第15話 episode 14 強さと男らしさ

 対戦を終え戻ったレディは多少の傷が見られるものの、どうやら勝つことが出来たようだ。


「凄いわね。相手は兵士じゃなく、選び抜かれた騎士だっていうのに」

「あたいの力はそこらの奴には負けないと自覚出来たよ」

「でも、あなたは私には勝てないのです」


 エリーザの言葉にレディは剣に手を掛け睨みつけるが、当の本人は笑顔を保ったままだ。


「待った。今はどっちが強いとかは関係ないからね!

 あたしが言うのもなんだけど、今は止めておいた方がいいわ」

「ふんっ! そうだね、アテナのいう通りだ。

 ただ、その言葉……忘れるんじゃないよ」

「はいっ! いつでもお相手してあげるのです」


 ここにも一つ厄介事が増えたわけだ。


「次の出場者はアテナ。アテナは闘技場へ」


 遂にあたしの名前が呼ばれると急に心臓の鼓動が高鳴った。


「行ってきなアテナ。あんたも勝つと信じているよ」

「ありがと、レディ。エリーザも挑発しないで待っててね」

「大人しくしてるのです」


 二人と手を合わせ闘技場へ向かうと今まで聞いたことのない大歓声の中、騎士としてはあどけなさが残る青年が待っていた。


「あなたがあたしと闘うの?」

「はい! 自分がお相手致します!

 騎士に成り立ての自分ですが、宜しくお願い致します」


 騎士はもっと威厳に満ち溢れ、凛々しい姿を想像していたのだが。

 

「にしても若いわよね。しかも、可愛い顔立ちで優しそうね」


 爽やかな少年をそのまま少し成長させたような、そんな雰囲気を持った騎士にあたしは好感を覚えた。


「ありがとうございます!

 でも、もっと男らしくなりたくて騎士になったので可愛いと言われると、少し悔しいですね」

「そういう気持ちも大事だと思うわ。でも、強いだけが男じゃないとあたしは思ってるけどね。

 さて、みんなが待ってるわ。そろそろ始めましょうか?」


 言いながら鞘から剣を引き抜くと若い騎士も軽く頷き剣を眼前に構えた。その姿は凛々しく、騎士に成り立てとはいえ誇りを持って臨んでいるのが手に取るように伝わってくる。

 あたしはゆっくりと剣を合わせ半歩下がるが、相手は微動だにしなかった。


「では、いきますよ!」


 若い騎士の表情に少し変化が見られ、打ち込んできた剣にはあまり力が感じられなかった。おかげで軽く受け流すことは出来たが、不思議に思ったあたしは距離を取るとその理由を考え一つの賭けに出てみることにした。


「どうしたの? 来ないの?」

「いえ。そういうわけでは……」


 先程とは違い、剣を下ろしたあたしとの間を摺り足で詰めていた。

 ゆっくりゆっくりと近づき剣の届く距離まで辿り着くと構え直し、躊躇ためらいを見せながら剣を振るおうとする。

 そして、あたしは一喝した。


「武器を構えてもない女の子にあなたは刃を向けるの!?」


 案の定、彼はぴたりと動きを止め、あたしの瞳を見つめた。


「あなたは、女子供に刃を向けてまで強くなりたいの!? そんな風になりたくて騎士になったの!?」


 これは祭りの一環であり試合だからと言われたらそれまでなのだが、最もな事を言ってやったと高揚感で満たされた。

 にやけそうになる口元をきつく締め、見つめる瞳を厳しく見つめ返す。


「い、いや、そうじゃない……。そうじゃないんです」


 無言のまま睨み合うわけでもなく、ただただ見つめ合っている。

 それは、目の前の騎士が葛藤しているのを見越しているからだ。


「…………僕には……。

 僕には出来ない……」


 闘技場に剣を突き刺し片膝を落とした騎士は、項垂うなだれたまま顔を上げることはなかった。

 あたしは頭部へ剣先を突き付け勝ち名乗りを受けると、すぐに鞘へと納めた。


「ごめんね、まともに手合わせしなくて。あなたが凄く優しいと気づいたから」

「……その優しさを棄てたくて騎士になったのに」


 自分の気持ちに打ち勝てずに悔しがる彼はとても可愛らしく見える。


「あなたの優しさで、時には命の危険にさらされることもあるかも知れない。でもね、それによって助けられる命、幸せになる人々も居るのよ。

 自らの命を賭けて民を守る騎士に優しさはとても大切だと思うわ。

 だから、あなたがあなたである為に、それを受け入れなきゃあなたじゃなくなるわ」


 街の兵士であった両親、育ての親であつた領主夫妻の側で見てきたあたしの感じた思いだった。


「……それでも、騎士になったからには務めを全うするのが……」

「イジイジするんじゃないわよ!!」


 あたしの平手がジリジリと熱くなる。


「男らしいとかそんなのは今を受け入れて未来を見ることなのよ!

