漆――駄菓子と紙芝居
カメヤ 駐車場
台車に乗せたビニルプールで水と楽しそうに戯れる金花。
その横でナナシが大あくび。
スーパーに入ってからもう結構な時間が経っている。
「お待たせお待たせ」
「遅いー! 何やってた……」
目に飛び込んできたのは物凄い量のお菓子が入った袋。
それが両腕に二つずつ提げられてる。
「え、そんなに必要?」
「勿論だ。お前小学生の菓子への情熱知らねぇだろ」
「あ……」
そう言えば地域のお楽しみ会で配られるお菓子は全部瞬殺されていたっけな。
「あ、そうそう。それと――ほら、和樹。目を瞑って、あーん」
「ん?」
「良いから。ほら、あーん」
言われるがままそうするとやがて口にころりと何かが入ってくる。
「シシ、さっきの情報提供の御礼だよ。お前んとこの爺ちゃんらはお金持って帰ると一々聞いてくるだろ? 本当は百二十円やりたかったけどそれで、な。ワリィな」
口にじんわり甘みが広がる。
これは――。
「キャラメルだ!」
「美味しいよな、キャラメル。俺も大好き」
そう言ってれいれいさんも口にぽーんとキャラメルを放り込む。紙くずは別に持ってきたゴミ袋に丁寧にしまった。(そう言う所は本当に流石。大人の鏡だと思う)
「え! ボクも!!」
「ほいほい」
ナナシの口にも放り込む。
「金花は? 食うか?」
「それなあに?」
「キャラメル。人類の英知、至高、秘宝」
その目は既にれいれいさんの右手の直方体に釘付けだ。
「食べたい?」
こくこく。
「早く食べたい?」
こくこく。
「すぐさま食べたい?」
ぶんぶん。
「よしよし。まずはな、食べる為には条件があるんだ」
「何?」
「まずは目を瞑る」
言われるがまま目をふんわり閉じた。
「おおっと! 見ちゃ駄目だ!」
くっと固く閉じた。
「そのまま大きく口を開けて」
あーん。
「ほい、投入ー」
ころん。
「そしたらゆっくり口閉じて、噛まずにまずは楽しむ」
「目はもう開けて良い?」
「良いよ」
数回口の中で転がして――直後、すぐに彼女はキャラメルのとりこになった。
口の辺りを両手で押さえてその目をきらきら輝かしている。
「美味しいだろ」
またぶんぶん頷いた。
そんな彼女の頭をはははと笑いながら優しく撫でた。
「またあげるからな」
にっこりと微笑んだ。可愛い。
「おわっ、キャラメルだ」
「ん。黒耀、お目覚めか?」
「あれ、怜、いつの間に帰ってたの」
「……本当面倒臭いよな、お前ら」
「……?」
れいれいさん、黒耀達の扱いに大分慣れてきたみたい。
「それで、次の予定は?」
「大忙しだ。工作にリハーサルに……」
「ん、ん、ん。だから何するの?」
「これを子ども達が下校する時間までにこさえなくちゃならない。加えて友人の校長と杉田にも連絡を取ってだな……」
「ちょいちょい話を聞け、だから何するんだってば」
「紙芝居屋さん」
「「紙芝居屋さん?」」
* * *
世界一怪奇現象の起こる町、門田町。
その町内唯一の小学校、「門田小学校」の児童は怪異の連中からすれば格好の餌である。
放っておけば一日十何人の頻度で子どもが喰われる。――はらい者がどんなに頑張ったってそれは例年起こるこの町特有の悲劇であった。
しかし教師とてそれを黙って指くわえて見ている訳にはいかない。
故にこの学校は「門田中学校」の教師と協力して子ども達の下校の付き添いをしている。
今日は小学校の小平と中学校の理科教師、杉田の担当だった。
そこに怜は目を付けたのである……。
「いーらっしゃい、いらっしゃーい! よい子の皆、紙芝居のお時間だよーっ!!」
有平地区の空き地にて。
拍子木をカンカン打ち鳴らして下校途中の小学生の列に向かって叫ぶれいれいさん。
恥ずかしさとは何ですかと全身で訴える姿に涙が滲む。
「今日は楽しい楽しい紙芝居。りんご次郎のお話だよぉーっ!!」
りんごの被り物を頭から被った物凄い顔の男の子が強烈な表紙絵に低学年の子がちらちら。
「わ、わー! 紙芝居だー!! 皆も見てくー?」
れいれいさんから与えられた台詞をナナシと一緒に叫ぶ。
は、ハズイ、ハズイ!!
