伍――妖助けの長良さん

「長良さん?」

「そうだ」

「長良さんって、あの長良さん?」

「どの長良さんを指してるかは分からんが多分そうだ」

「長良長良うるせぇな、この部屋」

 怜さんがニヤニヤしながら言う。

「で? その『妖助けの長良さん』ってのは一体どういう人なんだ」

「『はらい者』の一端を担う『長良家』の内一人がやっているはらい者の活動の一つだよ。あそこは兄弟が多いから色んな事が出来るんだ」

「ふうん、具体的には?」

 怜さんの質問に瞬間渋るトッカ。

「そこは――よく分からない」

「ん? それこそどういう事だ。言い出しっぺはお前だが?」

「いや、何と言うか……困っている妖怪達の所に現れて解決まで導いてくれるってのは知ってるんだが、その全てを説明するのは難しい」

「移動型お悩み相談室、ってところか?」

「まあ、そんな所だと思う」

「至極曖昧だな」

「仕方ないだろ、その全貌は藪の中なんだ」

 何だか不思議な話だなぁ。

「へぇ、まるで神様の降臨みたいだねぇ」

「確かに。極楽のお迎えも向こうから来てくれるんだよな」

 へらへら笑うサイジョウさんと怜さん。

「良いなあ俺も早く安らかに死にてぇ」

「……!?」

 瞬間部屋の空気が凍り付く。

「病んでるのか……?」

「かぁっ? ハハ、馬鹿言うんじゃねぇよ。いつでも正常だよ、俺は。ほら、長く生きてると人間、生命維持に飽きるんだよ」

「……病んでる」

「病んでるね」

「荒れてるんですよ」

「アハハー、仕事がねぇ!」

 またソファの背もたれに背中からダイブする。

「でも――」

 それ始めた話をふと戻す声がよぎる。

「それをトッカは何故知っていたんでしょう。噂程度位の知識しか無い割にはとても自信たっぷりですね」

「え? 疑うのか?」

「とても曖昧です。故にこんなにお話が末広がりに広がっているのにどうして疑わないんですか?」

「そ、そんなに広がっているか?」

「少なくとも本題からはずれまくっているように感じますが」

 マツシロさんが本当に無垢な顔でトッカに迫る迫る。

「改めて、何故確定的に言ったのでしょうか」

「そ、そこは追及しなくても良いじゃないか!」

「何故慌てているのですか?」

「う、うああ、味方だろ!! 理由なしに信じてくれよ!」

「だって、何も分からない……」

 余り動かない表情筋の内、眉間の間の肉だけをぴくりと動かして呟く。

「まあ、確かに……これから命がどうこうなるって時にそんなに曖昧な情報じゃあ、ねえ……ちょっと命は預け難いよ」

「こっ、黒耀まで! だって本当に三者三様、十人十色なんだよ!」

「最後ちょっと違くね?」

「そういうのは良いんだよ! ――じゃなくてさ、本当に相手によってその方法はばらばらなんだよ! その、さ……うー、何て言ったら良いんだよ!!」

「知らねぇよ」

「取り敢えずそこへの行き方だけで良い。話せ」

「それは謎だ。気付いたら着いてる」

「……場所は」

「門田町」

「門田町のどこ」

「そこも謎だ。気付いたら着いてる」

「……じゃあ、前例だけで良い。前例を示せ」

「……」

 ここで何だか渋るトッカ。

「――言えん」

「言えんって何だ!」

「言えんもんは言えん! 言えねえんだよ!」

「あれ、ちょっと赤面してる?」

「してねぇっ!」

「……何か怪しい」

「怪しむな怪しむな! 気付けば解決してるんだよ! 彼に話聞いてもらって座敷童達と戯れている間に解決してるんだよ!」

 ん。

 この言い方。

「あれ、これってもしかしてさ、トッカ、一回行ったことある?」

