第47話 バラの花束

「今日は色々ありがとうございました。プレゼントも思いがけなくて凄く嬉しかったです。」

先輩は帰る準備をしながら僕の両親にお礼を言った。

「先輩、本当にその花束抱えて歩いて帰るんですか?」

「もちろんさ、君も途中までついて来る?」

そう言って先輩はバラの香りをかいだ。

「そうですね、僕も公園まで一緒に行きます。あ、でも恥ずかしいからちょっと離れて、後ろから付いて行こうかな~。」

「要君、良い男はバラの花束を抱えて人前を歩けるようにならないと一人前とは言えないんだよ。」

僕はお父さんの言っている意味が全く分からなかった。

「お父さん、訳分かんないよ。一体どこ情報?」

お父さんは何時も自分の規定で物事を見る傾向にある。

そして俳優の性なのか、余り、恥ずかしがる、と言う事をしない。

バラの花を抱えてようが、人前でキスしようが、人前でお母さんをお姫様抱っこしようが、一向にかまわない。

お母さんが本当に一般常識が分かる人で良かった。

つくづくそう思う自分が居た。


「じゃ、僕、花束持った先輩を観察しに行ってくるね!」

そう言うと、先輩に頭をゴツンと叩かれた。

イテッっと頭をさすりながら、

「じゃ、行ってきま~す。」

と僕が言うと先輩が笑いながらが続けて、

「お邪魔しました~。」と挨拶した。

「気を付けてね。矢野君も、今日は来てくれてありがとう。

お誕生日本当におめでとうね。」

そうお母さんが言うと、先輩は深々とお辞儀をした。


「やっぱり君のお父さんは面白いね~。僕は好きだな!」

両親が先輩に好かれるって凄く嬉しくって、凄くくすぐったかった。

僕の両親も矢野先輩が大好きだと思う。

「僕のお父さんも、お母さんも矢野先輩の事大好きだと思いますよ!」

僕がそう言うと、先輩は目を細めて僕を見て、

「嬉しいな~」とほほ笑んだ。

僕はそんな先輩を見て、やっぱり凄く好きだなと思った。


公園まで差し掛かると、割かし大勢の人が行き交っていた。

思った様に先輩は一斉に大勢の目を引き付けた。

特に若い女性たちから。

中には、


「何故、花束を持ってるんですか?」とか

「それ恋人へのプレゼントですか?」とか、

「ステキですね。」とか、

「バラの花束が似合いますね。」


など、声を掛けてくる人たちも居た。


余りにも、ポジティブな声が帰って来るので予想外で少しビックリしたけど、僕も少し離れたところから先輩の事をジーっと眺めてみた。


そして気付いたけど、先輩って結構奇麗な顔をしている。

いや、奇麗なのは知っていたけど、何ていうんだろう?

αらしくない色気がある。

それはバラを持っているせいだろうか?

