Episode11 魔獣使役の授業


 翌日──

 ヴィランの森合宿の目的は、実戦経験を積むことだ。

 慣れた屋外競技場や見晴らしの良いグラウンドでは味わえない緊張感。学園内にはいない野生の魔獣という存在が、生徒たちに良い刺激を与えてくれる。

 

 ちなみに魔獣とは、空気を汚染し土壌を腐らせる人類の怨敵。体から溢れる瘴気の濃度によって一級から三級まで分類され、ヴィランの森にいるのは二級といわれている。

 魔獣は嫌われているが、中には魔獣を使役して日常生活を共に過ごす《魔獣使い》もいる。魔獣と契約するのは才能が必要といわれ、八割以上の者は一生かけても契約できないという。


「このように使役テイムされた三級魔獣ラヴィットは、主の心が強く保たれている限り主に従う。でも相手が獣であるということを忘れるんじゃないよ。奴らは主の心が乱れるとき、主導権を奪おうと襲いかかってくることもあるのさ」


 大きなウサギ型の魔獣を触っているのは、魔獣薬学の教官であるシェリー。彼女は昔から魔獣の扱いに長けていて、猫型の魔獣ケットシーを三匹も飼いならしていた。


「分かっているとは思うけれど、たとえ魔獣を使役テイム出来たとしても、無許可で学園内を連れ歩くことは禁止されている。試合や決闘に使用するなんて、もっての他だからね」

「シェリアヴィーツ先生! サルモージュ皇国で魔獣使役者テイマーとして有名な騎士や学者がいるのに、どうして学園内では許可制なんですか?」


 ここにはF組だけでなくB組の第5Grもいる。

 彼らのうちの一人が、手をあげて質問した。


「良い質問だ。誰かこれについて答えられる者はいるかい?」

「はい」

「では、アスベル・シュトライム君」

「魔獣が暴走する、あるいは瘴気を撒き散らす可能性を捨てきれないからです。なので基本的に学園は、使役テイムされた魔獣でも登録許可制にしています」

「そのとおりだ」


 昔、学園内で魔獣が暴走し、使役者テイマーを殺してしまう事件が起きた。それ以来どんな魔獣でも登録許可制になっており、どれだけ弱い魔獣でも寮内でしか連れ歩けない。しかも飼い主が授業でいない場合などは、魔獣用の檻のなかに入れることが必須になった。


「ではここで、キミたちの使役者テイマーとしての素質を見ようかね」

「魔獣薬学の先生なのに、そんなことが出来るんですかー?」

「まぁアタシの専門領域は魔導全般だからねェ。理事長の押し付けで、空いた魔獣薬学の先生に突っ込まれてるだけさ」


 そんな他愛のない話もおいおいと。

 なんとシェリーは、49人もの生徒をすっぽり覆うような魔法印を、一瞬で構築した。気づいたら地面が光っている、そんな不可思議な光景に生徒たちが興奮している。

 隣にいるフィオナもそうだった。


「シェリアヴィーツ先生って、実はすっごい魔導士なんじゃないかって疑ってるのよ」

「どうして?」

「だって理事長が学期途中にいきなり雇った先生なのよ? 確かに魔獣薬学の先生は少ないけど、だからって経歴や肩書もない人を学園に呼んだりすると思う?」


 確かに、傭兵として出稼ぎしていたような女性ひとだ。

 しかもシェリーは、僕の稽古相手でもあり師匠でもある。武術はもちろんのこと、魔法の技術に関してはシェリーよりすごい人を見たことがない。


「──よし検査完了だ。今から名前を呼ぶ者は使役者テイマーとしての才能を持つ。ついでに魔獣を使役テイムする恐ろしさも教えるから、心するように」


 シェリーは、次々と生徒たちを呼ぶ。


「ユリア・リリーゼ、そして最後はアスベル・シュトライム。以上の五人だ」

 

 F組で呼ばれたのはユリアさんと僕だけ。

 ユリアさんもそうだけど、F等級の僕が呼ばれたせいか、みんなすごく驚いていた。


「さすがアスベルさんだ」

剣皇アーサー第一候補と互角に戦って、頭も良くて、使役者テイマーの才能もあるって……やべぇ。F等級って実はすっごい等級なんじゃね?」

「俺もアスベルさんみたいになりてぇ……」


もちろん、F等級を嫌う男だってまだ多い。


「チッ。んだよ、F組のくせに……」


 クインとかいう大柄の男だ。

 確か第5Grの中で一番強かったはず。


「まずは三級魔獣ベノムを喚び出す。あぁ、使役テイムされた魔獣は自由に召喚魔法で喚び出すことが可能だが、無闇やたらに召喚しちゃいけないよ? 魔法印の構築にべらぼうな魔元素マナを食うからねェ」 


 そう言いながらも、シェリーはいとも簡単に五つの魔法印を構築する。呼び出された五人分だ。僕の目の前にも赤色の魔法印がある。


 さして時間もかからずに、魔法印から巨大なナメクジが出てきた。

 気味の悪い色とツンとくる匂い。間違いなく三級魔獣ベノムだ。


「こいつは瘴気こそ弱く、その粘液は魔獣薬学の観点からもよく使われる素材となる。いまからアタシが、五匹のベノムの契約を強制解除する。そして、キミたちは上書きしてみせろ」

「……先生」

「なんだい、ユリア・リリーゼ」

「この授業の意味がよく分かりません。……基本的に学園では魔獣の存在を良しとしていません……。駆逐ではなく使役する意味を、教えていただけませんか……?」

「キミの質問はもっともさ、ユリア。でもね、目の前で見て聞いて経験してみないと、魔獣の本当の恐ろしさって分からないもんなんだよ」

「……」


 どうやら、ユリアさんは納得したらしい。

 相変わらず静かな表情で、ベノムを見ている。

 ……いや、もしかして震えてる?


「いいかい? 呪文は『かの者よ。我に従え』でいい。魔法印はさっき見せたものを作り出せ」


 そうして、みんなはそれぞれ契約魔法を開始した。

 隣のユリアさんもすぐに取り掛かっている。

 僕もさっさとやってしまおう。


「─────僕に従え」


 目の前にいるベノムが、激しく瞳孔を収縮させている。

 まるで恐れるように、敬うように、僕にむかってこうべを垂れた。


「一番乗りはアスベルだねェ。呪文の短縮化もできているし、上出来だよ」

「「「「すげぇぇえええ!!!!」」」


 嘘みたいな拍手が湧き起こるから、ちょっぴり照れてしまう。

 こんなみんなから、褒められたことなんてなかったから。


「よし、他のみんなも出来た……いや、ユリアがまだか」


 僕も含めた四人が契約を完了したなか、ユリアさんだけがまだ終わっていなかった。どうしたんだろう。彼女は魔導士だから、魔法印の扱いには長けていると思ったんだけど。


「ユリア・リリーゼ。もういい、魔法を行使するのはやめるんだ」

「……嫌……」

「聞いているのかい、ユリア・リリーゼ!! 今すぐ契約をやめろ!! それ以上心を食われちまうよ!!」


 その瞬間、大人しかったはずのベノムが暴れ始めた。

 人の心に闇があれば、魔獣はその闇を喰って凶暴化する。

 シェリーが教えようとしていたのは、こういうことだったのだ。

 

「わたしは……ちっぽけじゃないっ!」


 ユリアさんのすすり泣きが聞こえたのは、そのときだった。

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