第21話 episode 20 魔法と神秘術

 男女五人の中心に立ち、太く大きな角の中年の男性こそがおさと呼ばれた人羊ワーシープだった。


「蓮よ、何故戻ってきた。そして、人間を連れてくるとはどういった了見だ?」

「戻るつもりはなかった。しかし、一刻を争う事態となり、誰にも知られず必要な知識を得るには、亜人である貴方方あなたがたが最も適していると思い戻って参った」

「その人間が関わっているのだな? 信用出来るのか?」


 顔を蓮に向けたままあたしを睨むように見つめる瞳は、想像していた人羊とは駆け離れたものだった。


「彼女は信用出来る。自分自身にバカ正直で、真っ直ぐな心の持ち主だ。

 そんな彼女が貴方方を売る真似は決してしない」

「褒め言葉だと取っておくわ」


 これだけ聞くと単なる馬鹿に聞こえてしまうが、初対面の相手に信用してもらうにはこれくらい言わなければ伝わらないだろう。


「蓮がそこまで言うのなら。

 分かった、話を聞こうか。着いてこい」


 言われた通り彼らの後を着いて行くと、木と葉で造られた質素な家が幾つか姿を見せた。その中でも中心にある大きめの家屋に通されると、これまた質素かつ丁寧な造りの木の椅子を差し出された。


「こういう飾り気のない雰囲気も悪くないわね」

「我らはこの世界で生きていくのがやっとだからな」


 長がテーブルを挟み向かいに座ると若者二人が左右に立ち、他の人羊は出て行ってしまった。


「やっぱり人間は珍しいのね。皆が皆、あたしを注視してたわ」

「それはそうだ。人間は野蛮で狡猾。

 それ故、我らはここで交わることなく生活してきたのだからな」


 険しい表情を崩さす口調も厳しいままだが、敵意を感じることはなかった。


「それはごもっとも。戦争は終わらないし、虎視眈々と獲物を狙っては剣を振りかざす。

 だからと言って、人間全てが当てはまるってわけでもないのよ」

「それは貴女自身のことを言っているとでも?」

「そうであり、そうでないとでも言っておこうかしら?

 必要であれば剣も取るし、戦うことも辞さないわ。だって、生きること自体が戦いだもの」

「解らぬな」


 両手を顔の下で組むと顎を乗せ眉をひそめると、一層険しい目つきであたしを見据える。


「彼らも我と同様に忍んで生きる者。アテナの言いたいことは理解出来ても、納得は出来ないものだ」

「レン、あなたのどこが忍んでいるのよ。真っ白い人羊の中で真っ黒なのよ! こっちがビックリするわ!」

「うむ、確かに」

「……」


 人羊は人間と関わらないらしいので、蓮の姿というより人間だというのに驚いたであろうが、あたしから見たら人羊に驚くより蓮の違和感の方に目がいってしまう。


「長まで納得しちゃうのね……。

 まぁ、それはさておき。あたし達――というより、あたしがちょっと知りたいことがあってここまで来たのよ」

「そうだったな。我らの知識が必要だと言っていたが、どういったことだ?」


 一瞬だけ穏やかな表情で蓮を一瞥すると、何事もなかったかのように話を戻した。


「あたし達には魔法の知識がほとんど無くて、早急に知りたいことがあるの。死者を具現化――と言えばいいかしら、見えるように出来ないかなって思ってね。

 昔は死霊使いネクロマンサーとか魔法で具現化してたみたいだけど、何か出来る方法があるのか知りたくて来てみたのよ」

「見えるように? そんなことをしてどうする」

「話せば長いわよ。

 いいの? いやでしょ?

