第43話 宣戦布告

「失礼いたします陛下。アルフレートでございます」




 突然寝室にやってきた騎士アルフレートの姿に、フスティシア王国12代国王、セサル・フエルテ・フスティシアは少し驚いたような様子で、アルフレートの入室を許可する。




 彼がこんな早朝にやってくるのは、長い付き合いで初めての事だった。




 跪いて臣下の礼を示すアルフレートに、顔を上げるように促した。




「良い、ここは寝室、小うるさい貴族達もいない。格式張った挨拶は不要だ」




 王の言葉に静かに顔を上げるアルフレート。その美しい眼は、真剣な表情でキリリと引き締まっていた。




「陛下、帝国との戦は避けられませんか?」




 アルフレートの言葉に、セサルは驚いた表情を浮かべる。




「・・・その情報をどこで? ・・・いや、こんな機密情報をお前にベラベラとしゃべるような困った御仁は一人しかいないな」




 小さくため息をつくセサル。




 世界的な大魔術師であるセシリアは、セサルが無理を言って王国に勧誘してきた身、故にセシリアには愛国心など欠片も無く、好き勝手に振る舞っている。無理矢理勧誘してきた都合上、国王であるセサルも、セシリアにはどうも強気で出れないのだ。




「ふふっ、流石の陛下もセシリア様の前では形無しですね」




 おかしそうに小さく笑うアルフレート。




 公の場ではこんな自然に笑うような事はないのだが、今は国王と二人きり。アルフレートは自分の素の顔を見せるほどに、それほどまでに主君を信頼している。




「あの御仁に強く出れる人物などいないだろうよ・・・何せ、おそらくは現存する人類の中で最も長くの時を生きているお方だからな」




 ぶるりと身を震わせる。




 本気でキレたセシリアを対処できるのは、世界中を探しても目の前にいる”騎士の中の騎士”、アルフレートぐらいしかいないだろう。




「・・・さて、宮廷魔術師殿の事は置いておくとして・・・帝国との戦の話しであったな? しかし珍しい、まさかお前の口から戦を止めるよう進言されるとは思わなかった」




 ”騎士とは即ち一振りの刃である”




 これは、アルフレートの騎士道の根幹にあるものであり、騎士は自分の意志よりも主の意志を優先し、ただ良く切れる道具であれという先代騎士長の教えだ。




 故にアルフレートは、これまでも戦に関してセサルの決めたことに意見することは無く、ただ無言で微笑みながら ”勝利” という結果のみを残し続けてきた。




 そんなアルフレートが今回の戦に限って反対の意を示している。その事実に、セサルは驚きを隠せなかったのだ。




「これは私の騎士道に反する行為です・・・それはわかっていますが・・・・・・それでも今回は進言せずにはいられません。どうか、今回の戦は回避することはできませんか?」




「・・・・・・今回に限って反対する理由を述べてみよ。興味がある」




 アルフレートは静かに頷いた。




「かつての・・・十数年前の帝国が相手であれば反対はしなかったでしょう・・・・・・ですが今のグランツ帝国を率いているのは、麗しき鬼才、女帝クラーラ・モーントシャイン・グランツです」




 その名を聞いたセサルは苦い顔をする。




 帝国の女帝とは、数十年に一度の世界会議で一度だけ顔を合わせた事がある。




 引き込まれるような妖しい美貌。全てを見透かすような鋭い眼光。獲物を前にした蛇のような凶暴な雰囲気・・・・・・。




 ”コイツは何をしでかすかわからない”




 彼女は初対面で、その場にいた全ての人間に、そんな恐怖にも似た感情を抱かせたのだった。




「前代の愚帝とは違い、彼女が王国に対して宣戦布告をしたと言うことは、 ”確実に勝つ自信がある” そしてすでにその準備は整っているという事に他なりません」




 真剣な表情をしているアルフレートに、セサルはふと沸いた疑問をぶつけてみた。




「・・・・・・まさかお前が勝てないと?」




 ここまで戦に反対しているアルフレートを見るのは初めての事だった。これまで彼は、どんな窮地に追い込まれても、難なく勝利をつかみ取ってきた不敗の騎士であった。




 アルフレートが負けるなんて、セサルには想像することすらできなかったのだ。




 その問いに対して、史上最強の騎士は毅然とした態度で首を横に振る。




「私は決して負けませんとも・・・・・・しかし、相手がグランツ帝国では、苦戦は免れないでしょう・・・・・・大きな被害がでます。我がフスティシア王国の歴史上、類を見ないほどの血みどろの戦になるかもしれません」




 セサルは深く息を吐き出した。




 フスティシア王国の所有する戦力は、ハッキリ言って異常なほど強大だ。




 世界最強と称される騎士団。それには実力は一歩劣るが、確実に仕事をこなすプロの仕事屋である衛兵団。そして、一人で戦況をひっくり返せる戦力が二人もいる。




 故に、これまでセサルにとって戦とは、勝つことが前提のモノであったし、それによってもたらされる被害など考えた事が無かった。




 己の浅慮に怒りすらわき上がる。




 アルフレートは、目の前の若き騎士は、セサルよりずっとよく現実が見えているようだった。




「アルフレートよ・・・自分の騎士道を曲げてまでの進言、感謝する。しかし今度の戦を回避することは難しいだろうな・・・」




 女帝は本気で世界を得ようとしている。




 世界最強の軍団を有するフスティシア王国を下してしまえば、もうグランツ帝国を止められるものはいないだろう。




 実質これは、世界の支配者を決める大戦だ。




 話し合いで解決できる段階は、もうとっくの昔に過ぎてしまっている。




「・・・・・・かしこまりましたマイロード、我が王よ。であるのならば、この史上最強の刃が、できるだけ迅速にこの戦を終わらせてご覧に入れましょう」




 そう宣言したアルフレートは、何かを覚悟した戦人の顔をしていた。














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