第5話
「
「! え? マジで?」
「うん。サッカーの再放送があるって事は知ってたし、どうせ悠栖からお願いされると思ったしね」
だから安心してサッカー観戦楽しんで。
そう笑う
「あ、でも誰の部屋に行くんだ? 今一人なのって慶史だけじゃなかったっけ?」
これで思う存分プロのプレーを堪能できる! と喜んでいたのも束の間、一つの疑問が浮かんだ。そもそも誰の部屋に泊まりに行くのだろう? と。
寮は全て二人部屋で同じ学年でルームメイトが居ないのは慶史だけだったはずだ。
自分を守るために自衛を怠らない朋喜が上級生の部屋に泊まりに行くなんて危険な真似はしない。
となると考えられるのは、今唯一の弱点である葵に注意されて大人しくしている慶史の部屋に泊まりに行くという選択肢だけ。
だが、中等部からずっとルームメイトを持たない『特別待遇』な慶史がいくら親友でも数週間で二度も自室に他人を泊めるとは思えない。
前回のリアルタイム放送の時に既に慶史の部屋というカードは使ってしまっていたから、絶対に違うはずだ。
考えても考えても思い当たる生徒がいない。
『姫』と裏で呼ばれ学園の『ヒロイン』的ポジションに据えられている朋喜は昔から遠巻きにされてきて、親しい友人は多くない。
詳しい事は聞いていないが身の危険を感じた経験をしたこともあるらしく、朋喜本人の警戒心も相まって今お泊りをするほど朋喜が気を許している相手はそれこそ慶史しかいないんじゃないだろうか。
うーん。と考え込む悠栖。
難解な問題に難しい顔をしていたせいか、「教えてあげなよ」と葵が苦笑交じりに助け舟を出してくれる。本当、葵は天使だ。いや、女神かもしれない。
「隠してるわけじゃないよ? まさか本当に分からないと思わなかっただけだし」
「! 俺のことは何でもお見通しじゃないんですかー?」
「はいはい、そうだね。……そもそもそういう可愛くない態度取っていいの? 僕は別に泊まりに行かなくてもいいんだよ?」
「ごめんなさい!!」
ああ、やっぱり朋喜は朋喜だ。偶に天使に見えるだけで、本性は真逆の悪魔みたいな奴だった。
(あれだな、見る角度で色が変わる的なやつだな)
そんなことを思いながらも決して口には出さない。だって反撃が怖いから。
大人しく口を噤む悠栖に、朋喜はその内心を知っているのか肩を竦ませ「まぁいいか」と笑った。そして悠栖が知りたがっていた本日のお泊り先を教えてくれた。
「
「! あぁ! そっか! 姫神か! そっかそっか! そういえばルームメイトいなかったな!」
出てきた名前に納得。
高等部からのクラスメイトなんてほとんどいないからすっかり失念していた。
入学式を待たず、寮に引っ越してきたその日から新たに『姫』と呼ばれる羽目になった仲間の存在を。
慶史や朋喜、葵と比べるまでもなく男に見える容姿をしているのに、その整った顔立ちと纏う雰囲気につけられたあだ名は確か『男装の麗人』。
正真正銘の男相手に何が『男装』だと、何が『麗人』だと思っていたはずなのに、その存在にまだ慣れていないとはこういうことなのか。
「姫神君の存在、絶対忘れてたでしょ」
「だ、だって仕方ねぇーじゃん! まだ三週間ぐらいしか一緒に居ないんだし、姫神の事入れて考えるの慣れてねぇーんだよ」
「そういえば悠栖って僕と慶史が入学してきた時も同じようなこと言ってたね」
昔を思い出してだろうか、くすくすと笑う葵。
慶史はそうだったとそれに続いて笑って、息をするように「進歩が無い」と毒を吐く。
悠栖は何とでも言えと苦笑いを返すと、帰る準備は終わったから部活に行ってくる! と時計を確認する。
部活が始まるまではまだ時間があるが、自分はまだ体験入部で『入部希望者』の立場。つまり、下っ端も下っ端ということだ。
運動部は基本的に縦社会ということもあり、下っ端の自分達は可能な限り早く部活に顔を出し先輩達を迎えるべき立場だった。
「はいはい、いってらっしゃい。……本当、運動部ってドMの集まりだよね。自分の身体痛めつけて悦に入るとか、俺には絶対無理」
「もう、慶史ってば。それって凄い偏見だよ」
理解できないと言う慶史の考えは本当に偏っていて、いっそ笑えた。
悠栖は運動は嫌いだと豪語する親友に「やってみれば案外楽しいかもよ?」なんて軽い気持ちで身体を動かすことを勧めてみた。が、返ってくるのは物凄い形相と拒否の言葉。
それは慶史だけでなく朋喜と葵も一緒だった。本気で嫌がっている三人の様子に苦笑いが深くなる。
絶対に嫌だと言う三人。悠栖はもう言わないと宥め、カバンを担ぐ。
「じゃ、ドMの俺は身体痛めつけて悦に入りに行ってくる」
冗談交じりの言葉を残し、手を振って三人と別れる。
もう一度時間を確認しようと携帯をポケットから取り出したら唯哉から『掃除当番忘れたから先行っててくれ』とメッセージが入っていた。
悠栖はそのメッセージに「オッケー」と口で返事をするだけでメッセージを返信する様子はない。
どうせ後で顔を合わせるのだからわざわざ返信することもないという判断なのだろう。
悠栖は携帯をカバンに放り込むと駆け足で部室へと向かった。
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