Fragment d'amour ~勝ち気なアテナ異世界異聞録~

七海 玲也

第一章 死者へ送る愛

第1話 プロローグ 見知らぬ男

 書棚が並べられた部屋であたしは名も知らない一人の男性と話している。

 ある理由で体から離れ霊体となったあたしはこの書庫にある一つの書物に封じられる形で意識を保てていたのだが、彼は知らぬ間に部屋を訪れ世界について話が聞きたいのだとソファに座り、あたしの昔話に興味を持ち出したのだ。

 仕方無しにあたしは記憶を甦らせ、好きでもない過ぎ去った日々のことを話し始めた。


 今を大切にしてきたあたしが自分の過去を他人に話すのはこれが初めてだったと思うし、相手は見ず知らずの異性であるにもかかわらず、話していると何故か楽しく感じられてきた。


「あの頃はあたしも若かったわ」

「へぇ〜、お前にも若い時があったんだ」

「あったわよ!! 今でも若いし。それに、お前って言うな!」


 これでもお姉さんと呼ばれたことはあるが、おばさんと呼ばれた試しなどない。

 そもそも、そんな単語は口にもさせないけど。


「そんなお前にまさか『憧れの女性』なんてのがいたなんてな。全く理解し難い話だな」


 こんな言われようをされると分かっていたから、昔話なんてすることはなかった。


「あたしだってね女の子なんだから! 男の子が英雄や王に憧れるのと同じ。

 あんなに美しく気高い女性を見たらね、誰だって憧れるわよ」

「――の割には気高さなんて微塵もないけどな」

「なんて言った!?」

「いやぁ〜。気高さはともかく、美しさなら負けてないなって言っただけだよ」

「なら、どこが美しいのか言ってみなさいよ」


 少しの沈黙のあと、何かを探るかのような顔であたしの体をくまなく見ようとしている。

 視線がゆっくりと上半身から顔へと移ると目が合った。


「……全部さ」

「――ばっかじゃないの!!」


 大声で笑っているが言われたこっちは恥ずかしくてたまったもんじゃない。


「よくそんな恥ずかしいこと平気で言えるわね。他の女にも言ってきたから慣れてるってやつ?」

「それはまぁ、確かに否定はしないが。ただ、一つ訂正すると、本気で言ったのはこれが初めてさ」


 とことん恥ずかしいヤツだ。

 言われるこっちの身にもなって欲しいもんだ、嬉しくないわけではないが。


「あーはいはい。そりゃ~あたしは可愛いだろうけど、そんなことを言う男はごまんといたからね」

「まぁ、そうだろうな」


 ここは意外にもあっさりしている。

 なんかもっとこう、食い下がったり突っ込んだりしてほしい気もしていたのに。


「で? 死人のあんたは何を知りたいんだっけ?」

「だからさ、オレが魔人王に殺されてからの世界を知りたいのさ。

 お前がどんな旅をして、どんな人らに出会ってきたかって。

 オレの知らないことは山ほどあるだろ」


 自分の知らない話を聞くことに楽しさを覚える気持ちは分からなくもないが、あたしの話が聞いて楽しいものになっているのかは疑問だ。


「小さな頃から旅に出てたからね。色んなことがあったし、変なヤツも沢山いたわね。

 そうね、次はあの時の話でもしようかしら?」

「いつの話だい?」

「旅に出てしばらくしたあと、女王クイーンと婚約出来るって話を聞いてね、その祭りに参加してみたわけよ」

「そんな国があるのか? なんだか面白そうだな、それは是非聞かせてくれ」

「なら、旅に出るきっかけとかはかいつまんで話すわね」


 幼い頃、あたしは両親を殺された。

 魔法大戦が終わり、どの国も復興に力を注いでいる中、帝国に属するあたし達の街に、帝国に反旗を翻す他所の村の農夫達が押し掛けてきたのだ。

 後に英雄を気取った或る男の策謀によるものと判明したこの事件で、街の罪無き人々が新進や財産に損害をこうむり、複数の死者が出たのだが、それもやがては収束に向かい、街の人々の多くは元の生活を取り戻していった。

 両親を亡くしたあたしは、領主夫妻に引き取られた。実の子と分け隔てない待遇を受けて、何不自由なく暮らすことができたが、それでも、いつも心の中にモヤがかかっていた。今になってみると、それはあたしが領主夫妻のことを失った両親ほどには愛せなかったせいだと思う。

 

 そんなある日、街に訪れた冒険者の一行と出会い、ある事件に巻き込まれた。事件を解決した冒険者に触発され、あたしは世界を旅する決意をすることとなる。

 それは、自分の中では一大決心だった。

 出来ることならもう一度あの冒険者の一行、特に剣士のアリシアお姉様に逢えたらという思いを胸に秘め……。

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