「ハ!? ねえよ!!」

「……」

「聞いた話なんだ!!」

 必要以上の大声で返してくるトッカ。

 ――怪しさ倍増なんだが。

「怪しい」

「怪しい」

「取り敢えず弾丸喰らうか?」

「脅すな! 怪しむな!!」

 そうしてぎゃいぎゃい盛り上がってきたところで不意にフウさんがハリのある音で手を打った。

「はあい! ストップストップ!! 保育園のお遊戯会か。議題を大きくそれた、一同一旦落ち着け」

 すんと静かになる部屋。

 流石課長。

「話を整理するぞ。怜、書記をやれ」

「えー、タダ働きはヤダー」

「スポーツカー何台買っても有り余る位の財産持ってる癖に、こういう時位ボランティア精神発揮したらどうだ」

「未来への投資用だもーん。俺の金庫には金がねぇー、仕事もねぇー」

「分かった分かった。報酬百円」

「千円」

「受け付けん」

「千円」

「報酬の交渉は全般的に却下している」

「千円」

「……」

「千円」

「……」

「ああああ、飢え死にする!」

「……」

 財布から野口英世が顔を出した。

「貰いッ!」

 ひったくって内ポケットに丁寧にしまい、「毎度アリー」とにまついた顔でパフォーマーみたいなお辞儀をする。

「この面さえ無ければお前は伴侶を得られるはずなのになぁ」

「さ、早速書記の仕事をしていきましょうかねっ!」

 お金で気分ウキウキの怜さんにフウさんの声は届かない。

 嗚呼、がめつい。


「場所が曖昧という事は異空間なんだな」

「さっきからそう言ってるじゃねぇか」

「確認しているだけだ」

「ふむ……」

 勢いが衰える。

「だから気付いたら着いてるって言いたいんだよな」

「ああ」

「それは門田町限定なのか?」

「みたいだ。明治街にも湯羽目村にも前例が無い」

「ふうん……長良家の本家は湯羽目村なのに?」

「そこは俺も分かんねぇよ」

「ふむ……」

 顎に手を添え目を瞑り、暫し一考。

 ちらりと怜さんを見やると革の手帳に万年筆でスラスラ書いていく。ふとした瞬間に万年筆を顎に当てて熟考するその横顔はよくよく見れば格好いい気もする。

 ――本当に、あんな面さえ無ければ伴侶が居るんだと思う。

「まあ、それは後にまわそう。その方法云々は良いとして、その長良さんに出会った妖怪達の悩みとやらは全部さっぱり解決しているんだろうな」

「勿論だ! それについては揺るぎない」

「ふむふむ、なるほどな……じゃあ金花連れて歩き回ってればいずれ着く訳だ」

「しらみつぶしってやつ?」

「そう。サイジョウもそういう言葉知ってたんだな」

「アタシだって大人ですからね!」

 そうだな、と軽く笑う。

 サイジョウさんはどこか誇らしげだ。

「そうすると……金花を門田町まで連れていくという方向で決定ですか」

「まあ、至極曖昧であることに変わりはないが……これ以外に良い方法が見当たらないのも事実だからな」

「どうやって連れて行きますか。水から全身を出したら息が出来なくなってしまったりするのでは」

「そこまではいかないだろうが……その時の事はちゃんと考えてある、案ずるな」

「じゃあ身代わりは誰にやらせる? 池がもぬけの殻だと意味がないが」

「それは俺がやる!」

 ふと訊ねた怜さんの言葉をほぼ遮る勢いでトッカが名乗りを上げた。

「ん、お前、彼女ちゃんに付いて行かなくて良いのか?」

「あの子の彼氏としてその危機を放っておく訳にはいかないからな。俺がそいつを叩く」

 へえ……。男らしい。

「よく言った! ――それじゃあ俺と一緒にソイツの討伐だな」

