拾捌――一陽来復

 一陽来復。

 悪い事が起き尽くした後に、ようやく善い事が巡って来ることの例え。

 その由来は陰陽の「陰」が尽きた後に「陽」が巡って来ることから。


 * * *


「もう手加減などしない。お姫様をこちらに渡せ!!」


 体の大部分を陰で硬質化した執着が目をかっ開き怒り心頭で叫んだ。

「誰が渡すもんか!」

 ナナシも負けじと血の混じる勢いで叫んだ。

「こっちの対黒魔術陰陽師はらい者がようやく整ったんだ、これ以上お前の好きにはさせないよ!」


「さあ、和樹。一陽来復といこう、夜明けが来るんだ!」


 ナナシの水色の耳飾りが煌めく。

 月を背に浮く因縁を黒真珠の瞳で睨みながら、黒魔術の準備を始めた。


「うん」


 和樹の血液に力がほとばしる。


 * * *


「お姫様!」

 長良の血によって強化された彼の霊視が何かを捉えた。

「きゃあ!」

 それまで彼らのいたところに瞬息、先程まで別の場所に居た筈の黒魔術師の拳が叩き込まれている。

 衝撃をナナシが魔法陣によって吸収し、剣俠鬼がそこに太刀の打を叩き込んだ。稲妻の閃光が瞬き弾けて、俺らの目を突き刺してくる。

「大丈夫? 痛くなかった?」

 自分の腕の中にすっぽり収まる小さき姫に確認をとれば、彼女は俺の服をしっかり掴み目を潤ませながらも力強く頷いた。

 流石は死神の姫。怖い筈なのにその奥底に力強い芯が秘められているのが伝わる。

 その姿が俺の心にも勇気をくれる。

「よし。さあ、一緒に行こう! 立てる?」

「うん……!」

 素直に頷いてぴょんと立ち上がる。

 可愛い。

「よっし。俺らならきっと出来る筈だー!」

「できるー!」


「旭日が――『陽』の気が満ちるその時まで二人の力で行くんだー!!」

「いくー!!」


 そんな感じで手をしっかり握りあって一緒に手を高く上げた。怖くて言っている間ずっと目を瞑ってたんだけど、それは名誉のために内緒にしておこう。

 後退しつつ尚、お姫様を狙うそいつを剣俠鬼と合流した怪異課連中が追いかけているその隙を狙って俺らは距離を取るべく行動開始。

 そこにナナシが合流してきた。

「何するの?」

「あ、ナナシ。――聞いて。俺ら、アイツを何とか自分達の手で押し返したいんだ」

「うん。それで?」

「それで、その」

「うん」

「えっと」


「どどっ、どどどどうにかしたくって!」


 瞬間、至ってド真面目に言った俺の言葉にぽかんとした後あはは! と高く笑う。

「わっ、笑うなよ!」

 だってナナシがじっと見つめてくるからぁ!

「だって! え? 何、叶歌の意識を宿してる癖になーんにも考えてないの! あはははは!」

「だっ、お、俺もどうしてあの時あんなに動けたのかあんまり分かってないんだよぉ!! あの時は――」

 言いかけてふと意識に蘇ってくるあの温かな感覚、何でも出来るかのようなその万能感。血が、体全体を熱く駆け巡る命の鼓動。


 その正体を言い切ることは出来ないのに直感が、本能が頻りに訴えかけてくるその正体は。


が一緒にいてくれた、から」

「……なら戦闘センスは基本的には持ってるって訳だ」


 ナナシが静かにニヤッと笑った。

「いーよ。作戦一緒に練ってあげる」

 ふわりと目の前を楽しそうに飛翔しながら妖しい笑みを浮かべる座敷童。

「その代わり覚えておいて。ボクら使い魔の攻撃は基本的に奴の足止め程度にしかならないこと。奴に致命的攻撃フェイタル・アタック与えられるのは君達しかいないってこと」




「そしてこの戦いの主役は君達だってこと」




 ――、――。


「良いかい君達。アイツに理性など、今はもうあって無いようなもの」


 走りながら彼の説明を受ける。

 向こうではお姫様の方しか見ていない魔術師を懸命に剣俠鬼とフウさんが押し留めている。太刀と硬質化した腕がぶつかって火花が幾つか爆ぜた所にトッカの【流水穿敵】が飛び散り、また奴は姿を消した。

「さながら駄々こねてる幼稚園児ってとこ。お姫様が欲しくて欲しくて堪らないからどんどん暴力的になってる。自分が怖くなれば皆はついて来てくれるって信じてるんだよ、ほんっとおこちゃまだよね」

