月村さん
「というわけで、最高だったわ」
「一体どんなことがあったらそんな手のひらをくるくるさせられるんだい?」
自分の席で弁当をつつきながら、昨日の楽しい楽しい初体験(チャット)を翼に自慢してみると、随分とまあ冷たい目線とことばを送られた。
勧めた本人が、どうしてこう悲しい生き物を見るかのような哀れみに満ちた眼をしてくるのか。これが実にわからない。
「……まあ、楽しめたなら良かったよ。正直僕も不安だったし」
「……?? 不安って、まるで使ったことないみたいな言い方してんな。やったことあるから紹介してくれたんだろ?」
「――あっ」
何だそのあって。如何にも失言でしたー、って感じで零しやがったぞこいつ。
誤魔化すように弁当箱を箸でつつきながら必死にこっちから目をそらしてくる翼の態度が、なんだかとっても嫌な予感を想像させてくる。
……嘘だよな。こいつまさか、あんな黒一歩手前のグレーゾーンをよく知りもしないで紹介しやがったのかよ。
「お前……まじか? あんな怪しさ全開のサイト、普通紹介するかぁ?」
「…………い、いやぁね? 別に悪意でやったんじゃないんだよ。……本当だよ?」
まじかこいつ。自白しやがったぞ。隠すということを出来ないのか?
まあでもこいつに何か意図があるのは事実だが、性格的に俺を陥れようとしているわけでもないのだろう。多分。
とりあえず、表情的に悪気があったわけじゃないってのは本当らしいが、じゃあ一体何のためにあのサイトを紹介してきたんだ?
「……で? 結局ウィズフレを紹介してきた理由ってのは――」
「面白そうな話をしているわね」
「……月村さん」
問い詰めようとした俺の声を遮るように、凜とした音が割り込んでくる。
彼女の名前は
同じ教室にいてなお、俺とは違う別世界の住人。そんな彼女が、どうしてこんなクラスの隅っこにたまる埃のような者どもの会話に興味を示すのだろうか。
「月村さんに聞かせるような話じゃないよ。月村さんにまで届いていたなら、随分とこいつの彼女自慢が大声だったらしいね?」
「え、別に楓のことなん――」
「いやーまいっちゃうよ。惚気も大概にしてほしいものだよね?」
案の定、特に何も考えずそのまま話そうとした翼の口を手で強引に塞ぐ。
危ない危ない。クラス一の影響力のあるこの人にボイスチャットなんてやってるのを知られちゃ、あっとという間に変人扱いだ。
気持ちの悪いやつだと思われてしまう程度なら別に良い。けれもしも、彼女の機嫌を損ねてしまえばそれでアウト。俺の学校生活は灰色からどす黒い闇に早変わりだ。
反論のありそうな翼に今までで一番鋭い視線をぶつけて牽制する。
頼むから余計なことをしないでくれ、まじで。お前の口と頭が軽いのは知ってるけど、今はどうにか抑えてくれ。俺はお前みたいに挽回できるほどの何かを持ち合わせていないんだ。
「……ええそうね。確かに柏原君の彼女自慢は胃もたれしそうになりそうだし、遠慮したいところね」
「でしょでしょ。……あ、俺ちょっとトイレ行ってくる!」
「あ、ちょっ──」
タイミングを見計らって逃走奥義の一つ――トイレ抜けを発動してそそくさとその場を去る。翼が何か言っていた気がするけどトイレしたかったから仕方が無いな、うん。
俺はクラスの陰キャ。それはイケメン野郎こと翼と絡んでいても変わることのない絶対不変の位置。
決していじめられているわけではない。そんな中途半端な奴が小便漏らすのなんて誰も見たくない故、陽キャどもから逃れられる──危機回避手段の一つ。
「……ふう。それにしても月村さん……どうしていきなり絡んできたんだろう」
別に尿意があるわけでもないが、適当に時間を潰すために便所に向かいながら先程の月村さんについて考える。
俺に構う理由なんてない。話に興味があったとしても生憎俺と月村さんはほぼ他人。どこぞの主人公のように昔の縁があったとかいうわけでもなく、話したことも数えられるくらいしかない。
腐れ縁で繋がっているらしい我が幼馴染曰く──。
『あんたに寄ってくる女なんて、金か暇つぶしでしかないんだから疑って掛かりなさいよ』
とのことなので、残念ながら俺に好意を持って近づいたなどと、どこぞの三文小説のようにフィクションめいたことはないだろう。
そこまで考えて、ぱあっと光が差したかのように脳に浮かんでくる結論。
翼か。翼に要件があったからわざわざこっちにまで来たのか。それが一番あり得そうだ。
なるほど、それなら納得がいく。最初から俺など眼中になく、彼女とその仲間とも仲の良い翼になら話しかけるのも当たり前だ。
何せ美男美女。両者ともそこいらの雑誌にでも載っていそうなくらい絵になる二人だ。外見とコミュ力こそ絶対であるこの国の学生において、それだけでも何者よりも強く出れる理由にはなる。
あの二人ほどお似合いのペアもないと、一時期噂になったほどだ。
残念ながら翼にはもう彼女がいる。けどまあ、それでも美男美女というだけで、どんな恋愛事情を抱えても不思議ではない別次元の生命体なのだ。
一瞬でも何かあるかもしれないと、妙な期待を抱きそうになってしまった俺が情けない。でもしょうがないよね? だってあんな綺麗な娘が話しかけてきたならこうときめいちゃうもんね?
まああいつには悪いが、レベルの高い修羅場に巻き込まれるのはごめんだね。……うん、ナイス俺。
自分のファインプレーとあいつの苦難を祈るように、胸の中で手を合わせつつゆっくりと廊下を歩く。
恋愛は大変だなぁと他人事のように考えながら、昼休みのチャイムがなるまで適当に時間を潰そうと思いながらトイレに足を進めていった。
けど一つだけ疑問。さっきは全力でスルーさせてもらった気になること。
──どうしてあいつの顔はなんかこう、恐怖の色が強かったのか。それだけがわからなかった。
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