マスカラ
まさか憧れの配信者が、女装をしたお父さんだったなんて。
今日は散々な一日だ。しののんの紹介したアイシャドウを買えて、幸せな気持ちで帰宅したのに。アイシャドウがうまく塗れないばかりか、しののんの重大な秘密を知ってしまった。
「なぁ。いい加減、父さんとしゃべってくれないか? しののんだってバレてから『許せない』と『いただきます』しか聞けてないぞ」
そう言われると、余計にご飯を食べる手が重くなる。
趣味は仕事、特技は料理なお父さんが化粧品に興味なんて持たないと思っていた。会社員として働きながらメイク動画を投稿しているとは、スーツにエプロンをつけた姿からは想像がつかない。
「やっぱり許せないよ! 私よりお父さんが可愛いなんて!」
「かわ……いい? しののんに嫉妬してくれているのか? うちの可愛い娘が?」
「喉仏も消してあるんだろうし、声も機械に出してもらっていても、可愛いすぎるよ! お母さんが余った試供品をくれたからって、美容に目覚めるものなの?」
「もともと変身願望はあった。しののんとして活動を始めたのは、
「私だって、しののんと会ってメイクのことを話したかったよ。でも、家族でメイクについて語るなら販売員のお母さんがいい!」
茶碗に箸が当たる音だけ響く。
お父さんは静かに立ち上がり、柚寿はゆっくり食べていなさいと言った。
「しののんとなら、メイクの話をしてくれるんだな?」
「お父さんがしののんだって、知らなかったときの話だよ? もう無理だって」
「そんな壁を超えてくるよ」
できっこないよ。
言いかけた言葉を呑み込んだ。お父さんはいつになく燃えた目をしていたから。
さすがにお母さんがいいなんて言ったのは、まずかったかも。自己嫌悪に陥った私を、十五分後のお父さんが変えた。
「柚寿ちゃーん! 目線はこっち。しののんの指に向けてほしいなぁ! それじゃ、マスカラがうまく濡れないよ」
「作り物の声でも可愛い。顔面が軽く鈍器。見てるだけで致命傷なんだけど……死因、し・あ・わ・せ」
こんな呂律の回っていない私に楽しくメイクするしののんは、変わっているとしか言いようがない。
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