「そういうモンなの?」

「アイツ、精神年齢が子どものまんま止まってるから」

 へー……。

 ちょっと前まで大人っぽかった気もするけど……。

「だから攻撃力だけ見ると厄介極まりないんだけど、動きはその分単調。お姫様の方にしか来ない、し!」

 と、突然お姫様を抱えてナナシが後退。そこに後ろから衝撃がはしってきて背中に思いきりぶつかり過ぎてゆく。


 瞬 間 。


 世界が全てゆっくりに見えた。――走馬灯とは違う。

 それはさながらバレットタイム。


 目の前の空間に亀裂を刻みながら自分を切り裂こうと迫りくる、赤黒い巨大な獣の爪、そしてその向こうの男の怒り狂った血走る眼。

 全部はっきり、くっきり見える。


 身体全てが研ぎ澄まされ、血が興奮に滾り、俺の中のの声が脳に鮮明に刻まれてゆく。


『和樹、アイツの手に!』




『刻め、光芒こうぼう!!』




 かさぶたになりかけて少し血の出が悪くなっていた親指に更に犬歯を突き立て、鮮血の弧を空に記憶。

 アドレナリンの出過ぎで既に痛みも鈍った親指をグッと握りしめて掌に光を溜めつつ、ゆっくり目の前を過ぎてゆく爪にそれを思い切りぶつけた。


 弾ける光線、光焰こうえんはその腕にこびりついた陰の爪を粉砕し――


【鬼道展開】




光芒祓濯こうぼうふったく!!】




「ギャア!!」

 奴の掌に鋭い痛みと五芒星の火傷を色濃く残した。


 これだ!


『もっと叩き込んで! 次はアイツの左手に!』

「左手!? どうしてっ――ウワッ」


 驚く間も問う間もなく俺の手は勝手に動いた。

 しかし相手も黙って二発喰らうようなボンクラではない。右手の貫く痛みに耐えつ忍びつ慌てて後退、追う俺の視界から逃げるように炎を纏って姿を消した。

 と。


「ウッ」


 バレットタイムが解除された瞬間、これまでの疲れやら負荷やらがドッと襲い掛かってくる。頭がふらんふらんして足元がぐらつき、意識していないとバランスが崩れそうになる。

 一話前のアイツの台詞じゃないけど、慣れない術を乱発するモンじゃないな……。

「凄ォい、スゴイヨ和樹クゥン! あーキタキタ、興奮シテキタ!! アハハハハハハ、もっとヤレェ和樹!! 臓物ブチ撒ケロォォォオオオ!!」

「やーん! このひと何か怖くなっちゃったよぉ!!」

 いつの間に戦闘狂モードになってたナナシはこれまでの一連の流れを見て大興奮。グヘグヘ笑っては抱えてるお姫様を怖がらせてる。

 と、そこに一迅の風が!


 ビュッ! ガ、ド、ボカバキ!!


「止めろ、この腐れ頭ぽんちのイカレ座敷童めが。殺されたいのか貴様」

「ごめんちゃい、ごめんちゃい、ごめんちゃい……」

 ――そして直ぐに激おこぷんぷん剣俠鬼にボコボコにされてた。

 戦闘中なのにこのひとも元気だ。音速マッハで向こうの戦場へと帰っていく。

 い、生きてる? ナナシ。


「気を取り直しまして」

 あ、生きてた。


「さっきの話の続きになるんだけど、ああやって向かってくる時はお姫様の方にしか来ないし攻撃する時はする時で和樹に叶歌の加護が発動するから対処は今までよりも楽になる」

「ふむふむ」

「そこでだ。まず和樹は隠れつつお姫様を狙うアイツに攻撃をしていこう。その過程で奴の装甲を払って弱点の露出を。二人一緒に居れば君も同時に始末しようとムキになると思うから、くれぐれも近くには寄らないで。そうすれば安全に戦える筈」

「え、ちょちょちょ、ちょっと待って。装甲って!? 何ソレ!」

「さっき和樹、自分で砕いたでしょう? ――詳しくは君のご母堂に聞くんだよ! ボクも可能な限りは援護する。お姫様も時間の操作で協力して!」

 さっき砕いたって……。それに母さんに聞くってどうやって!?

