第23話 生活リズムとマナーが淫れる


「1……2……3……4……」


 俺は、朝から部屋で腕立て伏せをしていた。


 きっとまだまだ追い込みが足りないのだ。


 だからあんな変な夢を見る……。


「6……7……8……9…………10っと!」


 10回3セットをやり終える。


 胸と腕の筋肉がパンプして、膨れ上がったような感じになる。


 あと、肩と首筋のあたりが筋肉痛だ。


 昨日の肩トレのせいだな。


「それにしても……」


 休日の午前中に活動するなんて何年ぶりだろ?


 朝飯だってしっかり食ってしまった。


 金曜の夜は決まって夜ふかしするから、土曜の午前は寝ている記憶しかない。


 筋トレのせいで、すっかり俺の生活リズムが淫れてしまったぞ。


 どうしてくれるんだ……遊子!


――シャー!


 勢いよくカーテンを開ける。


 無防備なあいつのことだから、あっちもカーテン開けっ放しでゴロゴロしているに違いない!


 そう思いつつお隣の部屋を見ると……!


――チュンチュンチュン。


「あれ?」


 なんと、向こう側のカーテンは閉められていた。


「あれれ……?」


 予想外だ。


 そう言えば、土日の午前にあいつが何をしているとか、全然知らんかったな。


 そうか……俺と一緒で、土日の午前は寝て過ごしていたのか。


 そういや昔は、よく夜中まで2人でゲームして怒られたっけ……。


――ガラガラガラ。


 俺はそのまま窓を開けた。


 そして、外から流れ込んでくる午前の空気を感じつつ、部屋の中でラジオ体操をした。



 * * *



 そのままウダウダと午前を過ごし、お昼にはフレンチトーストと魚肉ソーセージ、そしてキャベツとツナのサラダを食べた。


 そして、プロテインを携えて市営体育館に向かう。


「流石に」


「混んでるねー」


――ガション! ガション!


――フウウーン!


 休日の昼過ぎのジムは、市民トレーニーのたまり場となっていた。


「こんにちは!」


「こんにちはー」


 受付の人もマミさんではなく、若い男の人だった。


 真っ白な歯が眩しい、爽やか体育会系なお兄さんだ。


 ナオミさんもいないな。


 これは、マシンが空いたところを見計らって、俺と遊子だけでやるしか無いぞ。


 ここに来るのはこれで5回目だけど、そこはかとない不安感が込み上げてくる。


「ストレッチマットもいっぱいだ」


「いっぱいだー」


 ジムの中央付近に、10畳分くらいのストレッチマットが敷いてあるのだが、そこは高齢トレーニーの憩いの場となっている。


 ストレッチをしている時間より、お喋りをしている時間の方が長いぞ?


 まさに、市営のジムって感じの光景だな。


 マシン類は殆ど使われてしまっているし、フリーウェイトゾーンも予約で一杯。


 今日やろうと思っていた腹筋を鍛えるクランチマシンも、お腹の出たおじさんトレーニーが、すっかり占有してしまっている。


 となるともう、有酸素マシンでもやりながら、空くのを待つしか無い……。


 トレッドミルも一杯だし、もはやエアロバイクくらいしか出来るものがない。


「仕方ない……」


「ないねー」


 そして俺と遊子は、エアロバイクをすることに。


「えーっと、サドルは腰の高さはこのくらいで……」


「よいしょっと……」


 サドルの位置を合わせて、その上にまたがる。


 そしてペダルを漕ぎ始めると、経過時間と出力ワット数、そして消費カロリーが表示された。


――ピッピッピ……。


 ワット数を増やしていく。


 40wくらいで良いか。


 ただの時間待ちだからな。


――シャコシャコシャコ……。


 1分間に60回転のペースでこいで行く。


 遊子も大体、似たようなものだ。


――シャコシャコシャコ……。


 ひたすらこぐ。


 窓の外には市営体育館のグラウンドが広がっていて、子どもたちが、ボールを投げたりして遊んでいる。


 平和な休日の光景だ。


――シャコシャコシャコ……。


 さらに、ひたすらこぐ。


 俺も遊子も無言である。


 たまに、クランチマシンの方を見て、空いたかどうか確認する。


 お腹の出たおじさんは、インターバル中にスマホをいじっていた。


 あれって、マナーとかどうなんだろう。


――シャコシャコシャコ……。


 ああ、なんか退屈だ。


 そもそもなんで、ジムにはエアロバイクが置いてあるんだろう。


 有酸素運動はダイエットに向かないって、話に聞いたことがあるんだけど。


 ああ……そうか。


 今の俺や遊子みたいに、手持ち無沙汰な人のために置いてあるのか。


 そうかそうか。


 すごく、納得した。


――シャコシャコシャコ……。


 結局そのまま、15分ほど漕いだだろうか。


 ようやくクランチマシンが空いたので、俺と遊子はエアロバイクを降りて後片付けをする。


 ちゃんと汗を拭き取って――まったくかいてないけど――次の人が気持ちよく使えるようにしておくのだ。


 最低限のマナーってやつだな。


 そうしていよいよ、お目当てのクランチマシンに向かおうとすると……。


「ふごふご……」


「あっ!」


「えっ!」


 なんと!


 タッチの差で、ほっそいおじいちゃんがクランチマシンに座ってしまった!


「あああ……」


「えええ……」


 そ、そんな……!


 こうも空かないものなのか腹筋マシーン!


 さっきのおじさんは、10回やる度に5分は休んでいたし、今座ったじいちゃんも、一番軽いウェイトでのんびりのんびりやってるし……。


「ハアー、zzz……」


「はっ!?」


「ほえっ!?」


 ああ! しかも何回かやったらウトウトしだした!


 ジムは昼寝をするところではないよ、おじいちゃんっ!


 な、なんてこった……。


 あのクランチマシンは、きっと、座り心地が良すぎるんだ!


「むむむ……!」


「ぐぐぐ……!」


 ただ腹筋を鍛えるだけで、こんなに手こずるのがジムトレなのか。


 これだったら遊子と2人、家で自主トレしていた方がよっぽどましだよ!


「あ、トレッドミルがちょうど2つ空いた……」


「うん……空いたね」


 仕方なく俺と遊子は、さらなる有酸素運動に臨むのであった。


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