第182話 陽一のナイト

僕は先輩に言い寄られ、

タジタジとなってしまった。


先輩のこの目に、僕は高校生の時から弱い。


「家へこられますか?

どうせ訪ねる所だったんでしょう?」


僕は観念して、先輩を家へ招き入れる事にした。


「矢野先輩来るの?

僕のお家に遊びに来るの?」


陽一は先輩が遊びに来ると思い込んで興奮している。


「そうだよ、陽一君。

遊びに行ってもいいかな?」


と矢野先輩は陽一に向かってにっこりと微笑んだ。


「やった〜! 

矢野先輩、あのね、僕のお部屋には、いっぱいおもちゃがあるんだよ。

お祖父ちゃんがいっぱい買ってきてくれるんだ!

僕、矢野先輩に僕の一番大好きな機関車貸してあげる!

凄いんだよ。

あのね、電気で走るんだよ!」


「あ、陽ちゃん、矢野先輩は別に遊びに来るわけじゃ……」


そう言いかけると、矢野先輩は僕の腕を掴んで首を振った。


「さ、王子様、一緒に行きますか?

ナイトがご案内いたします」


そう言って先輩は跪いて、陽一に手を差し出した。


それを見た陽一は、

目をキラキラさせて先輩の手を取り、


「ねえ、矢野先輩、

ナイトって何?」


と尋ねた。


「ナイト?

ナイトはね、王子様を守る騎士だよ。

王子様が大変な時に

いつでも駆けつけて王子様の為に戦うんだよ」


「凄い〜

じゃあ矢野先輩は僕のナイトだね。

ママが怒るときは何時でも僕を助けに来てね!」


と言われた事には参った。


先輩はわざとらしく大袈裟に、

ビックリ仰天した振りをすると、


「王子様はママに怒られるの?」


と陽一に尋ねた。

陽一も段々とその気になって来たのか、


「そうだよ!

僕がご飯にちゃんと時間通りに来ないと怒るし、

お野菜残しても怒るし、

テレビ見たくてお風呂後でって言うとおこるし、

寝たくないって言っても、すごく怒るんだよ!」


と、色々と話し始めた。

ぼくは恥ずかしくなって、


「陽ちゃんそれは怒るって言うか……」


と、だんだんバツが悪くなってきた。


「陽一君は何故ママが、あれしなさい、

これしなさい、って言ってるか知ってる?」


と矢野先輩は尋ねた。


陽一はコクンと頷いた。


「陽一君は賢い子だからそうだと思った!

でも、何時でも覚えておいてね、

ママが陽一君にあれダメ、これダメ、言うのはね、

陽一君の事を守る為だよ。

陽一君のママはそうやって陽一君を守ってるんだよ!


だから陽一君のママも言わば、

陽一君を守るナイトだね!


でも僕はね、

陽一君がお友達にいじめられたり、

誰かに傷つけられたりした時に、

陽一君を守ってあげるから……

僕はそんなナイトになるから!

陽一君に何かあったら直ぐに飛んでくるからね!」


先輩がそう陽一に言うと、陽一は


「うん! 矢野先輩ありがとう!

僕、ママのお約束も守るよ!」


そう言うと、繋いだ先輩の手を

ブンブンと振ってマンションの中へと入って行った。


家へはいると、僕はスリッパを揃えながら、


「陽ちゃん、

カバンはちゃんとお部屋にかけて

着替えた後手を洗ってうがいをするんだよ。

その後おやつだからね!」


と言うと、何時もよりも素直に


「はーい!」


と元気よく答えて自分の部屋に走って行った。


そんな陽一を、先輩はニコニコして見ていた。


「あ、じゃあ、先輩はこちらへ」


とリビングに通すと、

先輩は持ってきていたケーキの箱をテーブルに置くと、


「これ、お土産のケーキなので」


そう言って先輩はベランダに出て、


「ここは全く変わっていないね」


と懐かしそうに外を眺めていた。


僕も、先輩の後ろに立つと、


「あの……先輩は何時日本へ?」


と尋ねた。


「日本へ帰って来たのは

つい最近だよ。

アメリカに渡って、

3年で大学を卒業して、

2年マーケティングの会社で働いて、

MBAを1年で取って、

新しい部署、要君が入ったところね、

を立ち上げるために帰って来たんだよ」


「先輩、凄く頑張ったんですね……


じゃあ、帰って来たのが最近だったら、

まだ僕の両親とも会ってませんよね?」


「そうだね……


本当はアメリカから帰って、

一番に君に会いに行こうって思っていたんだよ。


でも色々な事が短時間に重なって

結局はご両親にも会えていないんだけど、

まさか、要君がフランスに居たとはね……

すっとここに居るって思ってたから……」


僕は少しうつ向いて先輩から目をそらした。


少しの間沈黙が続いたけど、


「あの、先輩は何か飲み物は……?」


と僕が切り出した。


「あ、僕は大丈夫。

今日は午後からの会議で飲んでばっかりだったから、

正直言ってお腹がタポンタポン言ってるんだよ」


先輩はそう言って少しクスッと笑うと、

リビングに戻って、


「ここに座っても?」


と尋ねたので、僕はいよいよかとドキドキし始めた。


そこに陽一が丁度おもちゃを

両手いっぱいに抱えてリビングにやって来た。


「矢野先ぱ~い!

ほら、見て、見て!

一緒に遊ぼう?」


「陽ちゃん、今は矢野先輩は忙しいから、

おやつでも……」


そう言う僕を遮ると、


「大丈夫、少し陽一君と遊んでくるよ」


そう言って先輩は床に座ると、

陽一の持ってきていたおもちゃを、

一つ一つ見せてもらっていた。


陽一は興奮して、

自分の大好きなおもちゃの事を

矢野先輩に力説していた。


楽しそうな陽一の顔と、

それを真剣に受け止めて、

うん、うんと言いながら、

陽一に笑いかける先輩を見て、

二人が一緒に居るのがとても不思議な感覚だった。


暫くそんな二人を見ていたら、

自分の気持ちが落ち着いてきている事に気付いた。


“何だろうこの気持ち?

今まで感じたことが無いような?

今だったら先輩と話すことが出来るかも?”


そう思っていた時、


“ただいま~

あれ? 誰か来てるの?”


とお母さんが帰って来た。


「あっ、お祖母ちゃんだ!

矢野先輩来て!

僕のお祖母ちゃんだよ!」


そう言って陽一が矢野先輩の手を引いて

お母さんを紹介しようと玄関まで連れて行った。


玄関の方ではお母さんのびっくりする声と、

先輩の


「お久しぶりです。

ご無沙汰してました」


という声が聞こえてきた。


僕も玄関までお母さんを迎えに行くと、

自分が今度採用された会社が、偶然にも

矢野先輩のお母さんの会社だったことと、

その会社を立ち上げるために、

先輩がようやくMBAを取って、

アメリカから帰って来た事などを伝えた。


お母さんはその事にもびっくりしていたけど、

勘の良いお母さんは、何かを悟ったのか、

陽一を公園まで連れ出して行ってくれた。


二人残された僕達はお互いを見合うと、


「座りますか?」


そう言ってリビングへ戻り、

ソファーに腰かけた。


そしていよいよ僕達の本題が始まろうとしていた。



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