 俺がそうやってわたわたしてる内にナナシは次の襲撃に備えてお姫様をもう一度後ろから抱きかかえようとするけど今度はお姫様が泣いて嫌がった。

「やああーっ!! 何か分かんないけどこのひとはやだー!!」

「って、ええっ!? ちょっと!」

 そうすると(当然だけど)剣俠鬼の膝がナナシの顔にクリーンヒットする。

「よっぽど死にたいらしいな! 貴様は!!」

「お前は誰の味方なんだよ! 自分の戦いに集中しろ!!」

 や、用心棒としては百点満点すぎるけどね!

 そうやって向こうで二人がなっさけねぇ喧嘩している内にお姫様はこちらに向かってとててと走ってきた。

 そして腰の辺りにむぎゅ!


「姫、はらい者が良い! はらい者と一緒に行く!」

「「ええええええええーっ!!」」


 それに何より驚愕したのは剣俠鬼とナナシ。

「ヒッ! 姫様!! 何故にそんな信用のおけるか否か分からぬ男のこっココココ腰! 腰なんかに!!」

「おっ、お姫様だーめーだーよ! 作戦に支障が! 攻撃の要と一緒にいたら物凄い危険だし、的を絞られたらやられる確率が高くなるし」

「何より今すぐお離れくださいまし! 人間の子など野蛮下衆の――あああもうそんな感じのナンタラでござりまする! 元々高貴な存在である姫様のお傍に居て良い者では――!」


「二人ともうるさいっ! 嫌いっ!! 姫ははらい者と一緒にいる!!」


 ピシャアアアアアアアン!!

 鶴の一声、二人の背後に怒涛の稲光!


 その場が一気に静まり返る。

 さっきまで俺からお姫様を引き剥がそうとあくせくしていた男共はメドゥーサの目でも見たかのように凍り付いてしまった。

「……」

「……」

「……」

「……じゃあいっか」

「はぁ!? 良くないだろ、お前はマジで誰の味方なんだよ!!」

「何っ!? 姫様のご意志を愚弄するのか貴様!」

「そういうことじゃなくて! 何しに来たのか言えっつってんだよ!! 全く、ちょっとお姫様絡むと途端にぽんこつになるなこの男は!」

「何をっ!?」


 ガッ!! ドカバキボコ!!


「「ちったぁ働け!! テメェら!!」」


 結構ぼろぼろなトッカとフウさんによる背後からの華麗なるニーキック。

 なっさけねぇ二人は顔から地面に突っ込んだ。


 ……そりゃそうだ。


 * * *


「おおお、お姫様、絶対に離れないでね!」

「はいっ! 姫は絶対離れませんっ!」

 背中から愛らしい花の声が聞こえる。

 敢えてもう一回確認だけど、俺なんかが預かっちゃって大丈夫なのかな……。


『大丈夫だよ、和樹。敵をよく見て』

「母さん?」


 はっと目を見開いた。どこかに母さんがいる!

「母さん!? どこ!?」

『ほら見て。あの黒魔術師の体』

 俺の言葉がなんか聞き入れてもらえずちょっともやくやしつつも、言われた通りに目を凝らすと彼の四肢と頭部――それぞれ硬質化された赤黒い陰の鎧に包まれている部分からさっと伸びる光柱が。

「あれが、ナナシの言ってた弱点?」

『というよりかは鎧を打ち壊すキーとなる場所の方が正しいかな? ほら、よくあるでしょ? アクションゲームのボス戦で核に攻撃するために周りの装甲の弱点部分を破壊するみたいな展開が』

「あーあーナルホド?」

「はらい者、あくしー……げー……ってなぁに?」

「この戦いが終わったら教えてあげるね、お姫様」

 母さんはアクションゲームとかも嗜むひとだったのかしら。

『まずは行こう! 奴の両足、掠めるように二ヵ所!』

「うん! お姫様、手筈通りに!」

「姫、らじゃあ!」

 再度親指の傷を犬歯で広げ、また空気を舞った鮮血の雫をカサカサに赤くなった掌で握りしめる。

 一生懸命怖い気持ちに気付かない振りをして、水神とフウさんが共に受け止めている所に突っ込んでいった。

『怖がらないで! チャンスは私が作るから!』

「姫も! 姫も役に立つよ!」

「頼むよ……! 二人ともっ!!」


 振りかぶり、手に爆ぜる血の熱気を確かに感じ取りながら――


 * * *


 ――その男は未だ眼前で起こっている驚愕の事実に目を見開かずにはおれなかった。

 手がガクガク震える。顎もまるで寒空の下放り出された仔犬が如く大人しくなることはなかった。


 汗がつ、と頬を伝う。


 ……どういうことだ?

