第3話

 学業は学生の本分だということは分かっている。でも、わかっていても勉強は苦手。

 悠栖ゆずは一見真面目に午後の授業に出席しているものの席で座っているだけの状態で、早く放課後になって欲しいと教壇に立って授業に情熱を注ぐ教師ではなく、教師の斜め上で時を刻む時計の秒針を延々と眺めていた。

 本当に真面目に授業を受ける生徒ももちろん居るのだが、大半が睡魔に負けて舟を漕いでいる空間では悠栖のように授業を聞いていなくても起きているだけでも十分だと思われる。

(あー……、早くサッカーしてぇー……)

 先週末から始まった体験入部。

 初等部二年の頃からずっと続けてきたサッカー部を迷わず希望した悠栖は、これまでと同じく部活中心の生活に期待を抱いていた。

 サッカーを始めたばかりの頃は正直自分がこんなにもサッカーにのめり込むとは思っていなかった。

 だが、重ねた努力の分だけスキルが上達する感覚を味わえばできることが増えるほどサッカーに魅せられた。

 そしてプロリーグの試合を観戦する度に『自分もあんな風にプレーしてみたい!』と明確な目標を持ち、練習を積んで目標に近づけばもうサッカーの魅力の虜となっていた。

 それこそ、今はもう毎日ボールに触れていたいと思うほどサッカーに夢中だった。

(あ、そういえばドイツカップの準決勝って今日再放送じゃなかったっけ? やべ、朋喜ともきに言ってなかった気がする)

 放送時間は確か深夜帯だったはずだから、呆れられる事を覚悟してパソコンで観戦する事を今のうちに言っておかないと。

 授業が終わったら部活に行く前にまず朋喜にその事を話そうと一人頷く悠栖。

 いくら一〇年以上も寮で同室の兄弟みたいな存在だとしても、マナーはちゃんと守るべきだと思うから。

 だが、話した後に呆れ、ここぞとばかりに笑顔で嫌味を言われそうだから気持ちは憂鬱。

 事前に伝えていなかった自分が悪いとは分かってはいるが、愛らしい見た目に反して毒舌な親友の機嫌を損ねるとどうなるか知っているから恐ろしいのだ。

(……すっげぇ嫌だけど、見るの諦めるか?)

 ふと過る弱い心。再放送なんだし見るのを諦めれば万事解決ではないだろうか? と。

 しかし今日はサッカー観戦のために見るわけじゃないから、やっぱり諦めることはできない。悠栖は嫌味に耐えて頼み倒そうと意気込んだ。

 気持ちを強くして深く頷いた時、授業終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。

 チャイムの音はそれほど大きくないが転寝をしていた生徒達を覚醒させるには十分な音量だったようで、教師が授業の終わりを告げる前に教室がざわつき始める。

 こうなるとキリのいいところまで授業を進めたかっただろう教師も諦めるしかない。

 落胆した様子で教科書を閉じると「今日はここまで」と終わりを告げるその声は、授業中のそれとはまったく似ても似つかないものだった。

 授業を全く聞いていなかった悠栖だが、教室を出ていく後ろ姿からは哀愁が漂っていて、明日からもう少し真面目に授業を聞くように努力しようと思った。

 まぁ、思っただけで明日の朝には忘れているだろうが。

「……ねぇ悠栖、大丈夫? 具合悪い?」

「! うわっ! マモ、びっくりさせるなよ!」

 熱血教師が去ったドアを物思いに耽って眺めていたら、突然目の前に現れる『男子高生』と言うには随分幼く可愛い友人の顔。

 不意打ちの登場に驚きすぎて思わず身体を後ろに引いてしまう悠栖。と、椅子に足が引っかかってバランスを崩し転げ落ちそうになった。

 持ち前の運動神経と反射神経で無様に床に転がることは避けられたが、机にしがみついてみっともない姿は晒してしまった。

「あ……、なんか、ごめんね……?」

 危なかった……と安堵の息を深く吐いたら、そんなに驚くとは思わなくて……と申し訳なさそうな顔をした親友が肩を落とす。

 そしてその少し後ろには威圧感しか感じない笑顔の女王様とお姫様の姿が。

「ま、マモ、俺は大丈夫だから、そんな落ち込まないでくれっ。後ろのSPが怖い」

「え? SP? ここには陽琥ひこさんはいないんだけど……」

 見た目だけの『姫』とは違い、中身も純真無垢な真の『お姫様』は恐怖に震えながら視線を逸らす悠栖の言葉にきょとんとする。

 そもそも学校は安全な場所だしSPは必要ないよ? と。

(あー……やっぱマモは癒しだわ……)

 世界トップに君臨する大企業の社長令息とは思えぬ天然っぷりに、『可愛い』と素直に思う。親友が女の子だったら絶対好きになっていた気がするとさえ。

 親友の『真っ白さ』にほっこりしていたら、「大丈夫?」とかけられる声。

 眉を下げて自分の様子が変だと心配そうな表情に、悠栖はへらっと頬を緩ませて「大丈夫大丈夫!」と笑った。寝惚けてただけだから。と。

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