 騎士になったからとか、剣技で誰にも負けないとか、そんなのは表面上しか求められてないの!!

 他人を思いやって、自分のことより考えてあげられる心を持つ、それが騎士の強さってもんでしょ!」


 勢いで頬を張り、気持ちを爆発させたあたしを黙って見つめる彼は一度うつむくと立ち上がり、頭一つ小さいあたしを見下ろした。


「な、何よ、やる気!?」

「い、いえ。何か分かった気がします。

 僕は見た目ばかりに囚われて、大事なものを失うところだったと」


 満面の笑みを浮かべる彼は何か開放された清々しさを擁していた。


「分かってくれたらいいのよ。

 自分を変えようと思うのは良いことだけど、大切なとこまで変わって欲しくなかっただけよ」

「ありがとう。

 えーっと、アテナ――でしたね。僕は騎士としても男としても強くなることを約束するよ。

 僕の名はサフィア。これからのアテナの活躍に期待しているね」


 差し出された手を強く握り締め、もちろんと片目を瞑ると闘技場を後にした。 


「おっ! お帰りアテナ。どうだった? って、全く汚れてないじゃないか」


 あまり動いてもなかったので砂埃も大して付いていないのを言ってるのだろう。


「ふふん。ちゃぁんと勝ったわよ」

「やるじゃないか。やっぱり強いんだね。アテナの闘い、見ておきたかったよ」


 何か期待が大きいようなのであまり今回のことには触れないでおこう。


「それよりもさ、今の婚約者は? あの人で最後なんでしょ?」

「見てないね。まぁ、まだ出番まではあるから」


 勝ち残った半数はまだ試合をしていないので、どうなるかは分からないといったところか。


「どっちにしろ、あたしが女王になる日も近いってことね」


 そうは言いながら多少なりとも婚約者の安否は気になっていた。

 このまま現れなかったり万が一のことが起こったらどうなるのか、これからのことをエリーザも交え気長に話していると、兵士から婚約者の出場が発表された。


「やっと現れたのね。英雄気取りってやつかしら」

「まさか、ギリギリまでわざと待ったってのかい? そいつは下手な芝居ってもんだよ」

「残念、なのです。そのままくたばってれば良かったのに……」


 エリーザの言葉は聞かなかったことにする。

 これで実力次第では婚約破棄になり新たな候補者選びになる可能性も、はたまた、新たな魅力あるあたしに目を向けることも考えられる。


「ふふん。ドキドキしちゃうわね」

「は? 何がだい?」

「だってそうでしょ。これで彼が勝とうが負けようが候補者選びに支障は無くなったんだもの。

 さっき話したみたいに最悪のことにはならないわ」

 

 もし婚約者が亡くなったとなれば女王は哀しみに暮れるだろう。

 そうなれば結婚は考えられない、候補者選びは傷が癒えるまで行わない、こんな最悪な事態も想定出来たのだ。

 

「しかも他人任せになるから余計にドキドキしてるんだろ。実力だけで認められるんじゃないからね」

「そゆこと。この祭りが終わるまでは何が起こるか分からないけど、それを掴み取るのがあたしなんだから」

「その前に、私が王に成り変わっているかもなのです」


 この娘の言うことが冗談ではないことは分かっているが、兵士に話しても信じてもらえないだろう。

 ということで、これも聞かなかったことにする。

 そんなやり取りを心臓の高鳴りを抑えつつしていると、全ての試合が終わりこれからについての説明を兵士が大声で話し始めた。


「今日闘って負けた人には賞金も出るのね……って、婚約者は?」

「そういえば見てないね。

 おーい! 話の途中で悪いが、婚約者の結果はどうなったんだい!? 姿が見えないんだが」


 レディが大声で話を遮ると兵士はあからさまに嫌な表情を見せるが、他の参加者もざわめき立ち話さざるを得ない装いを見せた。


「分かりました、お静かに!

 女王の婚約者であるレイヴ殿は、騎士であるオッドー卿に敗れてしまいました。

 しかし、これで婚約者でなくなったということではありません。

 そして、未だ傷が癒えていないとのことで医務室へと直接向かいました。

 これでよろしいですか、レディ殿」


「あぁ、ありがとう」


 話の続きをする兵士を横目にレディへ向き直ると、抑えきれずに口元が緩んだ。


「勝利の女神はあたしに味方しているみたいね。

 ふふふ。あとはあたしが盛大に……」

「はは、どうだかね。確かに風向きは悪くないけど。

 さて、試合の続きが始まるよ!」


 女王が観ている今、婚約者がいないとなれば注目させた者勝ちだろう。

 最早あたしの頭の中では親衛隊隊長を負かし、勝利の剣を掲げているイメージしか浮かんでいなかった。

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