 憎い家の一人息子があろうことか彼の少女と対話し、意思疎通し、着実に黒魔術師のへと術を突き刺してゆく。


 どういうことだ。

 彼女が、「母」だと?

 少女の姿で俺の記憶に傷跡を残し、心を今も抉り、その全てで俺のすべてを幻惑し掻き回してくるお前が。

 脳髄に笑顔という名の鎌を突き刺して去っていったお前が……。

 いつの間にアイツと結ばれ、アイツとの子を孕み、こうして俺の標的として共に現れてまたこうやって苦悶のどん底に叩き落してくる。

 でも、いやでも!

 しかしいや、確かにそうだ……。

 目の前の少年が時折見せるその一挙一動はまさしく彼女のそれそのもの。


 じゃあ、俺が待ち続けた何百年とは一体何だったんだ!?

 お前の帰りを待ち続け、何巡もしたあの月の満ち欠けは!


 死んだ、んじゃなかったのか。

 俺を置いてどこか遠い場所に旅立ってしまったのではなかったか。



 その面影を追い続けて、死神にもなったというのに。




 『狭化西!』




 ……今更捨てた名を。

 その口で。

 君の言葉で。




『ありがとう、和樹を守ってくれたんだよね』




 違う!!


 違う……。


 俺が守りたいのは……。

 守りたいのは……。


 ……。


 守りのは……。






『これからも使として一番近くで見守ってやって』






 ……、……。


 ……、……、……。




 ……。


 ふと、蘇るあの頃。

 何気ない夕餉の後の彼女の頬の桜色。




『聞いて。狭化西』




 俺は……。




『私ね、好きなひとが、出来た、かも』


『ね、狭化西』


『相談に乗ってくれないかな』




 君に気持ちを伝えることも許されぬまま……。




 ビュッ――!


 途端、うなじを強い衝撃が襲う。

 余りの勢いに斧繡鬼も顔から地面に突っ込んだ。

 丁度少し前の誰かさんのようである。


「何をしておる! 働け馬鹿者! 手前は姫様の用心棒だろうが!!」


 その延髄蹴りの持ち主は何と剣俠鬼だった。

 ……少し前に同じことをやられた蛇が八つ当たりでもしているみたいである。

「ッタァー!! 何しやがんだ蛇!」

「お前こそ何をしている斧繡鬼。見ろ! 姫様があんなに難しくお疲れになる術を使って黒魔術師を自ら押し返そうとしておるのだぞ!」

「……お嬢が?」

 ぽかんと返した男の態度に蛇ブチギレ。

「なーにを見ておったのだこのすかぽんたん! 姫様の貴重なご成長の機会をうかうかと見逃しやがって! 貴様の目はうろか何かなのか、ええ!?」

「あ、ああ。ワリワリ」

 一通り胸の内を吐露し切った所でようやくスッキリしたらしい剣俠鬼。

 直ぐにいつもの冷静さを取り戻し、彼の肩に手を置いた。

「……私は姫様の援護に回ります。貴殿も直ぐに合流なさりませい」

「はらい者は今どうなってる」

「さあ。……座敷童や神々の話を信ずるのであれば、彼には何者かの霊体が宿っているとかなんとか。それによるのでありましょうが、おかげさまでようやくはらい者らしい動きをするようになりました」

