銀のヤドリギ

羽間慧

 梅雨時の濡れた靴下ほど、嫌なものはない。僕はそう信じ切っていた。マスクが手放せない時代が来るとは予想できなかったから。


 たらたら。

 たらたらたら。

 スポーツやサウナで掻く汗とは違い、重く体にのしかかる。

 

 汗っかきの体質も災いして、デスクに着くころにはフルマラソンを完走したような汗が噴き出ていた。同僚と軽く世間話をしただけで、生命の危機を感じてしまう。



 ――いやいや。生命の危機、なんて大げさだ。

 汗の一つ掻かない夏なんてある訳がない。マスクをつけない年でも、これくらいの汗は日常茶飯事だったはずだ。



 ステイホームですっかり弱気になっちゃったなぁ。僕は脳内で響く声に頷いた。


 だけど、ジメジメした汗を拭ってから、曇っていた視界が晴れてきた。



 ――日常の論理はとっくに崩壊しているんだ。普段通りの会話で音を上げることが、だらしないとは言えないじゃないか。


 新型のウイルスが猛威をふるっていようが、事故や熱中症のリスクは当たり前のようにつきまとう。


 だから。


 だからこそ。


 僕は一息つく。体から送られた信号を受け取って、無意識にふさぎ込む心を解放するために。

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