第138話 ある夜の出来事

「最近楽しそうだね~」


お母さんがリビングに入って来るなり声を掛けてきた。


「あ、お母さんおかえり!

もうリハーサルは終わったの?」


「うん、今日はここまで。

お腹すいた?

直ぐに夕飯作るから!」


「今日はお父さんは?」


「お父さんは今夜は帰れないと思う。

地方ロケが入っちゃって

朝からバタバタとして出て行ったから」


「じゃあ、お父さん居ないんだったら、

簡単な物でも良いよ。

良ければ、下のコンビニで何か買ってこようか?

そっちの方がお母さんも楽でしょ?」


「あ、じゃあ、そうさせてもらおうかな?

僕、シャワー先にするから、

要の好きな物適当に買ってきて。

僕、何でも良いから。

お財布はいつもの所に有るのを持って行って」


「は~い!」


そう言って僕は、お財布を予備の引き出しから取り出して、

マンションの1階にあるコンビニまで降りて行った。


コンビニに入り、ドアの横にある雑誌のラックに目が行った。

雑誌の一つが目に留まり、それを手に取った。

普段絶対に読まない経済誌だったけど、

チラッと横目で見た時に、あれ?っと思った。


そこには大きな見出しで、

“若き後継者特集”と書いてあり、

10名ほどの若い青年たちが

スーツに身を包んで並んで写真に納まっていた。


その青年たちをジーっと見入ると、

間違いなく、その一人が佐々木先輩だった。


一人一人の写真は小さかったけど、

見間違うはずがない。


僕はドキドキしながらその雑誌をかごに入れた。

帰ってゆっくり読もうと思ったから。


まさかこんな雑誌で先輩の事を見つけるとは思いもしなかった。

それに先輩からは雑誌に載った事なんて聞いていない。


僕はドキドキとしていた。


「あ、そうだ、急いでご飯買って帰らなきゃ!」


そう思い、お母さんにはうどんとオニギリとお茶、

僕自身には焼きそばとオニギリと麦茶を選んだ。


食後のデザートにと、アイスを覗いてみた。

僕の大好きなアイスがあったので、それも籠に入れて

お会計に進んだ。


レジにいたお兄さんが、


「君、経済誌なんて読むの?

まだ高校生だよね?」


とびっくりした様にして僕に尋ねた。


僕はしどろもどろとしながら、


「あ……いえ……

はい……え~っと……」


と言う様な返事しかできなかった。


「俺、大学で経済取ってるんだけど、

君、経済に興味があるの?」


「いえ……そういう訳では無いんですが……」


「フ~ン、じゃあ、当ててみようか?」


僕はその問いにびっくりして、


「え?」


と彼を見上げた。


「君、この写真の中に恋人居るでしょう?」


僕はびっくりして彼から目をそらした。


「差し詰め~ コイツかな?」


そう言ってその人は佐々木先輩を指差した。


僕はギクリとした。


何故分かるの? この人誰? 僕を見張ってる?

僕は急に怖くなり、袋を掴むと、


「あの……ありがとうございました」


そう言って一目散に居住者用のエレベーターへと走って行った。


エレベーターに乗り込み、一気に最上階まで上がって行くと、

僕は家へ駆けこんだ。


既にシャワーを終えていたお母さんが、

僕があまりにも慌てて玄関へ入って来たので、

何事だろうと玄関まで出てきた。


「どうしたの? 青い顔して!」


僕はお母さんの方を見上げると、


「これ」


と言って雑誌を差し出した。


「あ~ これ佐々木君だよね?

これ、どうしたの?」


「コンビニで見つけて読もうと思って買ったんだけど、

レジのお兄さんに佐々木先輩が僕の恋人でしょう?って

言われて……何故知ってるのか少し怖くなって……」


「え~ それ心配してたの?

ただ単に要が佐々木君と一緒に居るところ見かけたんじゃ無いの?

ここに来るのにイヤでもコンビニの前は通るし、

要の事見かけた事何度もあるんじゃない?