バラが先輩の美貌にマッチして、先輩が言った様に、謎めいて、魅力的な先輩が醸し出されていた。

本当につい、その花束は恋人へですか?と聞きたくなるような、花束の裏話を知りたいような雰囲気がそこにはあった。

僕はそんな先輩を見ていて、心がそのまま表れたような人なんだな~とボーっとしてしまった。


「要君?」

先輩に呼ばれて我に戻った。

「あ、先輩、今日は楽しかったです。全部初めての経験で凄く興奮しました!」

と元気よく言うと、

「その言い方って知らない人が聞いたらアレだね、ハハ。」

という先輩の一言に僕はハッとなって、その後、カーッと真っ赤になった。

先輩も何気なく、照れ笑いなのか、照れ隠しなのか、頬か少し赤く染まっていた。

そして花束から、

「1,2,3、…」と数えながら、11本のバラを抜き出して、僕に差し出してくれた。

僕は先輩の手に握られた小さなバラの束に、

「これ、僕にですか? でもこれ、先輩へのプレゼントですよ。」

と言うと、

「これは要君への僕のお礼と感謝の気持ちだよ。」

と先輩が手渡ししてくれた。

「え~本当に良いんですか?」

「うん、これはね、本当に僕の心からの気持ちだよ。」

「え~僕、何も先輩にしてませんよ。逆に僕がもらってばっかりで!」

「分からなければいいんだよ。でも、要君は大切な物、一杯僕にくれてるよ。」

そう言って先輩は僕にハグをしてくれた。

「ひゃ~先輩、人が見てますよ~」とオロオロとすると、

「ハハハ、僕は気にしないよ!」と全然他の人は目に入っていないようだった。

「先輩って、そう言うところは僕のお父さんにそっくりですよね。」

と僕が言うと、先輩は意味深に「フフ」っと笑った。

その感覚に僕は少し違和感を感じた。

何がどういう感じだったのかはうまく説明できないけど、何か引っかかる事があった。

でも先輩が、「次は要君の番だね!」と言ったので、その感覚は消えてどこかへ行ってしまった。


先輩と公園で別れた後、僕は池で戯れるアヒルを見ながら、次の日に佐々木先輩に返す答えをずっと考えていた。

考えても、考えても、答えは出なかった。


佐々木先輩は僕の運命の番に間違い無いだろう。

僕は運命の番に出会うと、条件なしに惹かれあうものだと思っていた。

番の相手に取って変われるものは何もないと思っていた。

確かに佐々木先輩に惹かれるものはある。

お父さんとお母さんが言ったように先輩の匂いも恐らく運命の番によるものだろう。

先輩といると、矢野先輩とは違った感覚が生まれる。

僕はそれに掛けてみるべきなのだろうか?

でも、矢野先輩を好きなまま、佐々木先輩への思いは育つのだろうか?

それとも矢野先輩への愛情は卵から孵った雛が親鳥を知る刷り込み感情と同じような物だろうか?

僕は恋愛に対して硬く考えすぎなのだろうか?

先輩の言うように未来を探していくべきなのだろうか?


暫くアヒルが戯れている姿を見て、僕は僕なりの答えを出した。

そしてベンチからすっと立って、家への帰路を急いだ。


「ただいま~」

玄関を開けて家へ入ると、

「思ったより遅かったね。」とお母さんが出迎えてくれた。

「うわ~どうしたのこれ?矢野君にもらったの?」

「うん、先輩がいつものお礼にって。花瓶、何処だったっけ?」

そう言いながらキッチンへ向かうと、お父さんがカウンターに座って残りのケーキを頬張りながらコーヒーを飲んでいた。

僕の持っていたバラの花束を見て、

「おっ、要君も貰ったのかい?」とお父さんも聞いてきた。

「そうなんだよ。僕良いって言ったのに気持ちだからって。先輩に無理やり持たされちゃった。」

そう言って花束をカウンターに置いて、「お母さ~ん、花瓶見つかった?」と尋ねると、

「う~んちょっと待って、確かここの下に…」と言いながら、キッチンのシンクの下をゴソゴソとしていた。

「あ、あった~!」そう言って花瓶にお水を入れてカウンターに置くと、お父さんが、

「バラの花1ぽ~ん、バラの花2ほ~ん。」とリズムにのって、訳の分からない数え方をしていた。

そして全部を数えて花瓶に差し終わり、

「ちょっと、ちょっと優君、バラの花11本だよ、要君もやるね~」と更に訳の分からないことを言っていた。

それと珍しくお母さんも乗って、

「お~!要も捨てたもんじゃないね~」

とニヤニヤとしながら僕を見て、お父さんとヒソヒソとしていた。

一体、バラの花束をもらっただけで何がそんなに…

お父さんだってあ~んな多きな花束先輩にあげたばっかりなのに…

僕は変な人達…と思いながら、お父さんが食べていた残りのケーキを頬張って、自分の部屋に帰って行った。


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