秘密の先に恋をして ~チャットの相手は高嶺の花!?

わさび醤油

ありきたりからの脱却

きっかけ

 ボイスチャット。それは読んで字の如く、会話を楽しむためのが主な用途であるものの一つ。

 電話や会話アプリなど、簡単で便利なコミュニケーションツールを使うことが既に一般的になってきているこの現代でこれを使用するのは珍しい分類に含まれるであろう。


 古くさいだのただ会話をしたいのであって声など聞きたくない否定的な意見が多いのは覆しようがない事実。この情報社会の中、そんな秘密を着飾ることこそが美点となっている秘密主義の現代で、よもや声という己のパーソナリティの一部をわざわざ開示するなんていうのをあほらしく感じるのは、全くもってしょうがないことだ。


 時代に合わない? 流行から外れている? ブームじゃない? ――成る程、実に結構。至極真っ当で正論極まりない意見だ。

 現に今までの俺ならよく知ろうともせず、たかだかマイナーな通話手段として触れることすら躊躇っていたはず。


 ――だが、今はあえて言おう! 時代という風に真っ正面から刃向かってやろう!

 ボイスチャットとは! 会話を楽しむだけの古くさい手段は! 決して古くさいだけのものではないのだと! 俺はここに宣言してやろうではないか! 


『――じゃあまた話しましょうね! ましろさん!』


 だってそうだろう? 本来なら縁もゆかりもないはずの女の子となる存在と、話せる機会が少しでも増えるのだから――!!





 五月。至る所で存在感を露わにしていた春の雨――桜の花びら落ちきってたと言って良いであろう時期。四季折々な日本においては春と夏の間に挟まれた過ごしやすくも過ごしにくい変わり目の季節。


 ――否!そんなことは今はどうだって良い! 所詮一年に何度も変化する気候のことなんて全くもって考えなくても良いことである!

 大事なのはただ一点。新学期から既に一ヶ月が過ぎたとということ。出会いと別れの節目を過去の物とし、学校生活最初の連休も終わりを迎えるこの時期における最大の問題とは――!


「……彼女が欲しい」


 すなわち恋。多感な高校生ならば誰もが望む、輝かしい青春の代名詞――それが恋!

 男と女。性とは子供から大人への重要な分岐点一つであり、人間が人間らしく本能に従うべき業である。


 想像してみてほしい。考えてみてほしい。

 恋愛より部活、恋より食い気だと中学の頃に笑い合った友ある日恋愛話を振ってみれば――。


『ああ、俺彼女いるから』


 などと当たり前の様な感じで何気なさそうに返され、愛想笑いでご誤魔化さなければならなかった時の気まずさを。

 純朴で清楚な雰囲気を醸し出すクラスメイト。その魅力は俺だけがわかっていると心の中で優越感を抱きつつ話しかけようとやきもきして数週間。気がつけばクラスのイケメンにすり寄り、少しでも関心を引きたいがために自身を磨きかけていくの隣で見たときの虚しさを。


 恋愛とはつまり! 大人と子供、勝者と敗者を明確に分ける境界線。青春時代という名のキャンパスを鮮やかに彩る色彩そのものなのだ!

 故に思い悩むのはいつだって後者。その恩恵を求めながらそれを得ることの出来ない哀れな敗北者達。まあ簡単に言ってしまえば嫉妬である。


「というわけで彼女が欲しい。綺麗系で俺を引っ張ってくれて甘やかしてくれる理想的な女の子が何処かの曲がり角にでも待機していてくれないものかねー。なあ翼?」

「……何がというわけでなのか知らないし、そもそも僕に同意を求められても。というか、そこまで包み隠さずに声に出せるのは逆に才能だよ……」


 帰りの通学路を歩きながら呟いた心からの願望に対し、全く尊敬なんてなさそうに溜息をつく翼。

 

「へーへー。相変わらず、かわいらしい彼女さんがいる柏原君は言うことが違いますねー」

「そういうんじゃないんだけどなぁ」


 俺の横で苦笑いという名の微笑を零しているこのイケメン野郎こと柏原翼かしはらつばさに、この世の憎しみをありったけ込めたような目を向けてしまっても仕方が無いこと。

 

 だってこいつは彼女持ち。それもドがつく程の美少女と付き合っているという事実がある。

 この前見せてもらったツーショットの写真なんか、特殊な加工をしていないのに今にも浄化されてしまいそうなくらいにキラキラと輝いていたのだから、モテナイ男の多少の嫉妬くらい許されるはずなのだ。


 ……まあ外面も内面も良いし、変な女に絡みつかれなくて良かったとは思う。

 一年生の時に起きた告白ラッシュに巻きこまれた身としては、顔が良いというのも大変なんだなと同情できる場面が多かったらだ。……いやまじで、あの時の女どもなんて蟻の行列を連想させるくらい大量だったからなぁ。


「冬夜こそ、誰かに興味あるとかないの? 月村さんとか人気だけど?」

「……おっ? 俺にそれ聞いちゃう? 我がクラスの最強美少女に恋なんて、LK女子登録者数合計3の俺に出来ると思うんですか?」

「……何かごめんね?」


 こいつも中々に酷なことを言ってくれるもんだ。この垣根冬夜かきねとうやが、クラス一のへたれを自称するこの俺が、よりにもよってあんな輝かしい美少女相手に恋なんて、そんな大それたことを出来ると思っているのか。――あるわけがない。


「でもさぁ、冬夜がクラスのグループに入らないのも原因の一つなんだよ? うちのクラスは割と会話してるし今からでも入っておいた方が良いと思うけど」

「嫌だよ。今更あんな所に入ったところで、どうせ雰囲気悪くなるだけだし」

 

 冬夜の善意はとてもありがたいが、残念ながら俺にとってその誘いは意味の無いこと。

 

 クラスのグループなんて、わいわいぎゃーぎゃーしたい人と発言力のある人に合わせなければならない接待の場。要は社交辞令の練習みたいなもの。俺にとってそれは苦痛極まりない。

 それに、あれは誘われた人間しか参加できないもの。カースト上位という支配者達から多数をもらわなくては目を付けられるもの。

 その悪意は、元よりクラスの誇りを自称する俺には意味をなさないものではあるがこいつは違う。もしそんなことをして数少ない友人の学生生活を揺るがしてしまえば、俺は自分を許せそうにない。


 だから断る。――まあぶっちゃけ、一番は俺がびびりなだけなんだけど。


「相変わらずだね。そんな拗くれてて、彼女が欲しいなんて無茶も良いとこだよ?」

「……どうせ俺はダメ人間だよ。融通の利かないダメダメ生物だよぉ」


 ああ、涙が出そう。辛み全開な我が虚弱メンタルが、もう臨界点を超えてるよぉ。

 そんな現実を叩き付けなくても良いじゃないか。まあ別に、言われ慣れてるから別に良いけどさぁ。


「……はあ。ねぇ冬夜? お前が良ければだけど、これをやってみないかい?」


 もうとっととお家に帰って布団にくるまりたいと思っていると、ぽちぽちと操作していた携帯の画面を俺に向けてくる。

 なんかこう、きゃぴきゃぴした女子高生が好みそうな色のサイト。その中央にでかでかとに書かれていたのは――。

 

「ウィズフレンズ……?」

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