第23話 episode 22 未来の為に

「逃げるしかないわね。

 あんた、ここまで来たんだから走れるわよね?」

「足は平気だからよ、逃げることぐらいは出来るが、姉御なら戦えるだろ?」


 簡単に言ってくれる。

 そもそも魔者と戦ったこともなければ見たこともないのに、あたしなら戦えるとはどんな目で見ているのやら。


「戦えるわけないでしょ! いくら醜悪魔オークっていっても群れで行動する魔者よ。

 今の状況じゃいくらなんでもムリよ。

 それともなに? あたしは魔者より凶暴だっての?」


 こんな時にそんなことを言われ、冗談を言える気持ちではなかった。

 ただ、怒っているわけでもないので、口元だけにやけてしまい怪しい表情になったのは言うまでもない。


「い、いや、いやいや! 姉御の優しさは女神のようです!!

 逃げましょう、ね、逃げましょう!」

「だったら初めから変なこと言わないの。

 さあ、レンも行くわよ」


 あたし達をよそ目にずっと警戒している蓮は、首を軽く振りこちらを向くことはなかった。


「アテナ達は先に行って皆を逃がしてくれ。我が足止めをしておく」

「分かったわ! じゃあ、よろしくね」


 …………。

 …………。

 …………。


「な、何よ」

「いや、何でもない。 我が足止めを……」

「うん、分かったって! 頼んだわよ」


 そんな二回も言わなくてもいいのに。


「あ、姉御? もうちょっと心配するとかは……」


 ひきつった顔のレイブンがあたしの袖を引っ張りながら言うと、蓮を見ろと指を指した。


「泣くな泣くな!

 あたしが言ってるのは絶対の信頼があるからで、生け贄にするとかそういう意味じゃないってば! ムダなやり取りを省いただけよ」


 今のあたしはハッキリ言って無力だ。

 そんなあたしが『あたしも残るわ、レンを置いていけないわ』なんて言ったところで足手まといが増えるだけで、蓮も『いや、皆を守るのが先だ、早く』とか言うに決まっている。

 だったら最初から任せるに越したことはないし、それが一番良い選択に間違いはない。

 それに『レンを置いていけないわ』なんて、純真無垢な少女台詞なんて口が裂けても言いたくない。


「……ぐす。

 そうだったか。そんなにも我のことを……。

 分かった、早く行け。アテナこそ頼んだぞ」


 何だかちょっとズレている気はするが、最早そんなことに構っている余裕はない。

 蓮に頷いて見せると、すぐさま背中を向けて人羊ワーシープ達の元へと走り出した。


「姉御! 何で一緒に戦うとか言わないんですかい?」


「ん? 今のあたしは見ての通り丸腰なのよ。

 道具も無ければ魔法も使えない。頼りの魔法剣すら無いわ。

 あるのはこの美しい体と、それを隠す布だけなのよ。

 それに、レンの実力はあんたも知ってるんでしょ?」

「そりゃまぁ、一度はやられた身ですからね。

 あっ、本当だ。あの姉御が何で丸腰で」


 走りながら喋るわずらわしさにイラついてくるが、レイブンは息も切らさず平然とあたしの隣で話しかけてくる。


「そんなことは後よ。あんたにも手伝って欲しいことがあるんだからね」

「おっ! 姉御の頼みですか!?

 こいつは願ってもない」


 後で確実に締め上げないと恩着せがましくしてくるに違いないと、今は少しだけ睨みを利かせるに留まった。


「今から見るものは他言無用!それと、逃がしてあげなきゃならない人達がいるからそれを上手く誘導すること!

 いいわね、絶対よ。

 あたしが絶対と言ったら……絶対なんだからね!!!」


 最後は声も低く最大限の念を押すと、並走しながらも青ざめた表情のままあたしを見続けた。


「ほら、見えた! あそこよ!!」


 先程まで逃げ惑っていた人羊の姿は一切なく、誰も居ない廃村の様相を見せていた。

 あたしとレイブンは大声で皆に出てくるよう促しながら、真っ先に向かったのはおさの入っていった建物。

 声は届いていたのだろうが、勢いよく入った為か人羊ワーシープ達は驚きの表情を見せていた。


「長!! 早く出て!

