第166話 アルバム

『陽ちゃ~ん、こっちにおいで~

あ~ 凄い! 凄い! 歩くの上手になったね~』


陽一は1歳を迎える1週間前に歩き始めた。

今では歩き方も大分、様になって上手になってきた。


ポールの方へヨチヨチと歩いて行っては、

ボールに激突して、

ポールの顔をペタペタと触り、

鼻の先を噛むのが日課になっている。


「キャッキャ、 ダ~」


今日も何時ものようにバイトから帰って来ると、

ポールがデレデレとして陽一と遊んでいた。


最近は、フランス語を教えるためにと、

ポールはフランス語で陽一と会話をするようになった。


「ねえ、ポール~

トマトの缶詰めってまだあったよね?」


僕はキッチンに立って、今日の夕食を作っていた。


「あ、ちょっと待ってね、

上の方の棚に直したから取ってあげる」


そう言って、ポールがカウンターを回って

キッチンの方へとやって来た。


ポールが見えなくなると、

途端に陽一が泣き出した。


『陽ちゃん、大丈夫だよ~

僕はここだよ~

直ぐに戻るからお利口にして待っててね~』


そうポールが話し掛けると、

陽一はポールの声のした方をみて、

ポールを見つけるなり追いかけて来た。


そしてポールの顔を見ると二パ~ッと大きく笑って、

両手をポールに向かって差し出した。


缶詰めを戸棚から取り出したポールは

それをカウンターの上に乗せると、

陽一をヒョイッと抱き上げて、

肩に乗せた。


「要君、今の陽ちゃんの表情見た?! 

陽ちゃん、僕の事パパだと思ってるよ!

もう僕がパパで良いじゃ無~い」


「ポールしつこい!

それだけはダメだって言ったでしょ!

あくまでも、ポールは叔父さんね。

陽ちゃんにはちゃんとポール叔父さんだよ~って教えてよ!」


そう言って僕はカウンターの向こうから叫んだ。


そしてカウンターから遊ぶ二人の姿を眺めながら、

アデルの言った事を思い浮かべていた。


『多分、ポールには真剣に付き合ってた人が居たと思うよ。

強いて言えば、いつか番になろうと思っていたような人……』


その言葉が、あの日以来、僕の中で繰り返し、繰り返し響いていた。


初耳だ。

そんなそぶりは今まで一度だってしたことが無い。

高校生の頃だったって事は7、8年前?

何かあったんだろうか?


番にって思ってたんだったら

簡単に別れたりしないよね?


なぜ今一緒に居ないんだろう?


ポールの両親だったら知ってる?


それとも僕の両親にそれとなく聞いてみようか?

こっちにもよく訪ねてきてたみたいだし、

もしかしたら何か知ってるかも?


でも僕みたいに秘密裏に付き合ってたって事も?

いやいや、フランスでは第2次性間の問題は無いはずだ。


やっぱりアデルの思い過ごしだったのだろうか?


僕は気になって、気になって、仕方なかった。


もしあの時に別れていたんだったら、

もうかなりの年月が流れているから

今更かもしれないけど、

でも僕が経験したことを考えると、

何かあったのかもしれないと言う気持ちが逸って

もしポールが今でもその時の事を引きずっているんだったら、

何とか力になりたいと思った。


僕はポールのおかげでとても精神的に助けられた。

また経済的にも、身体的にも助けられている。


直接ポールに聞いても白を切られるだろう。


ポールの実家へ行けば何か形跡が残っているかもしれない……

ポールのプライバシーを覗き見るようで、

彼には申し訳ないと思ったけど、何故か僕の経験と重なって、

ジッとしている事が出来なくなっていた。

だから僕は先ず、ポールの実家へ行き、

少しずつアルバムなどから調べ始めようと思った。


「あ、シャルロット叔母さん?

僕、カナメ!」


「あら~ どうしたの?

ヨーイチは元気にしてる?

今度ヨーイチ連れて遊びにいらっしゃいよ!」


「はい! 是非!