「いや、お前は和樹と黒耀と金花の保護者やれ」

 ケラケラ笑ってご機嫌にそう言ってた怜さんがフウさんの突然の発言に二杯目のサイダーを吹き出す。

「ハァ!? おま、冗談だろ!」

「冗談言うように見えるか? この顔が」

「見える! 見える見える見える! 顔に私は嘘を吐きますって書いてある!」

 ちらりと見てみる。

「書いてないですよ?」

「ジョークを分かれ、少年!」

「いやあ、実に愉快愉快。それじゃあ各員行動開始」

「異議! 異議あり!! 説明を求ム!!」

「ええ、言わなくても分かりそうなもんだが」

「いや、いやいやいやおかしいだろ! まず池にその不届き者が来るって話だっただろ!?」

「だから金花を門田町へ連れて行く。その保護者をお前がやる。何の問題もないじゃないか」

「大ありじゃボケ! その偽者の討伐がしたくて俺はここに来たんじゃねえか!」

「馬鹿馬鹿、考えろ。そいつは妖怪の類なんだよ、お前みたいな一般人が対抗できるかどうかなど分からんだろうが」

「でも自分の手で解決できないなら意味がない!」

「大丈夫だ、トッカの護衛は我々怪異課が担当する。明治街だから丁度管轄内だ、ひっ捕まえたら縛り上げてお前の眼前に引っ張って来てやるよ」

「……それでも納得いかない」

「お前が死んだら意味がないって言ってるんだよ。――お前、養い親だろ? 残された子ども達はどうするんだよ」

「……だとしても得心がいかない」

「何でだよ」

「タダ働きだ」

「……お前子どもの前でそれ堂々と言い放って恥ずかしくないのか」

「ああああ飢え死ぬ! 諭吉が百人いれば救われるのに!」

「味を占めるな」

「諭吉が百人ー!」

「やらん」

「じゃあ行かない!」

 なっさけなー……。

 そこでマツシロさんがすっと前に出る。

「そんな、折角情報屋であることを頼みにしてお願いしているというのに……? 貴方はお金にならないというだけでそんな酷い事が言えるんですね?」

「当然の権利を主張しているまでで御座います、褒めたって何にも出やしないので御座います」

「何という事でしょう。一つの――いえ、下手したら二つの命が消滅してしまう危機だというのに。で死んだと知ったら顧客はどう思うでしょうか……」

 ここで肩がぴくりと震えた。

「迷子で記憶喪失の孤児を孤児院まで送り届け、院から卒業した後の身寄りのない彼女の面倒を陰ながら見て、更にはゴミ捨て場に倒れていた瀕死の子どもを助け育てた人と同一人物であるとは思えない言動ですね」

「……どこでそれを」

「その前例と比較して今の様子を貴方の顧客全員に言いふらしても良いんですよ」

「……」

「しかしここで金花の命を助けた男であるというのが知れ渡ったらどうでしょうか。偽者が汚した貴方の名は一瞬で綺麗に輝く事でしょう。視えざる者にも優しい男。何と気持ちの良い、信頼を寄せたくなる名前でしょうか」

「……」

「どうでしょう? それでも行かない気ならこちらは行動力の化身となり得ますが」

「……」

 この野郎、と言いたげな目でマツシロさんを見つめる。

 そのまま何分かが経過した。

 そして――怜さんが折れる。

「わーった、わーった!! あれだろ? その『妖助けの長良さん』とやらを探し出して金花の悩みを解決してやれば良いんだろ!?」

 ん!

「何と頼もしいお言葉でしょうか」

「ケッ、今回だけだ」

 ――え、本当!

「ええっ! 怜さん、良いんですか!?」

「男に二言はねぇよ」

「わーっ!! やった、やった!!」

 情報屋に付いてくって、何だろう。何かわくわくする!

