みみちゃん
少女神は酷く憂いていた。ヒトの棲む箱庭の中へ、お気に入りの人形を落としてしまったのだ。掌ほどの小さなウサギの人形で、みみちゃんと名前をつけて可愛がっていた。みみちゃんは白い毛皮に赤い瞳をしている。二本足で飛び跳ね、主食はヒトだった。
箱庭の中は世紀末である。そこかしこで火の手が上がり、かつて庭中に敷き詰められたコンクリートや大きな家はその殆どが瓦礫となっていた。少女神が特に気に入っていた赤い屋根の豪邸は暴徒に爆破され、中にいたころころと丸く可愛らしいヒトが次々と惨殺された。チカチカと砂粒のような宝石は棒切れのようなヒトビトに持ち去られ、棒切れ同士で奪い合い、また火の手が上がったと思うと 端の方から鉄の塊が飛んできて、あたり一帯を爆破し、跡形もなくなった。黒くぽっかりと空いた爆心地に雨を降らそうと少女神が手をかざしたところで、反対の手に握っていたみみちゃんを落としたのだ。
神は箱庭に落としたものを拾うことが出来ない。みみちゃんは黒い爆心地の中心にぽつんと白く輝いていた。みみちゃんは辺りにヒトがいない事を確認すると、すぐに飛び跳ね爆心地を後にした。やや離れた所でようやく建物の残骸が残る街にたどり着くと、屋根の吹き飛んだ建物にひしめくヒトビトを見つけ、次々と貪り喰った。腹が膨れると今度はその強靭な脚力をもって余ったエサを入念に踏み砕いた。食後の運動を終え、建物を後にする頃には辺り一面が血の海となっていたが、みみちゃんの毛皮は変わらず白かった。
少女神は父母に宥められ、みみちゃんの代わりに黒く美しいウサギの人形を買ってもらった。そのうちにみみちゃんの事などあっさりと忘れ、箱庭遊びに見向きもしなくなった。
箱庭の世界は千年続いていた。地上に降りたみみちゃんは白いままである。ヒトビトに崇め奉られ、獣神となったみみちゃんは生贄に捧げられるヒトを食べながら金色の美しい森の中央で暮らしていた。千年生きたみみちゃんは美しく巨大なヒトの姿に化け、名を
金色の森が箱庭全てを覆い、ヒトビトがそれを開拓し、金色の街を作る頃、童神はうさ耳のしもべと幸せに暮らしていた。童神の輝く白い髪と金色の葉や花々を織り込んだ美しい敷物は箱庭中の権力者に求められた。やがて童神は欲深いヒトビトに囚われる事となる。童神は醜いヒトビトを踏み潰す事など造作もなかったが、うさ耳のしもべどもを争いに巻き込む事態を避けたのだ。童神は己が身を醜いヒトに捧げ、しもべどもの身の安全を約束させた。しかし醜いヒトは用心深く、しもべを人質に取り、千年もの間、童神としもべに凌辱の限りを尽くした。
童神は己が身を汚される事には頓着をせず、たといヒトの子を孕まされようとも眉一つ動かすことはなかったが、しもべが目の前で犯され、戯れに切り刻まれる度に咽び泣いた。童神の涙もまた美しく、豊満な乳の間を伝い床に落ちては宝珠となった。醜いヒトビトが宝珠を得る為にしもべどもは永遠の苦痛を味わった。かつて童神と共に黄金の木の実を
童神は、赤い森を見て己の過ちを悟った。みみちゃんであった頃の行いを振り返り、深く後悔をした。きっとこれは報いだろうと考える。しかしみみちゃんはヒトの
赤い森に再び火の手が上がった。炎はまたたくまに燃え広がり、
箱庭の世界に終焉が訪れた。燃やし尽くされたヒトビトとその街、しもべどもの死骸は栄養となり、赤い森を金色へ変えた。食べ物を断ち、静かな丘の上で世界の全てを見守り続けたみみちゃんは、最後の一葉が金色へ変わるのを見届けると静かに眠りについた。箱庭は大人になった少女神の手によって粗大ゴミの日に捨てられた。
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