あ、でも今日はですね、

読もうと思ってた本が見つからなくてですね、

そっちに忘れてきた可能性があるから、

今度探しに行っても良いですか?って言うのを聞こうと思って……」


「あら、そんなの尋ねなくても、

いつでも訪ねてきていいのよ。

ここはフランスでのカナメの実家でもあるんだから!

何時でも遠慮せずにいらっしゃい!」


僕は心の中でヒ~嘘ついてごめんなさい~

と謝りながら、


「ありがとうございます!

じゃあ、近いうちに!」


そう言って電話を切った。


え~っとポールのスケジュールは……

今週末居ないな……よし!

今週末実行しよう!


僕は、あえてポールが出張している時を狙って

叔母さんの所へ顔を出すことにした。


「お~ カナメ!

いらっしゃ~い。

ま~ ヨーイチも大きくなって!」


そう言ってシャルロット叔母さんは

陽一のほっぺにブチュ~っと大きなキスをした。


「シャルロット叔母さん、

この前会ったの2週間前だよ。

そんなに変わんないよ~」


「ホホホ、赤ちゃんなんて1日会わないと

随分変わるのよ」


と、少し大袈裟ではあるけれども、

引っ越したとはいえ、僕達は頻繁にここを訪れていた。


でもポール無しで来るのは今回が初めてだった。


「それで、見つからない本は見つかりそう?」


「あ、じゃあ、まずリビングの本棚から見つけても良いですか?」


そう尋ねて、リビングの本棚に入っている書物を一つ一つ丁寧に

辿って行った。


“あっ、アルバム見っけ~”


僕はわざとらしく、


「あっ、アルバム~

これ、見ても良いですか?」


と聞いてみた。


「あら~ 懐かしいわね~

アルバム持ってても、見ないものよね~

ポールの小さい時や学生時代のものがあるわよ~」


“え? 学生時代?

それは見ないとダメでしょう!”


そう思い僕はアルバムを手に取った。


幸いシャルロット叔母さんが陽一を見てくれてるので、

僕は僕のやらなければいけないことに

集中できた。


ページをめくっている時に、

僕は


「あっ!」


と声を上げた。


「何? どんな写真を見つけたの?」


そう言ってシャルロット叔母さんが覗き込んできた。


「あら、懐かしいわね~

こんな写真もあったのね~」


そう言って僕が見つけたのは、

妊娠中のお腹の大きいお母さんの写真だった。

勿論その横ではポールがピースサインをしている。


「本当にお母さん、ここに居たんだ~」


次のページをめくると、露わになったお母さんの大きなお腹に、

お父さんが耳を当てている写真と、愛おしそうにキスをしている写真があった。

なんだかその写真を見て僕は感極まった。


あれ? あれ?


気付けば、僕の頬には涙が伝い落ちていた。

ダメダメ、今日は僕の事を知りに来たんじゃない!

おセンチになってる場合じゃ無いや!


そう思って涙を腕で拭いた。


次のページにはお父さんのマネをして、

ポールがお母さんのお腹にキスをしている写真があった。


小さいポールがお母さんのお腹にキスをするさまは

とても可愛かった。

そして不思議な感覚だった。


僕はこれらの写真が愛しくて、愛しくて、

笑いながら涙を堪えていた。


その写真に続いて、

僕の生まれた時の写真もあった。


そしてポールが僕の顔に、

ペンでバカと書いた写真もちゃんとあった。


お父さんとお母さんの築いてきた歴史を垣間見て、

僕は少し感傷に浸っていた。


「カナメ、何か飲み物は?」


シャルロット叔母さんに尋ねられ、

僕は我に返った。


いけない、いけない。

また本来の目的を忘れるところだった!

僕は感傷に浸るためにここに来たんじゃないんだ!

何か手掛かりが無いかと思って来たんだった!


「僕は今はいいです~

陽ちゃんは大丈夫いですか?」


「ヨーイチはとってもお利口にしてるわよ~」


“陽一の機嫌のいいうちに作業を進めないと!”


そう思いアルバムの続きをめくり始めた。


そしてポールの学生時代のページにたどり着いた。

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