「……」

「それが、何か?」


「……いや」


「そうか」


 * * *


『和樹! 左手の大振り!』

「きゃああ!!」

 滅茶苦茶に手を振りながら叫び迫ってくる様は軽くホラーだ。

 奴との接近でパニックになりかけのお姫様をおんぶしながら奴との距離を取る。ただ、奴と距離を取るだけでは済まさない。

「トッカ! ナナシ!!」

 ぐいんと上半身を屈めればその上を馬飛びでもするかのようにナナシがかっ飛んでゆく。そしてその背から飛びあがったのは――トッカ。

鬼魅きみや、悪鬼あっき嘬々さいさいせよ!】

【水母にいざ、希う。流水は逆巻く川の流れとなりて悪を呑み込み、瀑泉は身を清めけがれを穿ち取り払わん!】


「ヒャァーアハッハハハハ!! 【自空間捻出くうかんよりねんしゅつせんアギト!】」

濫觴らんしょう、激流を起こせ! 水流――「瀑」!】


 トルネイドのようなあの激流と空間を捻じ切って現出した黒々とした怪物の頭に魔術師驚愕。

 慌てて黒炎を取り出してまた身を隠そうとする。

「させるか!」「させない!」

 同時に叫んだフウさんと水神。風圧と水圧で動けなくなった所にダメ押しで剣俠鬼が飛び込んだ。

 空中から目をカッ開き自由落下しながら太刀の切っ先を振り下ろす男。月の銀の光を鈍く反射させながら電光も纏わせつつその先に突如現れた魔法陣を相手にぶつけてやる。

 物凄い轟音が響き渡り、衝撃が驚くべき速度で空を伝ってゆく。

「深く刺さったな……! これなら奴も簡単には抜け出せまい!」

「だとしても気を緩めることだけはするなよ? トッカ」

「分かってらァ。こんな状況からも生還したし復活もした、だろ?」

 トッカとナナシは即座に受け身を取ったが、この風圧によって皿が乾いたトッカ氏。ナナシと共に一旦離脱。

 しかしだからといって不利に陥った訳ではござらぬ。


 何故なら本当の要は他に居る。


「はらい者!」


 後ろに向かって叫んだ鬼。

 それに応じ、月を背に見事な跳躍でこちらにかっ跳んできたのは山草和樹その人。


 黒魔術師の目に明らかな焦りが浮かぶ。


『足を薙ぎ払って!』

【鬼道展開――光芒祓濯こうぼうふったく!!】


 大振りに手を振るい、足についている装甲を破壊。その奥にあった白い柔肌に五芒星の火傷を思いっ切りつけてやる。


 と、そこで!


「えいーっ!!」

 お姫様が奴の時間をぴたりと止める!

「ナイス!! お姫様!!」

『行け、和樹! 左手も!!』

「攻撃塞いジャえエエエええ!! ブチ殺せェェェエエエ!! 全部!!」

 周りの声援を一身に受け、もう一度手に力を溜める。

 奴の懐目掛けて全力疾走!

「ク……ソ……!」

 相手が紫の時計盤と魔法陣の重ね掛けの上で時間操作に干渉せんと藻掻く藻掻く。

 奴の獣みたいにバカデカい左手の三本爪が少し、ぴくぴくと動く。

「止めろ……ヤメロ!」

 姫様の術が破られる、急げ!

 肺が苦しい、心臓が破れそうだ!


 行け! 少しでも遠くまで!




 ――ここだっ!




【鬼道展かっ――!】

「ヤメロォォ、寄越セエエエエエ!!」




 瞬間。




 目の前でけたたましい硝子質の音が響き渡り魔術師の腕がこちら側に伸びてきた。

 目当ては!


「しまった!」

「和樹!」


 奴の獣の手が怯え震えるお姫様の体を掴もうとした時、また母さんがバレットタイムを発動してくれたけど……!

 もう、結構体に限界、が……!


「潰レテシマエ!!」


 お姫様を守るためには彼女の代わりに自分の体を差し出すほかはなかった。

 奴の爪がまるでクランプのように体を、臓物を締めつけてくる。どんどん爪の質量が暴力的に膨張して、体を高く高く持ち上げていく。

「アアアアアアアアッ!!」

「はらい者!」

「姫様!」

 ほぼ悲鳴のような叫び声をあげてこちらに駆けつけようとしたお姫様を慌てて剣俠鬼が止めようと飛んでくる。

 しかしほんの少し、魔術師の方が速かった。

 彼女の方を冷酷な瞳でちらりと見て、背中から無数の蛇のような陰を取り出した。

 一斉にお姫様の方へと向かっていく!

 更には剣俠鬼が一番邪魔だって奴が分かってる。用心棒に追加で四方から襲い掛かりお姫様救助の邪魔をする。

「グァッ!!」

「ナナシ、頼む!」

「分かってる……!」

 座敷童、駆ける!

 しかし彼の速度ではギリギリ間に合わない!


「和樹っ……!!」




 手を伸ばし――!









「叶歌! 血ィ貸せ!!」









 転瞬、懐かしい声を聞いた和樹のが変わり、腕まくりしつつ右腕を大きく前方へと突き出す。

 そこに掠めるように短剣の刃を滑らせ少量の血を拝借。そのまま刃先を少年縛る獣の爪に突き立てた。


【爆ぜろォ!!】

【光芒祓濯!!】


 肉を裂いた銀の光に凄まじい力が爆発的に溜まっていく!

 轟!!

