雪を溶く熱燗

着火

 びゅうるり、びゅうるりと山の上から風が鳴く。

 みしり、みしりと山の麓の家を鳴らす。

 つめたい女の匂いを放つその風には、人を凍えさせる雪の化粧が彩られていた。


 鬼門の山が鳴く頃にゃ近づいちゃならね。あそこの山にゃあ雪女が出る――そんな田舎の言い伝えを鼻で笑った童が、鼻水を垂らし涙に震えて雪山を歩いていた。


「おっかぁ、おっとぉ……おらぁ、帰りてぇよぉ……」


 いっぽまえも分からぬ雪山を、いとけない童があるいていた。

 ぐすり、ぐすりと泣きぬれて、つと足をすべらせ雪にうもれる。


「ううぅぅ……しにたくねぇよぉ……だれかぁ……たすけてくんろぉ……」


 ひと型の穴を開け、体を雪にまみれさせた童が、またいっぽ、いっぽと歩きだす。

 とまったら死ぬ、とまったら、おらぁ死んでしまう……

 しぬのは嫌だぁ、さむいのなんて嫌いだぁ。だれかぁ、あっためてくんろぉ……


 呟きながら雪山を行く童は、既に意地だけで歩いていた。もはや雪像が動いているのと変わらぬほどに雪に覆われ、あちら、こちらと、ふらつきながら動き続ける。


「ぐぅぅ……もうだめ……いや、まだだぁ。こんなとこでぇ、終われるかぁ……!」


 はいずるように動くそれは、もはや人間には見えなかった。生来の負けん気の強さだけで、童はずるずると体をひきずり動いていた。ただ、風の鳴くほうへ、ふぶきの強いほうへと進む童は、狂気にくるっていた。


 ふぶきの風のなか、たのしく笑うこえが聞こえる。つばをはいて、そこへむかう。

 けらけらと、獣のわらう声がきこえてくる。にらみつけて、うでをのばす。

 わらいがとまり、かぜがやむ。風の元凶を、呪いをこめてみつめた。


 白い童女が立っていた。狐に囲まれたその女は、死にかけている童を見て目を細める。童の体を覆う雪を散らし、伸ばされていたその手に触れて軽く笑った。


「ほ、鬼子かとおもえば、童かや。幽明境を異にするには早かろ?」


 冷えきった己のからだより冷たい童女の手にふれて、童は憎悪の炎を燃やした。

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