 だから手短に話すと、真実を知っている死者に真実を語らせ、想いを伝え聞かせたいのよ」


 目を見開いたかと思うと瞼を閉じ、眉間にしわを寄せる。


「魔法で具現化し操ることは可能だ。しかし、その者の想いや言葉は全く無視され、術者の意のままに操るのが死霊使いの本来の姿。

 魔法とはそもそも魔の者の使うすべ

 それと相反する術である神秘術カムイにはそのようなじゅつは存在しない。

 何故なら、元より神秘力カムナを持つ我ら亜人は、旅立つ前の死者とは話すことも見ることも出来るからだ」

「だったら、あたし達人間には結局何も出来ないってこと!?」


 司祭の使う術が神秘術だとは知っていたが、魔法と神秘術、魔力マナ神秘力カムナにそんな違いがあったなんて聞いたこともなかった。


「うむ。人間には魔力も神秘力も備わっているが、そんな術が伝わってない以上は我らの知識もここまでだ」

「でもさ、あたしの友達がたましいの見えるお婆ちゃんの力を借りて見ることも話すことも出来たのよ!?」

「なにっ!?」


 多少なりとも穏やかになっていた表情は、驚きからか目を丸くさせると同時に強張るとテーブルを両手で叩いた。


「ホントよ。彼女の肩に手を乗せて何か呟いたら、見えてたみたいでちゃんと話していたわ」


 顔はそのままに、瞳はあたしを通り越し遠くを見ているように思う。


「……なるほどな。人間らしいと言うべきか」

「何か分かったの?」

「新たな術を創りだしたのだな。それに加え、神秘力の強い者が力を貸した。

 それならば納得も出来るし、可能ではあるな」

「ってことは、それしか手はないのね?」

「現状ではそうなるな。

 その者に手を貸して貰うのが一番良いだろう」


 これで解決とばかりに言葉を切るが、あたしは苦笑いを浮かべることしか出来なかった。


「それしか手段がないの? それが出来るならとっくにやってるのよね」

「どういうことだ?」

「要するに、その人はもう手を貸してくれないし、他の人達から信じられてないのよ。で、あたしがしなきゃならないのは、一度に複数の人に真実を伝えることなのよ」

「となると、神秘力の強い者を沢山集めねばならない――が、一刻を争っているのでそんな事は出来ない。それ故に知識を借りに来た、ということか」


 あたしの口元は緩み、苦笑いと笑みの中間を取ることになった。


「話しが早くて助かるわ。

 何か、何かないかしら?」


 ここからが本題であり、彼らに頼ってここまで来た意味だった。

 今度はあたしを確実に凝視し、獣の瞳と見間違えるほどの圧力を醸し出していた。


「正直に言うと、我らは貴方方あなたがたというより、人間自体と接したいとは思っていない。ここに人間が来たのも蓮が初めてであり、仕方のない事だったのだ。

 だから蓮の頼みであり知識をとの話で聞いてやったまで」


 何を言いたいかは理解した。

 神秘力を有する彼らが手伝うなら造作もないが、手伝いたくはないといったところだろう。


「そもそも、何で人間と接したくないの? それなのに蓮と接点があって。

 あたしだって正直に言ったら、知識だけじゃなく手があるなら手伝ってほしいわよ」

「そうか、蓮からは何も聞いていないのか。それなのに我らを頼ろうとは……」

「あんた何しでかしたのよ!?」


 そこまで聞くと隣の蓮に詰め寄った。

 あたしに過去のことを話さないのは構わないが、何かした相手に対して共にするあたしに相談もなく頼ろうというのは都合が良すぎるだろう。


「まてまて。蓮は何もしていない。

 むしろ助けてもらったのだ、我らは」

「どういうこと?」


 長はあたしを制するように手を伸ばし割って入ってきた。

 

「我らが子、チェロが森の中で迷子になっていたのを助けてくれたのが蓮なのだ。

 山を下るにつれ魔者や人間と遭遇する危険があることから、我らはチェロの捜索を諦めた。そこに人間にも魔者にも知られず、連れ帰って来てくれたのが蓮だったのだ」

「あんた人助けしてたのに言わなかったのね」


 それには嬉しくなり蓮の肩に手を乗せると、反対を向き声も小さく恥ずかしそうにしている。


「我はただ、元居るべき所に戻しただけだ。助けたなどと、思っていない」

「ホンット、あんたって不器用ね。

 ふふ」

「それを貴女に話し、恩を返せと言っているのかと思ってしまっていた。

 それはすまない」


 何やら勝手に誤解が解けたようで、長は目を閉じ軽く頭を下げた。


「いいのよ、それならそれで。

 あたしってそんなに悪どく見えるかしら? こんなに可愛いのに」


 短い髪を後ろになびかせる素振りを見せるが、表情一つ変わらずあたしを見つめ続ける。

 それは、左右に立つ二人も変わらずで場が変な空気に包まれた。


「それはともかく、人間全てを信じていない我らの落ち度ではあった。

 しかし、我らが手伝うということは我らの存在を知らしめること。それは断じて出来ることではない」


 どうやら亜人にはあたしの可愛いさは分からないらしい。

 価値観の違いなのだろうか、まだ魅力に気づかないだけなのだろうかと考えていると、奥にある木の扉が開かれた。


「お父様、お話しても宜しいですか?」

「ミューよ、今は大事な話をしている。

 下がっていなさい」

「いいえ、下がりません。

 そのことで考えがあるのです。これは私達にとっても転機になるかも知れません」

「ちょっと待って!

 それ、スッゴイ巨にゅ……じゃなく、その話、あたしは聞きたいわ」


 可愛さを残しつつも、顔に似合わず張り出され強調される胸に釘付けになりながらも、あたしは頑張って割って入った。


「お父様、宜しいですか?」

「……勝手にしろ」


 場をわきまえてか、怒りを堪えている長は娘を見ずに腕と足を組んだ。


「では。

 私はミュ―。ここにいる人羊ワーシープを束ねる長、ルゥの娘です。

 私達は長い間、訳あってこの地で細々と暮らして参りました。

 しかし、この世界にいる限りは人間達をよく知り信頼し、共に暮らせないかとの考えを持つ者も増えて参りました。ここに長く留まっていたところで亜人界に戻ることも出来ず、それならば共存出来ないものかと私も考えているのです」

「それで? あたしに協力するから、あたしにも協力しろってこと?」


「簡潔に申すとそうなりますが、それは皆が首を縦に振らなければ叶わないと思います。ですので、私一人が一緒に行き、人間と共存出来るのかこの目で見定めたいと思ったのです」

「なるほどねぇ」


 俗にいう所の、改革派と保守派が亜人にもいるわけだ。

 人間はそれによって簡単に戦争になるものだが、人羊の感情はそこまで動くものではないようだ。

 

「我の時もミューは一緒に行きたいと行っていたが、我は闇に生きる者として断ったのだ」

「それは正解ね! ミューも一緒に行かなくて良かったわよ!

 色んな意味でね」


「は、はぁ。そうなんですか」


 戸惑うミューにあたしは片目を瞑って見せた。


「でもさ、あたしが協力して欲しいことにはあなた一人じゃ無理だと思うわ」


 ありがたい申し出ではあったが、そこは簡単に受け入れられなかった。


「いえ、先ほどの話からだと私一人でも大丈夫かと。

 ここにいる人羊の中で、最も神秘力のある私であれば可能であるかと思います」

「その胸の中に神秘力が詰まっているのね!!」

「はい、ここに私の神秘力が」


 ミューは谷間の上で手を重ね胸に当てるが、あたしの言っている場所とは違った。


「そういうことならあたしは別に良いわよ。何も拒むことはないし、仲良くなれるなら大歓迎だもの」


 ミューに笑顔で返すとお互い同時に長へと顔を向け答えを待った。

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