佐々木君も、もうここには何度か来てるし、

君達、外でイチャイチャとしてたんじゃないの~?」


「え? え? そうなのかな?

ただ僕と先輩が一緒に居るとこ見た事があったのかな?」


「多分そうだよ。

じゃないと、二人が恋人なんて普通、

佐々木君の写真見ただけで分かんないでしょう?」


「な~んだ、そっか、

先輩と一緒にマンションに入るの見られてただけか~」


そう言って僕は安堵の胸を撫で下ろした。

お母さんのそんなセリフに、僕はすっかりと安心しきっていた。


そう思ったら、レジのお兄さんに対して不審な態度を取った事が

段々と申し訳なく感じて来た。


『今度会ったら、ちゃんと挨拶しなきゃ』


そう思いながら、僕はお母さんと一緒に夕食を食べ始めた。


「新しい学期が始まって学校はどう?」


「うん、奥野さんや青木君とはクラスが分かれてしまったけど、

奥野さんが良く遊びに来てくれるから、

今の所は楽しいよ。


本当はクラスから新しい友達とかできればいいんだけど、

僕、慣れるのに時間掛かるからな~」


「青木君は確かスポーツ科だよね?」


「うん、青木君の話によると、

スポーツ科の人たちってみんな脳みそが筋肉で出来てるんだって!

何だそれ?って感じじゃない?」


「ハハハ、青木君の言おうとしてる事、

分かる気がするよ」


「え~、そう?

僕最初聞いた時、凄い言い回しって思ったもん!」


「ハハハ、楽しそうで良かったよ」


「うん! あ、それはそうと、進路希望調査があるんだけど、

僕まだ何も決めて無くて……

どうしたらいいかな?」


「そうだね~

要って誰に似たのか勉強の方は得意じゃないよね~」


「お母さん!」


僕がそう大声を上げると、

お母さんはただ笑って、


「第一志望は都内の大学って書いておいたら?

そしたら先生も、要の第一志望は大学進学だって分かるから!

具体的な事は2学期の調査の時までに決めておけばいいよ」


「そうだね、お母さん、ナイス!」


「ハハハ、僕もそうだったから。

ハッキリと音大に行こうと決めたのは

3年生になってからだったからな~」


「そうだったんだ。

じゃあ、僕もまだまだ余裕だね」


「ハハハ、あまり僕を参考にしないように!」


そう言ってお母さんはお父さんに電話すると

寝室に消えて行った。


僕は夕食のかたずけをした後、

ドキドキと先輩の写真が載った雑誌を目の前に置いた。


1ページをめくると、そこには表紙よりも大きな写真がデーンと

一面を飾っていた。


記事に目を移すと、いま日本で活躍している

政治家や、企業などの御曹司について書いてあるようだった。

勿論皆、“後継ぎ”と呼ばれる人ばかりだった。


僕は他の人たちの項目は飛ばしていき、先輩の記事を見つけた。

まず、親の職業について紹介してあった。


「うわ~ 先輩のお父さんの学歴凄……」


読み進んでいると、先輩の父親が先輩と同じT大法学部を出て、弁護士であると言う事。

また、ハー〇ード大学へ留学し、アメリカの弁護士免許も持っている事。

今は法務副大臣をしている事。

その他、経歴などが詳しく載っていたけど、

僕には難しくて良く分からなかった。


先輩の部分を読み進めていくと、

やはり先輩も法務の方へ進みたいらしい。


『そう言えば先輩、Ωが住みやすい国を作りたいって言ってたな~』


でも、先輩のそんな抱負は何処にも載っていなかった。

あれ?何故乗ってないんだろうと思ったけど、

何の疑問も持たずに読み進めた。


読み進めていくと、プライベートについての質疑応答などもあり、

今、ガールフレンドはいるかという問いがあった。


余り期待はしていなかったけど、答えには、


“旧家のお嬢様の婚約者がいる”


とあった。


分かってはいたことだけど、

僕は少しムカムカとしてしまった。


『やっぱり僕達の事は公には出来ないのかな~』


と大きなため息を付いて、先輩の答えから暫く目が離せなかった。

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