 腕を回して思わず飛び跳ねた。

「俺! 山草和樹って言います!! 怜さん、よろしくお願いします!」

「落ち着け落ち着け、そんなにぴょんこぴょんこ飛び跳ねられたらこっちが照れるだろうが」

 肩を押さえてなだめる。

「ほら、やっぱり根は面倒見の良い男なんですよ」

「今なんか言ったか、マツシロ」

「いえ。何も」

 そっぽを向く。

「よろしくお願いします! 怜さん! 情報屋の事とかいっぱい聞かせてください!!」

「わーったから、わーったから! それさっきも聞いたから! 取り敢えず落ち着け!」

 相当恥ずかしいのかさっきより力を込めて肩を押さえてくる。

「和樹、だったな?」

 ぶんぶん頷く。

「良いか、和樹。余りはしゃがれるとこっちが照れるからもうはしゃぐな、分かったか? それと、俺の事は近所に住んでる親戚のおじさん位に留めろ。良いな?」

「はい……!」

「だ、駄目だ駄目だ。語尾にはしゃぎたい感がこもってる! もっと、何でこんな奴なんかとみたいな空気を出してもらってだな……」

「絶対子ども好きだよね、アイツ」

「おい、今なんか言ったか、サイジョウ」

「いえ。何も」

 そっぽを向く。

「よし、よし分かった。分かったナリ。お前、俺の事はれいれいで呼べ」

「れいれい、さん」

「さん……はこの際良いや。良いな、これからはれいれいさんだ。親戚のおじさん程度のれいれいさんだ」

「でも、どうしてれいれいさん?」

「勝手だろ、気付いたらそう呼ばれ始めてたし、何かしっくりくる気がする。それに近所の親戚のおじさんって設定ならこの呼び方の方が自然に聞こえるだろ」

「なあるほど」

「うむ、納得してもらえたようで良かった」

 そうして頭を大きな重たい手でがしがし撫でてくる。

「和樹、よろしくな」

 無邪気な笑み。――やっぱ格好いいのかもしれない。

「よしよし、じゃあこれで全員大丈夫だな?」

「しぶしぶな」

 フウさんのまとめの言葉に怜さんが敢えて大きな声で言う。

「それでは各員行動開始。これから私達とお前達とは別行動になってもらう。――どこで敵がその目を光らせているか分からんからな、上手く金花とトッカが交代できるように私達は先に音葉池に向かい、準備を進めておく。お前達はバス使って追って来い」

「偉そうだな」

「偉いからな」

 百点満点の返しに何も言えない。

「あ、そうだ。後な……」

 そう言いながら物置と化した部屋の隅っこをがさごそいじくる。

「あ! あったあった、これだこれだ!」

 そして何やら大荷物を俺らの前に運んでくる。

「何コレ」

「金花を運ぶのに素手じゃあ駄目だろ? 私が暇を惜しんで考えてやった素敵な運び方だ。これを使うと良い」

「はあ……で、何コレ」


「はっはっは、良きに計らい給え!」


 そこで無理矢理切られた。


 * * *


「って、これビニルプールじゃねえか!!」

 音葉池までのバスを待っている間れいれいさんが今まで溜めていた文句をぶちまける。

 フウさんの逆襲だ、間違いなく。

 俺らには金花が見えるから別に良いんだけど問題は他の人。他の人からすればプールで遊ぶのにはしゃぎ過ぎちゃって移動先でのプール設置をする前から準備完了してしまったお馬鹿な家族だぞ……。

 しかもウィズ台車。かなりの大荷物だ。

「アイツらが運んで行けよ、この台車位……」

 やっぱりフウさんの逆襲だ、揺るぎなく。

「まあ、これ位しか人魚を入れられる入れ物は無いだろうからね……今回は諦めよう」

 黒耀は苦笑している。――君は良いね! 一般人に対して気分で姿も隠せるから! くそう! 俺とれいれいさんの気持ちを考えてくれ!

「せめて音葉池までは小さく折り畳んでいくか」

「金魚の柄だね」

「繰り返さなくて良いんだよ、黒耀」

 バスが来た。二人分の料金を払って(黒耀に姿を消せとれいれいさんが指示した。がめつい)後ろの座席を陣取った。


「さて和樹、早速だが……」


 どっかり座った怜さんが足を組みながらさっきの革の手帳と万年筆を取り出した。


「長良家含め、はらい者について詳しい事を教えてくれるか? 勿論情報提供の報酬は出す、その代わりなるべく具体的に詳らかに」


 眼光が鋭くなった。――仕事モードだ。


「まずは予備知識を蓄えておかないとな。今日は長い一日になる」


(つづく)

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