第4話 吟遊詩人

この空間を漂っていると、時間の概念が消えてしまう。

フワフワ、ユラユラと漂っていると海月ようだ。


海月って、こんな感じで生活しているのかな?

漂いながら、何考えてるのかな?

何も考えてないよな。


前回のスライムは、残念な結果だった。

あの生き物で最強を目指すのは、かなり難しいぞ。

今度、スライムになったら、もう少し上手く生きよう!


戻れる確率は、どれくらいなのかな?

この調子じゃあ、かなり確率低いだろう。

自分の体に戻れると、強く念じておかないと。

根拠は無いけど、おみくじとか、懸賞とか、当たれと念じるよね。

同じ様に自分の体に戻れと念じると、良い事がありそうだから。

ただ、そんな気がするだけ。


かすかに声が聞こえる?

何だろう、俺を呼んでいるのかな。

頭から吸い込まれる。

今回は、下の方に落ちていく感覚だな。


スナフ 26歳

男 LV38

吟遊詩人

趣味 歌、女性

健康状態 やや不安


「おーい、兄ちゃん。大丈夫か?」

目の前に、口ひげを生やした親父が居る。

「うーん、ここどこですか?」

「何言ってるんだよ、もう、酔っぱらっちまったか」

「酔っぱらったついでに、教えてよ」

「俺たちは、ムーン谷の村にある酒場で飲んでるんだよ」


ムーン谷?

名前が、スナフで吟遊詩人?

カバみたいな、友人が出てくるのかも、それはそれで楽しみだけど。


健康状態、やや不安って、虚弱体質か?

吟遊詩人の姿を想像しろと言われると、痩せた男だしな。


趣味は、女性?

プレイボーイかよ、それとも、もしかして男前なのか?

今、俺は、いい男になっているのか。

アニメのようにニヒルなアイツになっているのか?

ムーン谷の橋の欄干に座り、ハーモニカを吹いてみたい。


しかし、顔が痛い。特に頬がヒリヒリする。

手を頬に当てる。


「兄ちゃん、口説くのは良いけど、しつこい男は嫌われるよ」

「しつこい?俺が?」

「そうだよ、ミムの平手を食らっただろ」


ああ、そうか、しつこく口説く俺は、張り倒されたのか。

吟遊詩人なんだから、愛の歌で女心を鷲掴みにしろよ。


「兄ちゃん、ほらよ」

三角形の緑の帽子を渡された。

「あと、パイプかハーモニカもありませんでしたか?」

「無いよ!頭、大丈夫か?」


パイプとハーモニカは、持っていないんだ。

持っていたら、パイプをふかしながら、自由と孤独を語ったのに。


どうやら、椅子に座ったまま、後ろにひっくり返ったみたいだ。

起き上がると、周りは、かなり盛り上がっている。

横を見ると、俺の荷物か?リュックとギターのような楽器がある。


ジョッキを手渡され、髭面の親父たちが猛々しい声を上げる。

「今夜は、朝まで飲むぞー」

俺は、未成年だから飲めない?

魂は十代だが、体は二十代なんだよな。

体は、成人しているから飲んでも良いか。


俺は、ジョッキを上げて叫んだ。

「飲むぞー、カンパーイ!」


白く泡立つ液体を飲む、ビールか?

苦くはない、炭酸も無い、しかも生ぬるい。

辛うじてアルコールは入っているようで、体が熱くなった。


横に居た親父が肩を組んできて、自慢する。

「ムーン谷の麦酒は、うまいだろ」

「いけますね。最高す」


しょうがない、不味いとは、言えない。

親父になると、味より、アルコールが入っていれば、それで良いのか。

世の親父たちは、アルコールのみを求めているのか?


俺の方をチラチラと見てくる女性がいるけど、誰だろう?

近づいて来たよ、俺、何かしたのか?

もし、セクハラしていたのなら土下座して謝るか。


「さっきは、ごめんね。頬、痛かったでしょう」

彼女は、ミムか。

ムーン谷に住む誰かのお姉さんなのかな?

見た目は、普通の女性。

面倒見の良さそうな、感じの良い女性だ。


「大丈夫だよ、気にしないで」

そうだ、ここは、吟遊詩人らしく決めなくては。

隣の席に置いてあったギターのような楽器を手に取る。

机の上に立ち上がり、軽くギターを奏でた。

コード弾きだけど。


ここは、彼女の美しさを詩にしよう。


そう、麗しの彼女。

儚い人生の中で君は、輝いている。

さあ、一緒になろう。

カバみたいなトロールが祝福のダンスをするよ。


スナフ、レベル高いだけあって良い声してるな。

考えなくても言葉が出て来るし、良い感じだ。

さあ、みんな、俺の美声の虜となれ。


ミムは、顔を真っ赤にしている。

これは、好感度が上がったな。

周りの親父たちは、冷やかしの言葉を投げかける。


成功だろう。

吟遊詩人の俺、やれば、出来るじゃん。


歌い終わると、机から颯爽と飛び降りた。

彼女の前に跪いて、手を差し伸べる。

男前なら、絵になっているはずだ。


ミムは、恥ずかしそうに俺の手を取った。

親父たちが、ジョッキで机を叩き始める。

よっしゃー!


クルクルと彼女の手を取りダンスもどきで、回り始めた。

ふと、鏡が目に入った。

自分の姿が映し出されている。


思わず、声が出た。

「えー、不細工だよ。俺、イケてないよ」

スナフは、声は良いけど、見た目がまずかった。


髪が薄い、26歳なのに。

目が細い、開いてないよ。

鼻がでかい、ブツブツがいっぱい。

おちょぼ口だ、似合わないね。


残念だ、もう少し顔が良ければ、楽しめたのに。

急に興ざめしてきた。


でも、ミムも周りの親父たちも喜んでいるよな。

まあ、良いか。

みんなが、幸せなら、俺も幸せだよ。


調子に乗って、クルクルと回りすぎて目が回った。

しまった!

椅子に躓いて、ミムと一緒に転んでしまった。


「イタタタタ、大丈夫?」

あれ、みんな居ないよ。

元の空間に戻ってしまった。


良い所だったのに。

スナフとミムは、上手くいったのかな?

あの顔で女性が趣味で口説くとは、勇気があるな。Good Job スナフ!

俺の愛の詩で、二人が幸せなら、満足だよ。




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