頷くと、向かいの二人は下品な笑い声を上げていた。


「はぁ、どっと疲れたわ。

 何だってこんな旅になったのかしらね。普通だったら毎日毎日こんなこと起きないわよ」

「そいつを乗り切れる、それが物語の主人公ってもんさ。

 さて、アテナとも出会えたんだ、あたいは少し眠らせてもらうよ。これからする事はそのあとで聞かせてくれよな」


「えぇ、そうしましょ。今度はあたしが起きてる番だけど……。

 レディも居るならみんなで寝ても平気そうよね」


 誰も異論は無いようで、あたしとレディを中心に等間隔で拡がると、大の字で横たわった。

 折角の寝床も台無しになってしまったが、煌めく星々に身体を預けると、それすら気にならないほどに心が安らぎ、瞼が自然と降りてきた。

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