第3話 花の香りをまといし 乙女の幻

まるで、昨日までの激しい戦(いくさ)がうそのよう


花咲き誇り、甘い香りの中


ここは小さな林に包まれ、隠された桃仙峡


しばしの休息に 暖かい春風に誘われて、一時(ひととき)

の眠り...


花々の咲く野に

一時(ひととき)の眠りにつくは、名だたる、知らぬ人もない

三国志の英雄、関羽将軍


「関羽将軍!」呼ぶは若い、まだ幼い面だちの少年 

赤くなり、迷うようにひと呼吸 そして 呼ぶ


「ち、義父上」かすかな震え 


憧れて見上げていた あの方は 

身寄りのない私を引き受けくれた

自分の子供として...


それは、ほんの数日前の出来事.....


「関羽さま」 かすかに聞こえた 甘やかな女の声

「ずいぶんお疲れになられたのですね」


しずしずと関羽将軍に近ずく、関羽将軍の愛馬 赤兎馬

馬は静かにその姿を変化する


なよやかで、美しい乙女の姿

宝玉のような紅い瞳を持つ乙女に....


白い透き通る手は 紅い瞳の乙女が慕う 関羽将軍の髪に触れる

茂みから飛び出す者が一人


「義父上に何をする気だ!!」すらりと剣を乙女に向ける


「関平..さま?」 「関平?」騒ぎに目をさます関羽将軍

「剣を納めよ 関平」かすかに微笑み 静かに、さとすように話しかける。


「関平さま 貴方さまの事は 

関羽さまから、お話は聞いておりまする 

 さあ、剣を納めてくださいませ」


剣を向けたまま微動だにしない そして乙女を睨み付ける


「私の事をきっと魔物かなにかと思いですね?」微笑みながら

話しかけ、近ずいていく


「来るな!」剣を振り上げ そして 乙女を切った


「関平さま」にっこりと微笑む乙女 


何事もなかったように彼の前に立っている。


「切りすてた...はず...なのに...。」


「....きっと、夢でも見てるのでしょう?」

こともなげに乙女は微笑み笑いながら、優しい声で話しかける。


「そうだな...おそらく、夢でも見てるのであろう」


寂し気に関羽将軍も、呟く


「幻ですわ...貴方さまには理解できぬ....

ただの意味のない夢、幻...」


「関羽さまの愛馬が このような女人に姿を変化(へんげ)する

など、あるわけがない....そう思いませんか?」


話し掛けられて幻術にでもかかったように

微動だに出来ぬまま...


乙女は 甘い花の薫りをただよわせながら少年の頬を

愛おし気になぜる。


「貴方さまは...関羽さまの大事な息子」

紅い瞳が愛おし気に見つめる


「どうぞ、これだけは信じて、赤兎馬は、関羽将軍のためなら

持てる力で お守りいたしますから」


視界がぐるり、ぐるりと回り、力尽きたように眠りに落ちる。


「大丈夫か?関平?」


「義父上?」


「俺は一体?」


「そなたはここで、気を失っていた

馬から落ちたのではないか?

それとも、昨日の戦で、どこか怪我でも、したのではないか?」


「あれは夢?」 


「関平?」 


少年は 関羽将軍の傍らに寄り添うように立つ赤い馬を

見つめる。


心の中で呟く


「そう...あれは...ただの夢....意味などない 

ただの夢まぼろし...なのだ」


薫りたつ、春の野の花々に包まれ 夢を見たのだ

俺を見つめた美しい宝玉の紅(あか)


紅(あか)の瞳


「花の薫りをまといし 乙女の幻  ただの夢?」


「ただの意味のない幻?」

気がつけば、その言葉を 幾度もくり返す


少年の心の中で思い浮かべる姿


夢の乙女はどこか寂し気に微笑んでいた 


FIN


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