第3話 禍の子


 宿屋の一階の食堂で、私は情報を得るためにこの街の冒険者達と食事を摂っている。


 冒険者達は陽気で、この街の事を色々と聞かせてくれた。けれどそこには欲しい情報はあまりなくて、そろそろ部屋に戻ろうとして、この場を切り上げる事にする。



「では私は部屋に戻る。色々教えてくれて助かった。礼を言う」


「え?! もう帰るのかよ! もう少し話しをしようぜ!」


「そうだ、あ、なぁ! アンタの探してる父親と兄貴の特徴を教えてくれよ! もしかしたら知ってる奴かも知んねぇからな!」


「……そう、だな。けれど、私が5歳の頃に別れてしまったから詳しくは覚えていないんだ。父は髪が藍色で、兄も同じ髪色だった。兄と私は双子だったんだ」


「藍色の髪って珍しいな。けど双子って……」


「あぁ、双子は忌み子と言われているからね」


「あ、その、俺は何とも思わねぇよ?! アンタをそんな風に思わねぇし!」


「それは俺もだ! けど、シアレパス国はまだ問題ねぇけど、ロヴァダ国はそういった事に敏感だな。特に男女の双子となりゃあ余計だな。そういや、何年か前に聞いた事があったな」


「あぁ、『禍の子』か?」


「そう、それだ。それも男女の双子だったか……どっかの高名な預言者だかが『禍の子』が生まれたとか予見して、その子供を殺しにいったってな」


「で、どうだった? 殺せたんだっけか?」


「どうだったんだろうな? それは分かんねぇ」


「けど『禍の子』とか、勘弁してくれって感じだよな。今は国間の多少のイザコザはあるが、魔物も落ち着いて平和なこのご時世に、その『禍の子』ってのはなんか起こすとかなのか? マジで勘弁だぜ!」


「まぁ、どうせ殺されてるよ。生きててもずっと追われる身なんだぜ? ある意味同情するぜ」


「だなぁ?」


「……そろそろ部屋に戻る。有益な情報、助かった」


「え?! あ、ちょっと待てよ、まだ……」



 呼び止めようとする冒険者を後にして、私は部屋へと戻った。


 彼等が言っていた『禍の子』


 そうだ。私が『禍の子』だ。


 そして私は男の装いをしているが、実は女だ。


  私は小さな村で生まれた。私には双子の兄がいた。父と母は優しくて、私たち家族は慎ましく、けれど幸せに暮らしていた。


 私と兄の5歳の誕生日の夜。

 その村に武装した兵士達が現れた。



「男女の双子の子供を差し出せ!」


「女だ! 双子の女の方を殺せ! ソイツが『禍いの子』なのだ!」



 そう大声で怒鳴り、その場を静めようとした村長はその場でいきなり切り殺された。

 少しでも抵抗しようものなら容赦なく剣を振るう兵士達に恐怖を感じ、村は一瞬にして阿鼻叫喚の状態へと化した。


 その様子を見て自分たちの事だと思った父は兄を抱き、母は私を抱き、着の身着のままでその場を逃げ出した。


 父と母は追っ手を逃れるようにあっちへこっちへと走り、そして気づけば父と母ははぐれてしまっていた。

 それから私と母は二人で各地を巡りながら父と兄を探し、そして何故『禍いの子』と言われているかも分からずに、追われる意味も分からずに身を隠して生きている。だから私は女であることを隠したのだ。


 あれから12年。私は今一人で生きている。2年前に母は亡くなった。旅の途中、野宿をしていた場所から少し離れ、私が食料として獣を狩りに行ったその間に母は盗賊に襲われた。

 叫び声が聞こえ、駆けつけた時にはもう遅かった。


  そこまで思い出して、頭を横に振るう。こんな事を思い出しても何も良いこと等ない。考えるな。思い出すな。そう自分に暗示を掛けるようにして目を閉じる。


 それからさっきの村の事を考える。


  あの村には黄色の石に導かれるようにして行った。

 短剣に嵌め込まれた黄色の石。それはとある街の雑貨屋で売られていた物だった。同じような黄色の石が幾つもまとめて置いてある中で、一つだけ違って見えたそれを、私はすぐに精霊の石だと分かったのだ。


 なぜそれがこうやって他の石と紛れて売られていたのかは分からなかったが、私はそれをすぐに購入した。その石を手にしてから、導かれるようにしてあの村へ行ったのだ。


 そして見つけたあの少年。


 あの少年は魂の欠片だ。私が探している人の、魂の欠片が作り出した少年だ。

 私の魂がその魂を覚えていた。一目見て気づいた。そして私は、暖かくて優しい魂の欠片を解放すべく、少年を葬ったのだ。

 

 貴方は未だ心を傷めているのだな。けれど、そんなに自分を傷つけてそれで報われるのか。

 


「会いたい……エリアスに会いたい……」



 唇から零れ落ちるように言葉が音になって出てくる……


 前世で私の伴侶であったエリアス。

 エリアスは今も自分を責めているんだな……


 会って抱き締めてあげたい。

 もう良いんだって。自分を責めなくて良いんだって。もう大丈夫だよって、そう言ってあげたい。


 私はその為に生まれたのだから。


 私が探しているエリアスという人物の魂を解放する為に、私は生まれたのだから。


 

「あ、うっ……! ぐっ……!」



 いきなり全身が痛みだす。起きている事ができなくて、そのままベッドに突っ伏した。

 エリアスの事を考えると、こうやって身体中が痛みだす時がある。荒く呼吸をして、流れ出る汗もそのままにシーツを握り締めて一人痛みに耐える。

 

 

「そう、だよね……思い出す、と、嬉しく……なる、よね……」



 同調するように、そして宥めるように言うと、少しずつ痛みがひいてくる。


 

「ごめん、ね……まだ、どこにいるか、分からないんだ……でも探すから……絶対見つけるから……それまで待っててね……リュカ……」



 大きく何度も息をして、煩く鼓動する心臓に手をやる。


 私の中には、もう一つ魂がある。


 それは私とエリアスの子供である、リュカという女の子の魂だ。


 私が天に還ってから、エリアスとリュカは二人で暮らすに至った。

 けれど、リュカは呪いに侵された人々を救うために、自ら呪いを体に受け入れてその命を終えたのだ。そして困惑してさ迷う魂を、私は何処へも行かないように、離さないようにした。

 

 私が生まれ変わった時に、その魂と共に私はこの体に宿ったのだ。

 今度こそリュカをこの世にちゃんと産んであげたい。できるなら前世で出来なかった家族としての生活を3人でしたい。そんなささやかな幸せを、エリアスに与えてあげたい。


 ううん、そうじゃない。私がそうしたいのだ。


 リュカを救えなかったエリアスは、今もまだ自分を責め続けて許せないでいる。


 誰も悪くなんかない。その場にいなくて助けてあげる事が出来なかった事が、私も悔しくて仕方がなかった。



「助けにきたよ……約束したもの……エリアスを助けるって……遅くなって……ごめんね……」



 叶うなら、ほんの少しでいいから私達3人が暮らせる時間を……


 それが無理なら……




 気づくとそのまま眠ってしまっていた。

 朝の陽射しが柔らかく私を包む。


 これから東へ行って、青の石を探しに行く。


 少しでもエリアスに繋がる何かが見つかるといいんだけれど……




 



 

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