慟哭の先に
レクフル
第1話 プロローグ
この世界には五人の英雄がいる。
一人は魔法に長け、この世にある全ての魔法を使いこなすのだという。
一人は武力に長け、一薙ぎで幾千にものぼる魔物をも倒すのだという。
一人は治癒魔法に長け、病気や怪我がどんなに酷い状態の者であっても、元の状態に戻す事ができるのだという。
一人は魔物を従わせる力を持ち、どんなに狂暴な魔物でも懐柔する事ができるのだという。
一人は死した者でさえ甦らせる事ができるのだという。
しかし、五人の英雄を見たと言う者はいない。
いや、見たと吹聴する者がいたとしても、それは虚勢してそう言ったのだと簡単に分かってしまう。
まさにその五人の英雄は伝説と言われている程で、あるいは幼き頃に読み聞かせて貰った物語の中の人物のように、幼き子には強者としての憧れであり目標であったのだ。
この世界は平和だ。
他国と戦争をしているとの話も聞かないし、魔物に襲われて無くなった村や街があったというのは遠い昔の話だ。
今も魔物は出現するが、脅威となる程のものではなく、村に一人はいるという強者に討伐できる程のものだ。
冒険者の仕事は、主に各国に点在するダンジョンへ赴くのが殆どで、初心者は薬草採取、中級あたりからダンジョンへ行きだし、上級者ともなれば商人や貴族の護衛に雇われる事が増えてくる。とは言え、襲ってくるのは盗賊の類いで、高ランクの魔物に襲われる心配は現在では考えられない事となっている。
それが現在のこの世界の現実だった。
平和であれば人々は安心する。
そして、その日常を当然として生活する。
その平和が人知れず守られている事など、知るよしもないのだ。
ここは鉱山が近くにある小さな村。周りは森が広がっていて、魔物が出たとしても村人が倒せる程の脆弱な魔物のみで、獣の方が脅威となるようなそんな森の中の、小さな村。
そこの村人達は鉱山が近いということで、それを仕事にしている者が殆どだった。
そんな小さな村に、一人の旅人が訪れる。
こんな小さな村に何用なのかと、村人達はよそ者が滅多に来ないこの村に突然現れた旅人に不信感を抱く。
旅人は深緑色の外套をしっかり着込みフードを被り、口元を覆うように布を巻き付けている。まだ寒くなるには程遠い季節に身を隠すような出で立ちに、村人達は更に警戒を強める。
辺りをチラリと伺うように見て、旅人は歩を進める。その僅かに垣間見えた瞳と髪は艶やかな漆黒で、射抜くように鋭い視線を投げ掛けている。
その視線の先にいたのは一人の少年だった。
その少年は痩せていて、服もボロボロで至るところに生傷があり、目に生気はなく、下を向いて足を引き摺るように歩いていた。
「おい! ダラダラしてんじゃねぇぞ! 早くこっちへ来い!」
「は、はい!」
背が高く頑丈そうな男に襟首を掴まれ、投げ捨てるようにされたその少年は、上手く立てなくて転げてしまった。
それを見て更に苛立ったのか、男はまだ横たわる少年を足蹴にする。
「なに寝てんだよ! 本当にどうしようもねぇな! お前は! イラつくぜ!」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい!」
自分を庇うように体を丸めている少年を蹴り続けるのを見て旅人は、堪らずに男と少年の前に立ち塞がる。
「なんだ?! お前は! 邪魔すんじゃねぇよ!」
「もう良いだろう? まだ子供じゃないか」
「関係ねぇだろ! 退きやがれ!」
自分の行動を止められて、男の怒りは旅人へと向く。
旅人の胸ぐらを掴んで横へ退かせようとした時、その掴んだ手にそっと右手で旅人は触れた。
瞬間、男は恐怖に顔を歪めて、叫びながら崩れ落ちガタガタと震えだした。
「う、うわぁぁぁぁっ!!」
「この少年は私が連れていく」
旅人はそう言うと、何とか立ち上がってこの様子を呆然と見ていた少年に近寄り膝を折って目線を合わせる。
「こんなに甚振られて……もうそろそろ良いだろう?」
「僕は……まだ償えていない……」
「そんな事はない」
「おい、お前何してんだよ!」
突然後ろから肩を掴まれて、思わず旅人は振り返る。見ると、村人達がゾロゾロと集まって来ていて、旅人と少年を皆が殺気立った様子で見ていた。
「全く……本当に厄介だな」
ため息をつきながら、旅人は少年の肩を右手で触れた。するとその場から旅人と少年の姿は忽然と消えたのだ。
その様子を見た村人達は驚いたが、辺りを見て何処にもいないのを確認すると、その場からバラバラと散るようにして元の場所へと戻って行った。
旅人と少年は村の近くの森の中にいた。突然景色が変わったからか、少年はキョロキョロと辺りを見ている。そんな少年に旅人は優しく語りかける。
「もう良いんだ。もう苦しまなくて良い」
優しく微笑んだ旅人は、そっと少年の頬を撫で、包み込むように抱き寄せる。それから剣を鞘から抜いて、少年の心臓を勢いよく一突きした。
「あ……」
小さな声を一つあげ、少年は呆気なくその場に倒れた。
元々痩せて力のなかった少年は、目に涙を浮かべながら、そのままこと切れた。
「本当に悪趣味だ」
大きなため息を一つ吐いてから剣を鞘へ戻す。
倒れた少年は淡く光輝いて消えて無くなった。その場に残ったのは、金に輝く美しい短剣のみだった。短剣の柄には7つの窪みがあり、そこには何かを嵌めるのだろうと思わせる。
旅人は持っていたひし形の黄色の石を短剣に嵌めてみる。そうすると、全身を淡く黄色の光が包み込み、身体中を何かが駆け巡るようにして暖かくなっていく。それはとても心地よくて、懐かしく感じられた。
暫くしてそれが落ち着き、元の状態に戻ると、さっきよりも五感が研ぎ澄まされているのが分かる。そして、この短剣にある窪みに嵌める他の石が何処にあるのも分かるようになった。
これが黄色の石の力。
短剣の柄にはもう一つ、黒の石も嵌まってあった。収まるべき所に収まった、という事か……
腰に短剣を装着し、旅人はその場を後にする。
五感を研ぎ澄ませると、遠くに小さな青い光が感じられた。
旅人は僅かに微笑んだ。
こうやって、次に探しに行ける場所が分かるのは有難い。宛もなくさ迷っていた頃を思い出し、そして懐かしい記憶を手繰り寄せるように胸に手を当てて、大切な記憶を抱き締めるようにする。
空を見上げると、そこには雲一つない青空で、その晴れわたった空のような清々しい気持ちで、意気揚々と旅人は青の光の元へと向かうのだった。
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