「イギャアアアアア!!」

 爪が玉砕し、その下から露わになる白い肌とそこに刻まれた五芒星。

「狭化西!」

「……!!」

 体が言うことを聞かず自由落下していく少年の体を受け止め、次いでお姫様の元にもカッ飛んでいく。

「掴まれお嬢!」

「シュウー!!」

 掠め取るように捕食者から自分の命より大切な者を奪い去り、二人を愛し気にきつくきつく抱き締める。

「狭化西、来てくれるって信じてた!」

「背中乗れ!」

 嬉しそうに笑む少年に斧繡鬼は手早く指示をし、姫を大事に抱えながら奴の周りを周回し始める。

「最後はデコか?」

「そう」

「五芒星……真逆お前、逮繋たいけいの陣を組むつもりか?」

「あったりー。この体なら固いの作れると思って」

「はー、変わんねぇなぁ、そういうとこ」

「え、褒めてる?」

「けなしてるんだよ。恐怖植えつけながら捕縛して絶対に動けないところでトドメ刺すとか、あんな奴にも情が湧いちゃうね」

「……アンタのそういうとこも変わんない」

 ふっと懐かしむような微笑むような。

 鬼はそれ以上を聞きたくなくて無理に話を切った。

「さあ、行くぞ。お前ならやれるよな」

「勿論」

「振り落とされるなよ!」

「や、振り落とさないでよ!」

 軽やかに相手の猛攻を避けては躱し一気に懐まで入り込む。

「お嬢! 術を!」

「ゆっくりになれーっ!!」

「おおっ! 偉いっ! 凄いっ! 天才っ!」

「でしょー」

 反対版的バレットタイムを強制的に発動し、守られていない頭の装甲に向かって和樹の体が跳んだ。

 空中で体を捻りながらぴんと張った足が頭を守る鎧を蹴り砕く。そのまま通り過ぎる掌に眩い光が溢れた。


【光芒祓濯!】


 遂に綺麗な顔に刻まれた五芒星の傷。

 それ含めた合計五つの星が急に発光したかと思えば、魔術師の背に、四肢・頭部を頂点とした五芒星が浮き上がる。

 そのまま魔法陣に彼を磔にし、全ての自由を奪う。


 これぞ――!




逮繋たいけいの陣!!】




「仕上げだ! 奴を封印する!」

「愈々だな……! ――剣俠鬼!! お嬢を!!」

 彼に姫を渡し、さあ最後だ!

「ヤメロ……ッ! やだやだヤメロヤメロ!! ヤメテ!!」

 顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら魔術師最後の抵抗。先のそれとは比べ物にならない数の攻撃が一挙に襲い掛かってきた。

 一瞬怯むが――。


自空間捻出くうかんよりねんしゅつせんアギト!】

【流水穿敵!】


 和樹の使い魔達がタイミング良くフォロー。

 一気に彼までの道が開けた。


「いけ、叶歌! ぶちかませ!!」


 和樹、大きく跳躍!

 肩から提げた鞄から札を取り出し黒魔術師の額目掛けて一気に突っ込んでいった!


「やれ!」

「行け!」


「封じろ!」

「かませ!!」


「頑張って!!」

「はらい者!!」



「いけ、叶歌!!」



「あああああああああああああああああっ!!」






 * * *




 ――それは突然のことだった。


 銀盤の光照らす体の下。濃い影に突然妙な魔力が溜まる。

 かと思えば和樹の体が突如引かれるように後ろに投げ飛ばされた。


「わあああああああっ!!」

「叶歌!!」


 斧繡鬼が慌てて追おうとしたがその視界の隅、捕縛された魔術師の傍に何か小さな人影がある。

「協力者……!?」

 一転。

 そいつに向かって戦斧を構え突っ込もうとしたが、木の影人影あらゆる黒から現出した棘のような突起物に驚愕。

「ヤベッ……!」

 静かに、しかし勢いよく飛んでくるそれらを斧や術で払う最中、鬼は確かに見た。

 協力者が手に黒い炎を宿し、いつの間に「逮繋の陣」を破った魔術師のぐったりした体を抱えているその姿を。


 持っていかれる!


「待てこの野郎!」

 今だ飛ぶ突起物の猛攻をすり抜けながら鬼が撃破に走る。

「さらばだ! この『恩』はまたどこかで返してやる」

 ――が。

 目の前で大きく燃え盛る炎。それに合わせるようにして協力者の羽織るマントがふわりと鬼の視界を覆った。

 そのまま静かな平和を湛える夜の深まる異空間。


 もう少しという所で逃がしてしまった。


(つづく)

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