第119話 廊下で

「ねえ君、赤城君!」


廊下を青木君たちと歩いていた時に、

急に後ろから呼び止められた。


僕が後ろを振り向くと、

そこには櫛田君が立っていた。


僕はまた、なにか言われるのだろうかと

ドキドキとした。

体育祭の時の経験が、

少しトラウマ化していた。


もしかして、文化祭の僕の変装が分かった?

もしかして佐々木先輩と付き合ってることが

バレてしまった?


僕は気を張って、矢野先輩のマネをしようと思った。


「僕に何か用?」


ぎゃ~ 僕が言っても全然決まらない……


櫛田君、何この人?って思ってないかな?

やっぱり僕は矢野先輩のマネなんかして

カッコつけるよりも、僕らしくしてるのが一番だと思った。


まあ、かっこつけたからと言って、

櫛田君が引き下がるとは思わなかったけど、

ちょっとはタジタジとしてもらえるかな?

と言う淡い期待はあった。


「あのさ、」


櫛田君にしては少し、いや、凄くしおらしい。

僕が、???と言う様な顔をしていると、


「体育祭の時は失礼な態度取ってごめん」


ときたので、僕は目が飛び出る程びっくりした。

何を今更?

何が目的?


僕は余り良い方へ捉えることが出来なかった。

僕が怪訝な顔をしていると、


「ねえ、文化祭の時、矢野先輩と一緒に居た子知ってるよね?」


あ~ そう来たか!

それが知りたかったから下でに出たか?

と思い、僕はドキリとした。


「一緒に居た子って、どの子?

矢野先輩、色んな子と一緒に居たから、

どの子の事を言ってるのか分からないんですけど……」


僕がとぼけてそう言うと、


「ほら、アジサイの浴衣来た女子だよ!」


櫛田君がそう言った途端に

僕はこの場から逃げ出したくなった。


「俺、先に行った方が良いか?」


そう尋ねる青木君に、


「いえ、一緒に居て下さい」


とお願いした。


青木君の袖をつかむ指が少し震えた。

恐らく青木君もそれに気付いたと思う。


僕は櫛田君に向かって、平静を装って、


「その浴衣を着た子が何か?」


と尋ねると、


「君と矢野先輩は仲が良いんだよね?」


と返って来たので、もしかしてバレてる?

と更にドキンとした。


「その子の事、何か知ってる?」


「何かって言うと?」


「いや、噂を聞いて……」


「噂?」


「佐々木先輩の本命じゃないかって」


え? そんな噂出てるの?

聞いて無いんだけど?


青木君の方を見ると、


「矢野先輩と佐々木先輩が

取り合ってることになってるらしいぞ?

聞いて無いのか?」


と、青木君も櫛田君に同意している。


「いえ、全然知りませんでした」


そう言って僕は下を向いた。


まさか、そんな噂が出てたなんて……


「ねえ、赤城君、彼女の正体、知ってる?」


「彼女の正体?」


「僕ね、ずっと不思議だったんだ。

彼女の陰なんて、これまで矢野先輩はおろか、

佐々木先輩にも無かったでしょ?


僕さ、君と佐々木先輩が怪しいって思ってたんだけど、

いきなり彼女の登場で困惑してさ。


君、ミスター・ミスが発表されたとき、

いなかったでしょ?


佐々木先輩も居なかったし、

でも矢野先輩はミスターに選ばれたから

ちゃんとあの場所に居たよね?


僕、思ったんだけど……」


ドキドキドキ

ドクンドクンドクン


もしかしてやっぱりバレてる?

そこまで僕達の事観察してたの?


そう思って、万事休す!

と思った時、


「君、妹いない?

今思えばあの子、君の雰囲気に似ていたような

気がしてさ、もしかしたら

血縁者かもと思ったんだけど……」


と全く逆方向な事を聞いてきたので、

僕は逆におかしくなった。


「僕考えたんだけど、

ずっと、君と佐々木先輩が怪しいと思ってたんだけど、

君、妹と佐々木先輩を逢引きさせる

手伝いをしてない?」


流石櫛田君と言うか……

なんだか分かっている様な、

分かって無い様な、右斜め上の理解力を示してくれる。


櫛田君のそのセリフに、

最初に我慢できなくなったのは

青木君だった。


声高らかに笑い始めたかと思えば、


「凄い推理だな。

だがな、違うよ。

要の事は良く知ってるけど、

要には妹はいないし、

手引きもしていない。

要は俺や、瞳と一緒に居たからな」


と言って、僕を見て目配せをした。

だから僕もつられて、


「彼女の事は知らないし、

聞いていないけど、

そんなに知りたかったら、

直接佐々木先輩に

聞けばいいんじゃないんですか?