 みんなにも外に出て逃げる準備を」

「どうした!? 人間は……後ろに!!」


 ああ、人羊を見て目を丸くしているレイブンのことか。


「こいつのことはどうでもいいわ。説明は後でするから、それよりも逃げる準備を。

 魔者が来たのよ!」


 新たな人間の姿に驚き戸惑っているが、それよりも魔者という言葉に顔が青ざめ出してた。


「なんと……この地もこれまでか。

 分かった、皆を一ヶ所に集めよう。

 さぁ皆も行くのだ!」


 数名の人羊はレイブンの横を慎重になりながらも通りすぎ外へ出ていった。


「あ、あ、姉御?」

「あんたも後よ。とにかくみんなを集めないと。

 さあ、行くよ。

 長も早く!」

「うむ。このようなことは想定していたが、まさかな」


 長の言葉通り、人羊に害をなす人間や魔者が来ることは想定していたのだろうが、それでも苦虫を噛み潰したような顔に悔しさが伝わってくる。


「みんな出て集まって!!」


 レイブンと共に一つ一つの建物に声をかけながら走り回る。

 あたし達が長と外に出た時にはある程度集まっている姿を確認したが、全員とは思えず確実に出てきてもらう為に走り回る必要があった。


「はぁはぁ……。これで一通りしたわ。

 レイブン! あんたの出番よ。

 一軒一軒誰も居ないことを確認してきて」

「そんなことでいいのかい? オレにとっちゃ容易い御用ってやつだ。こんなんで恩を売れるなんてな。

 いいんだな、姉御」

「ただし確実によ! そして、みんなのところに連れてくる。

 分かったわね」


 レイブンは簡単だとニヤケ顔を見せると即座に動き出した。

 やり手の盗賊にとって人の気配を感じるのは雑作もないことだろう、そう思い彼に託した。

 あたしに恩を売れて、尚且つ珍しい人羊がいるならば裏切ることもないと自信があり、更に蓮を追って来たのなら勝手にどこかへ行ってしまうこともない。

 あたしは落ち着きを取り戻し、ゆっくり見回りながら人羊の集まる方へ行くと、ミューがあたしの元へ駆け寄ってきた。


「どういうことになったのですか?」

「ん? ああ、魔者が来たからみんなで逃げるわよって話ね」

「魔者ですか!? この場所にまで登って来たのですね」


 ミューの話し方だと、あたしが登って来た反対側も中々の山道のようだった。


「実際に見たわけじゃないけどね。

 レンが気配を感じて、レイブンって登ってきた人間が襲われたって話だからさ」

「そう……なのですね。

 その人間を追ってきたわけですか」

「ん~なんというか……。

 その人間はレンを追ってきたのよね」


 最早、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 結果を突き詰めるとチェロが迷子になったのが始まりなのだが、そんなことはどうでもいいと思う。

 今を、これからをどうするかが大事なわけで、この状況を受け入れて前に進まなければならない。


「全ては繋がっているのですね……。

 この世界に留まり全ての繋がりを断絶していたつもりでも、世界が私達を繋げていたのですね」


 そう考えられるミューは元より前を向き、人間界の一部でいるべきだと考えていたのだと思う。

 そんな話をしながら人羊の輪に戻ると

長が皆に説明をし、動揺が広がりを見せていたことに苛立ちを感じ取ったあたしは、輪をくぐり抜け長の隣に立った。


「ちょっと聞いて!

 動揺するのは仕方ないわ。けど、今はそれどころじゃないの。

 すぐそこまで魔者が来ているのよ!

 今はレンが足止めをしてくれているけど、長く持つとも思えないわ。それぞれ意見や怒りや不安もあるかも知れないけど、あれやこれやいう前に逃げるしかないのよ。

 分かった!?」

「アテナの言う通りだ。

 誰かを責めるよりも命を大切にしなければならない。我らには小さな命も守らねばならないのだ。

 だから、今は全てを堪え未来を紡いでいこう」


 あたしに次いで話した長の言葉でざわめきは収まり、一つに纏まった雰囲気になってきた。


「では行くぞ! 我らの未来の為に!」


 長が歩み始めると次々と人羊が続いていく。

 蓮とレイブンを待つあたしとミューは、その場で未来に向けた移動を静かに眺めていた。

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