第5話 episode 04 助け船

「予期せぬ事態とはまさにこの事ね……。

 ごめんね、ミーニャ」


 牢に入れられるなんて万に一つも思っていなかった。特にあたしの様な可愛い子に大の大人が寄ってたかってなどとは。


「いえ、私は平気です。このような場所は馴れていますし、お嬢様も一緒なので」


 言葉通り、ミーニャからは不安な様子は一切感じられなかった。普段と変わることなく隣で壁を背に座っているのには、あたしにとっても心強い。


「それにしたって、こんな窓もない作りだと朝だか夜だか分からないわね」

「そうですね。眠くなったら寝る以外はどうすることも」

「そうよね、他の牢には誰もいないみたいだし。ここには二人っきり……だし」

「ひっ! お嬢様、何もしませんよね? ほ、ほら、騒いだら上の衛兵さんが来てしまいますし」

「何かするって言ってないでしょ?

 ふふふ、何を想像したのかしら」

「なっ! 何も想像なんてしてませんですから! わ、私は何も……」

「まさか――こんなこととか?」


 恥じらい慌てふためくミーニャの頬を、小さな蕾に触れるよう優しく撫でるとピクンと体を跳ねらせた。こうも単純だと余計イタズラ心に火が点いてしまう。

 次の一手を模索していると誰かしら人の足音が地下室に響き渡ってきた。


「お前達、大人しくしていたか?」


 姿を見せた衛兵は鉄格子の前に立つと灯りをあたし達へと向けた。


「大人しくも何も、暴れたって出してくれるワケじゃないでしょ!」

「そりゃそうだ。命令がない限りな」

「だったら何をしに来たのよ。武器も持たずに」

「そう言えば、お前達の身体検査がまだだったなと思ってな。

 心の準備は出来たか?」


 言いつつ腰の鍵をちらつかせ、あたしとミーニャを見定めている。

 ナメられているのか、平和ボケなのか、本当に灯り一つで来ているようだ。


「よし、お前からだ。お前は奥に下がっていろ。

 ほら、早く来い」


 ミーニャを指差しあたしに下がっていろと。

 そんなこと、あたしが簡単に許すとでも思ったのか。


「なんでよ!? ミーニャより先にあたしにしなさいよ! あたしを検査した方がいいわよ」

「いや、お前は好みじゃない。それに、そんな強気な態度のヤツは何をするかわかったもんじゃないからな」


 今、なんて言った?

 好みじゃない?

 あたしみたいな美少女捕まえて、好みじゃない?


「人が下手に出てるってのにっ!? 何よ、その言い草!」

「いつ下手に出た、いつ!?」

「ミーニャよりあたしにしなさいっての!!」

「だから好みじゃないんだよ! なんでそんなに調べてもらいたがる! 奥に下がっていろ」


 そりゃあミーニャだって十分なくらいの美少女だが、何分見た目が幼すぎるだろう。


「もう頭にきたわ! ミーニャ、あいつの話は聞くことないんだからねっ」

「なんだと? お前いい加減にしろよ! さもないと――」

「さもないと何よ! さっきからお前お前って。あたしはアテナって――」

「何を騒いでいる!!」


 唐突に聞こえた声に衛兵は驚き鉄格子から二歩三歩と下がると背筋を伸ばし敬礼をした。

 あたし達にとっての助け船となるのか、口髭を蓄えた端正な顔立ちの男性が衛兵を殴り飛ばす。


「無礼を働き申し訳ない、お嬢様方」


 どうやら良い方向に転がりそうな気配が漂っている。

 事の流れに身を任せているとその予想通りに鍵を開け、外へと連れ出してくれた。あたし達を檻から出したのはこの街の領主で、兵士から事情を聞いた上で夕飯へと誘う為にあの場へと赴いたらしい。

 領主の館へと案内されたあたし達の目の前には、これでもかと沢山の料理が並べられていた。


「さぁ、召し上がって下さい。我が兵士達の働いた無礼のお詫びと言ってはなんだが」

「いえ、こちらこそ貴重な体験をさせてもらいましたから」


 領主の言葉と態度に頭が下がる思いだが、あの兵士の態度が態度だったので笑みを浮かべつつも少し皮肉も交えてみた。


「これはこれは。兵達の言っていた通りですな、あっはっはっはっ」


 皮肉を意に介さない大人の対応とは正にこのことだろう。


「それで? 何故あたし達を出そうと?」

「ふむ。彼の話を聞き追求していていったところ、民を守るのが我等の仕事であるにも関わらず、民の気分を害しては元も子もないであろう。

 差別はしたくないが、ましてやこんな可愛らしいお嬢さんなら尚更のこと」


 どうやらこの領主は相当にモテるに違いなさそうだ。


「いや、そんな。可愛いだなんてありがとうございます」

「彼はね、父親も立派な兵士だったもので、いかんせん正義感が人一倍強いのだよ。

 改めて部下の無礼を許して欲しい」

「許すも何も。もう過ぎたことですし、このように出してもらった上に食事まで御馳走頂けて。

 それに、こうして立派な方とお話出来るのも――」

「グランフォート」

「えっ!?」

「私のことはグランフォートとお呼び下さい」


 柄にもなくドキッとすると、そこから胸の鼓動が高まっていく。

 あたしから視線を外さないグランフォートの顔を、真正面でありながら直視することが出来なくなった。


「あっ、えぇと、はい。

 そう言えば、自己紹介がまだでしたね。

 あたしはアテナ。こっちがミーニャよ」

「アテナにミーニャ。

 二人とも綺麗なお名前だ」


 少し引っかかる部分もあったが、笑顔を絶やすことのないグランフォートにミーニャも会釈をしている。と、見た目は変わらずに空気だけが張り詰めた感じがした。


「先の兵から聞いた話によると、湖のことを聞きたいのだとか。何故に聞きたいのかな?

 柵を越えてない、何も見ていない体で話して頂きたい」


 この空気感は全てお見通しといったところか、はたまた探りを入れているのか。


「えぇ、では……」


 どちらにせよ平静を装いつつ何も知らない体で話す他なさそうだ。


「……それで、街の外れに住むお婆さんに会ってみようとしたところ、こうなったの」

「なるほど……。好奇心が旺盛のようで。そのくらいの歳ならば、それだけ元気があっても仕方ないでしょうな、あっはっはっ」


 一気に張り詰めた空気が解け、和やかな雰囲気に戻る。彼の思惑が全く掴めず、ペースを握られっぱなしなのは少々癪だった。


「国に従ずる我らには、出来ることと出来ないことがある。そして、旅の者にもそれは付いて回るだろう」


 急に真面目な顔で話すと、手を叩き従者を中に招き入れた。すると、イダという人物をここへ連れて来るようにと命じている。


「そんなに怪訝な顔をしなくても大丈夫ですよ。可愛いお顔が台無しです。

 大丈夫、貴女方が会いに行こうとしていたお婆さんに来て頂くだけですから」


 あたしを素直に可愛いと言う彼は決して悪い人ではないだろう。

 どれだけ眉間にしわが寄っていたかは知らないが、自然と顔が綻び隣のミーニャに照れ笑いをしてしまった。


「そうね、そこまでしてくれるのは有難いわ。

 だったら、ご飯でも食べて待ちましょ」


 端から見るとしどろもどろかも知れないが、ようやく自分の調子を取り戻しつつあった。

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