「おっ、杉田じゃねえか杉田ー!!」
「……急に連絡してきたと思ったらまたそれか」
「えへへへ、今日はりんご次郎でござんすよ。子ども達と一緒にいかがでやんすか」
「今日は何の情報が欲しいんだ」
「やだなぁ、小遣い稼ぎでやんすよ。ほら、皆、いつもの駄菓子があるぞーっ!!」
「わー!! 浦島ゴリラの人だ!!」
「水あめ、ソースせんべい!!」
何ともうこれは恒例行事らしい。――ってか浦島ゴリラって何。微妙に気になるんだけども。
れいれいさんの紙芝居をよく知っている中学年の子ども達が紙芝居の方へ走っていく。それに低学年の子が恥ずかしそうに付いて行った。
「おう、皆何にする!」
「ラムネ!」
「ヨーグルト!」
「さくらんぼ餅!」
「笛ラムネ!」
「ほいほい、待たれよ! ――あ、お代金は全て杉田先生持ちな!」
「おい、怜、マジでふざけるな」
「あははっ、今度粉ジュース奢ってやるからさ!」
「対価が釣り合ってないんだよ!」
そう言いあっている内に大量の駄菓子が入った箱を首から下げたれいれいさんの周りにどんどん子ども達が集まっていく。
「色が変わる飴が良い!」
「あるぜー」
「アイスは、アイスはある?」
「馬鹿、溶けちまうだろうが。代わりに粉ジュースがあるぞ」
「何コレ」
「公園の水道で溶かすのは初心者。直に飲むのが上級者!」
「ゴホッゴホッ」
「――って目を離した隙に上級者コースまっしぐらする馬鹿が居るか!! ほら、鼻から粉出てる、ティッシュティッシュ……誰か水!!」
嗚呼、杉田先生のお財布がどんどん軽くなっていってしまう。
「更に!! この紙芝居の後においさんの質問に答えてくれるお友達にはキャラメルともっと近くで見ても良い券をあげまーす!」
はいはい! はーい! はーい!!
「代金は杉田先生持ちでーす!!」
「クソッ、今度ドンペリ奢らせてやる!!」
「はいはーい! 参加してくれるのはどの子かな! ここにお名前書いてってくれ。キャラメル持ち逃げされるとおいさん悲しいからな」
最初はどうなる事かと思ってたけど、瞬く間に子ども達がわんさか集まって来る。杉田先生にれいれいさんが軽々しく話しかけた所で子ども達も安心したのだろう……分かんないけど。
俺もこんな小さい時かられいれいさんに会っていたかったな。
「和樹、和樹」
金花が服の裾を引っ張って来る。
「あれはなあに?」
「駄菓子。さっきのキャラメルの仲間だよ。――あ、何か一つ持ってきてあげようか」
そうして持ってきたのは水あめ。
「どうやるの?」
「まずはね、この割り箸の片っぽにこの飴をかけて、それで二本の箸でこうやって練るんだけど……」
「やりたいやりたい!」
ねりねり。
「「あ」」
そう言うが早いか、ぱきっと音を立てて箸が折れてしまった。
「折れちゃった」
「あははは、次回にチャレンジ。ほら、食べてごらん」
べたべたの手で食べるそれは――?
