御髪

「姫様の御髪はいつ見ても美しいですね」


 絹糸のように滑らかで細い。想像していた以上の手触りの良さに、顔が溶けてしまいそうだ。


 私はメイド五年目にして、ようやく姫様の御髪を梳くことが許された。宝石が嵌め込まれた櫛を握り、御髪をよりツヤツヤにしようと意気込む。そんな私を、姫様は鏡越しで見つめていた。


「みんな同じことを言って、すぐにやめてしまうの。メイド達の手を煩わさせるのは申し訳ないから、私としては切ってしまいたいのよ」

「六歳のときから十年間伸ばしておられるのですよね。切るなんてもったいないです」


 どれほど長く伸ばしても、枝毛は一切見受けられない。湯浴みのときからメイド達が丁寧にケアをしているからだろう。仲間の努力の結晶を無駄にする訳にはいかない。


 姫様の髪が櫛を通る度、少しずつ変化が出てきた。


 ぴょこ。

 ぴょこぴょこ。

 ぴょこーん。


「どうしたらいいんですか! 綺麗にすればするだけ、姫様の髪がどんどん跳ねていくんですけど!」

「一国の姫がブラッシングもせずに人前で話す訳にはいかないと、お母様がおっしゃるの。だから、いつもメイドに整えてもらっているの」

「過度なおめかしは国を滅ぼしますから、ブラッシングはやめましょう! 私にほかの仕事を与えてください!」

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