それか矢野先輩にでも?

彼らのプライベートを僕に聞くのは違うんじゃ無いの?」


櫛田君は、グッと堪えた様にして、


「君は気にならないの?」


と聞いてきた。


「え? 何がですか?

もしかして浴衣の彼女の事ですか?

全く気になりませんが、

それだけだったら次の授業がありますで、

行っても良いですか?」


僕がそう言うと、後ろから、


「え~ 本当に全く気にならないの~?

少しは気にしてよ~」


と矢野先輩が後ろから僕の肩越しに両腕を回して、

耳元で話し掛けてきた。


「先輩! 一体何時から聞いて!」


と言いかけて後ろ見ると、更にその後ろに、

佐々木先輩と、他数人の3年生の先輩たちが居た。


櫛田君は佐々木先輩もそこに居る事に気付き、

気まずそうに下を向いた。


「櫛田君、君、何を探ってるか知らないけど、

彼女は僕が妹の様にかわいがっている子で、

裕也が大切に思っている子なの。

余計な詮索はしないでね」


そう言って、矢野先輩は悪魔の様な微笑みを浮かべた。


ヒ~ 出た~ 先輩の悪魔の微笑み!

ここまで来ると、何だか櫛田君が哀れに思えて来る。


「矢野っち~

あんま後輩いじめるなよ~」


と、一緒に居た先輩が言うと、

もう一人の先輩も、


「君、裕也の事大好きって有名だもんね。

裕也なんかやめて、俺なんかどう?

俺だってαだよ~

裕也に負けず劣らすイケメンでしょ~?

脱いでも凄いんだよ~」


と、本気なのか、ふざけてるのか

分からないような言い方をした。


「お前らさ~

俺の後輩いじめてくれるなよ~

薫はただの後輩だって!

な? この学園にだって

俺の事目標に来てくれたんだよな?」


佐々木先輩も少しは恋愛になれたとはいっても、

僕意外になると、相変わらずの

ボケボケだ。


そんな佐々木先輩に

櫛田君も付け入る隙を狙っている。


すぐさま佐々木先輩の横に並んで、

腕を組むと、


「いえ、僕は大丈夫ですよ。

佐々木先輩にさえ分かって貰えていたら……

それに、先輩の大切なお友達ですし……」


何ともしおらしい事である。

いくら僕に謝罪の言葉をくれても、

根本的に佐々木先輩を自分のものに

しようとしてる事は変わってないらしい。


僕は嫉妬するのもバカらしくて、


「じゃ、それだけだったら僕はこれで」


そう言うと、颯爽と教室へ戻ろうとした。


「要く~ん、待って~

僕もそこまで一緒に行くよ!」


そう言って、矢野先輩が僕の腕に絡みついてきた。

後ろで先輩たちが


「ハハハ、矢野っちの

赤城君命は本当だったんだな。

二人、似合いのカップルだよな!」


そう言う声が聞こえてきた。

なぜみんな僕と矢野先輩が

お似合いだなんて思うんだろう?

何処にそんな要素が?


「矢野先輩、ミスター・クレイバーグおめでとうございます。

いつミスの先輩とはデートに行くんですか?

ミスの先輩は矢野先輩の大大大ファンだって聞きましたよ。

それに凄く可愛いんですってね?」


「何、何?

要君、ヤキモチ?

大丈夫だよ~

要君意外眼中にないからね~」


と先輩も、本気なのか、からかっているのか分からない。


僕は、


「先輩、いくら11月とはいっても、

そんなくっつかれたら暑いんです。

離れて下さい!」


と言って冗談のように先輩から離れると、

後ろから、


「ブハッ」


という佐々木先輩の笑い声が小さく聞こえてきたので、

僕は少し笑みを浮かべて深呼吸して教室へと歩き出した。


その後ろを矢野先輩が、


「要く~ん、

待ってよ~」


とスキップしながら付いてきた。




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