「んふふふ」
ニッコリ笑顔が教えてくれた。
「さあてさてさて。そろそろ始めるぜー! りんご次郎って、皆は知ってるか!」
「知らなーい!!」
「桃太郎じゃないのー!」
「ざんねーん、桃太郎じゃなくてりんご次郎なんだなー。さあて昔々、ある所におじいさんとおばあさんが住んでいました」
その後、また強烈な絵柄のおじいさんとおばあさんが紙いっぱいに現れて子ども達がもっと騒がしくなる。
静かに聞きたい女の子がしずかにしてー! と怒鳴って更に騒がしい。
「おばあさんが川に洗濯に行くとー? あああああ、腰がああああああ!! 重さ三十キロの洗濯物におばあさんは腰をばっきりやってしまいました! 更にはその拍子におじいさんのふんどしに顔から突っ込んでくっせええええええ」
「ふんどしってなあに?」
「パンツー!!」
「汚ねぇええ」
「その隙にりんごは川下へどんどん流れて行ってしまいましたとさ、めでたしめでたし、さあ第二話です!! むかあああし、むかし!! 今度は鼻栓でおじいさんのふんどし対策をしたおばあさんがセグウェイに乗って洗濯物を運んでおりました!! しかし坂道に来てセグウェイ暴走!! おばあさんドシーン!! 木に激突だー!! そのままー? ひゅーんと空へ飛んでいくおばあさん!!」
そこでサッと転換。
「ひゅー」
まだ飛ぶおばあさん。
「ううう」
まだまだ飛ぶおばあさん。
「ううううう」
下の方に赤みがさしてきて嫌な予感。
「ううううん、どしいいいいん!!」
ようやく着いたと思ったら……!
「何と鬼が島に着いてしまったあああ!!」
「えええええ!」
子ども達大爆笑!
「つーよーくー、なーれーるー……」
ちょ、ちょ、それはちょっと著作権的に危なくないか?
……、……。
「ギガンティックおならふるぼんばあああ!! ぷりけつわんこの快進撃!! くっせええええええ!!」
結局「くっせええええ」を何十回か連呼したれいれいさん。
そのギガンティックなんとかでりんご次郎はようやく幕を閉じた。
「またねー!」
「ギガンティックオナラフルボンバー!!」
「「くっせえええええ」」
覚えられてるぞ。
「気を付けろよー! それじゃあな!!」
そうして残ったのは質問に答えてくれる勢。向こうの子ども達は待っててくれた小平先生に引率されていった。
「さてさてさて。ちょっとエージェントの皆さんにお聞きしたい事があってな。『妖助けの長良さん』って知ってるか?」
「あやかし?」
「ナニソレ」
「やっぱ知らねぇか……」
「どんな人なの?」
「んん? この世に居る妖怪さんを助けてくれるって噂のお兄さんだ」
え。
「お兄さんなの?」
「何だ? 中学生、何か知ってるのか?」
あ、そっか。今は他人の設定だったんだ。
「いや、知らないけど……」
「ふうん、おいさん期待しちゃったぜ」
柔らかく笑んでこっそり紙を渡してくる。
『トッカが『彼』って言ってたので間違いなく男性。お兄さんかどうかは適当』
え、そんな事言ってたっけ。
会話をもんもんと思い出してみるけど余り記憶に御座いません。
――と、その時。
「あー! それ、前お姉ちゃんが言ってたー!」
一人の女の子が甲高い声でアッと叫んだ。
「おおっ、マジか!!」
「うん! 困ってる座敷童さんをお家に連れて行くんだって! だから花子さんは最近出ないんだよって!」
「へえ! やっぱりいるんだ、長良さん!」
「多分その人だと思う!」
「もっと詳しく聞いても良いか、実はさ、おいさん会いたいんだけど中々見つからなくてさぁ」
「待ってて! お姉ちゃん連れてくる!」
そうして池を出てからわずか二時間。
有力な情報を得る事に成功したのだった。
――が。
「町外れで座敷童の手を引いた男の人が消えたっつうから来てみたものの……」
そこは田んぼばかり広がっていて何もない。
「和樹、黒耀、何か視えるか」
「いや、何も……」
「気配すら感じないよ」
「まじかぁ」
れいれいさんが手で顔を覆う。
「子どもはそういうのに関しては本当に純粋でさ、大人に聞きに行くよりも信頼度は高いんだがナ……」
ふと上を見上げ、ふうと息をついた。
「気付いたら着いてる、か」
池を出てから二時間でそれらしい情報を得た俺達。
情報を得てからその後休まず歩き続けて探し続けて、二時間。
色んな人に追加で情報を聞いてみたりもした。その度に小銭を払ったりもした。
