山草さん家のはらい者

星 太一

零――はじまり

 * * *


 昔々。元々この世界には「この世」も「あの世」もなかった。


 誰かはかつて言ったものだ。

 ――我々は無から何かを作ることはできない。いつも物語には何か起源があるものである、と。

 この言葉が指すように、「この世」や「あの世」という言葉が生まれたのには理由があって、それが語り継がれてきたのにも理由がある。


 簡単に言えば「あの世」をこの世界にもたらした人物がいるのだ。


 戦国時代の真っただ中、突如二つの世界のしきり――「境界」が解き放たれた。

 それをやってのけた青年。名を「山草千吉」という。鬼道――今でいう幻術などの不思議なチカラを使いこなす者であった。

 彼の願いはただひとつ。この世でさまよい続け、恨みをつのらせる魂の安住の地をこの世界に提供することだった。

 幸い、彼が見出した「あの世」はそういった魂達を快く迎え入れた。

 しかし突然、しかも無理矢理つながった二つの世界はそのまま隣接するには少し不都合が生じた。新しく開けた隣接する世界に興味を示した悪霊や悪人の云々が悪さをしようとしたり、この世の人物が誤ってあの世に迷い込んだり逆にあの世の魂がこの世に彷徨い出て、その空気にやられて消滅したりした。(詳細は後述する)

 真の安寧の為には誰かがその境の調和を整えねばならない。

 そのために二つの家――「山草家」と「長良家」に彼のチカラが譲渡されることとなる。


 これがこの世とあの世の調和を整えし「はらい者」の起源である。


 二つの家はその特別なチカラの為に争いあってはいたが、そのおかげでどちらかの家がチカラを持ちすぎることがなく、平等にそのチカラを「境界の調和」のために注ぎ込むことができていた。

 平和な時間だった。


 ――しかし。それは突然起きた。

 時は**年前。世界の調和が急に破壊される。

 名称一切不明の厄災が目を覚まし、世界の崩壊を図った。

 その事件に際して山草家の殆どはそのチカラを失った。――当時最大のチカラを有していた山草次郎吉じろきちただ一人を残して。

 一つ取り残された長良家はどうにか手を尽くすものの、今まで二家で行ってきた業務をたった一つの家でまかなえるはずがない。

 次郎吉も十三年前、急に姿を消した。


 三権分立が如きの完璧が、目の前で崩れ始める。


 その圧倒的強者はそこで一時敗れたものの、この崩れかけた世界を前にして完全なる崩壊を目論み、今日も笑顔で生きている。

 君の隣の人だ。嘘じゃない。


 さて、どうする。

 このまま終わりを迎えるか?


 否。

 術はまだあるはずだ。見えないだけで。


 ならどこにある?


 その手掛かりはは次郎吉失踪直後、山草家のとある一室にて発見される。


 山草家の若い男と長良家の若い女が恋をして、一人の子どもを産んだ。


 * * *


「馬鹿々々しい。何が歴史だ、聞いて呆れる」

 細い指が物語を閉じた。

 整った顔が窓の外を眺める。

 黄金の満月だけが彼を凝視した。

 今日はいやに大きい。

「負の歴史を宝物のように溜め込むだけ溜め込んで何も学習しない。そもそも支配体制から間違っている。だからこうやって死ぬ人が出る」

 ふと放った目線の先に、黒い影が昏々と広がっている。

 その一端を斜線状に月明かりがさっと照らしている。

 タールのような影の中から一本飛び出した手が、手折られた白百合が如く壁にだらしなく垂れ、張り付いているのが見えた。

「今日は月が綺麗ですよ」

 本を置いたその細身の体はそこにあるであろうをうっとりと眺め、その手に自身の指々を絡め、口元に快楽を浮かべた。


「ヘーリオス様、私達永遠に愛し合いましょうね……」


 黒毛の長い三つ編みを垂らしたその男はその黒い壁に向かって静かに口づけた。


「世界よ変われ。変われや変われ。悪魔王に買われてしまえ」


「欲望渦巻く人間なんてもういらない」


(つづく)

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