色んな所の神社によって神様に聞いてみたりもした。
そうして行くべき所は行き尽くし、それは頓挫の兆候を見せていた。
「駄目だー、限界ーッ。ちょっと休もうぜ。俺煙草吸わなくちゃ」
ポケットからライターと煙草の箱を取り出し、俺らから距離を取るれいれいさん。
受動喫煙を気にしての事だろう。
そうしてれいれいさんの姿が小さくなった時、しゃくり上げるような息遣いが傍で聞こえた。
金花だった。その瞳からは雫がたらたらと流れていた。
「どっ、どうしたの?」
「私の、私のせいなのよ……私がこんな風にならなければ皆こんなに悩むことは無かったのに、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「そッ、そんなことないよ!」
「でも、でも、もうお日様もあんなに傾いてる……」
「大丈夫だよ、これが俺らの仕事だもの!」
「でも……でも……」
「ッ、金花……!」
堪らなくなってぎゅうと抱きしめた。
背中をさすって何度かとんとん叩いて、大丈夫、大丈夫と繰り返す。
誰かが教えてくれた「大丈夫の魔法」。
それでも全然泣き止まない。
自責の念がきっとその中で強く強く渦巻いて押し寄せている。
それに対して自分が出来る事はこれ位だった。何度も何度も連発して――きっと自分で自分を慰めてもいる。
黒耀は何もしようが無くて困ったように突っ立っていた。都度、何か手掛かりは無いかとくるくる辺りを見回す。
皆疲れていた。
「もう、もう……私は、私は……」
「大丈夫だよ、大丈夫。大丈夫だから」
俺も何だか悲しくなってきた。つられるように涙がとめどなく溢れてくる。
「ん? おいおい、どうした」
煙のにおいを全身にまとったれいれいさんがこの様子を見て慌てて近寄って来る。
「これこれ、泣くな泣くな。お前らが悪い訳じゃないだろ、軽く考えてた俺にだって非があるんだから。皆で分け合って軽くしようぜ、な、だからもう泣くな」
プールから金花を引っ張り出し、俺の腕も引いて二人分の体をきつくきつく抱き締める。
「もう疲れたよ、もう駄目なんだ。俺には、何も出来ないんだよ」
「そんな事無いって。どこかに道は必ずあるから」
「私がいなければ、私さえいなければ……!」
「そんな事ねぇっての! 大丈夫だ、運命を信じよう。まだまだ探し足りないだけだから、きっと!」
「でも、でも……!」
「――でもじゃねえから!!」
突然の大声に体が震える。
「……簡単にそんな事言うんじゃねぇ。言うんじゃねぇ」
何かを抑えたようなその声に堪らなくなって、口をつぐんだ。
涙を拭ってまた歩き出す。――それでも田んぼの苗の緑がさらさらと波打つだけで何も見つからない。
音葉池から始まってもうかれこれ五時間は経っていた。
夕焼けが目に染みる。
「――続きは明日にするか」
ふとれいれいさんがぽつりと言う。
「え」
「時間が無いのは分かってるけど、この町では夜にえっちらおっちら出かける方が何気危険だ。今夜は明治街の俺んちに泊めてやるからさ、今日はこれでお開きとしておこう!」
手をぽんと打って、わざと軽く言う。その裏に隠れた悔しさとか感じて何にも言えなかった。
ただ、静かに頷く。
「よし、一回撤収ー。帰るぞー」
そう言って台車を方向転換させようとれいれいさんが力を込め――ようとして、金花のちょっとした変化に気が付いた。
「……金花?」
彼女は空のほうに顔を持ち上げて雲間から見える一羽の大きな鳥を呆っと見つめていた。
「あれは……?」
「大きい鳥だね……」
「……」
何度か羽ばたいて風を掴み、悠々と飛んでいる。
生き甲斐に満ち満ちたその姿勢に何だか耐え切れなくなって地面に視線を落とす。
首をぶんぶん振って、気を取り直し、止まった時間を溶かそうと今度は俺がわざと明るい声を出してみた。
「夜も近いって事だね! さ、帰ろ――」
そしてその台詞の尻尾はふと聞こえた息継ぎに阻まれた。
皆の視線がその後に続いて聞こえた清らかな声に向けられる。
歌。
金花が、歌った。
空の上の、雲の上の。
「彼」の孤独を想う歌。
「……『テルーの唄』」
知られた映画の挿入歌の名前をれいれいさんがぽつりと呟いた。
(つづく)
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