第4話 襲撃










 雲一つ無い快晴の空。遠慮のしらない太陽がじりじりと身を焦がして少しうっとうしいくらいの陽気である。




「いやあ、こんなに天気がいいのに血の雨を降らせる事はねえんじゃねえかい?」




 ダンプはへらへら笑いながら、敵意が無い事を示す為に両手を上げている。テオも同様に手を上げているが、完全に脱力しているダンプとは違い、何かあったときに素早く行動できるように神経を張り詰めていた。




 彼らの周囲には弓を構えた男達が、三人をぐるりと囲って包囲している。




「・・・見たところ脱獄者のようだが、動くなよ。妙なまねをしたら殺してやる」




 鋭い目つきでこちらを威嚇してくる男達、しかしダンプは余裕の表情で切り返した。




「その装備から察するに、ここは奇襲部隊の拠点・・・か。兄さん、すまねえが隊長さんを呼んできてくれねえかい? ダンプ・デポトワール・オルドルっつったらわかると思うからさ」




 ダンプの言葉に疑いの目を向けるも、三人を囲っていたうちの一人がどうやら隊長とやらを呼んできてくれるらしかった。




 両手を上げ、無抵抗の意思を示しながら待つことしばし、反乱軍の男が拠点から連れてきたのは鋭い眼光の戦士だった。




「・・・ふん、オルドルか。悪運の強い男だ、どうやら監獄から逃れられたらしいな」


「おうおう、やっぱりあんたが隊長だったか。顔見知りで助かったよ。さっそくで悪いんだが、オイラ達三人の装備を都合してくれねえかい?」




 ヘラヘラと笑うダンプに、男は思いっきり不愉快な顔をして頷いた。




「本当は貴様のような屑は今すぐにでも追い払ってやりたい所だが・・・。確かに我々反乱軍は貴様に大きな借りがある。いつまでも貴様に借りっぱなしでは気持ちが悪いからな、いいだろう。三人分の装備、そして今夜の宿くらいは用意してやる、だがこれで貴様への貸し借りは無しだ。以降我々の拠点に近寄ろう者なら即刻で追い払ってやるからそのつもりでいろ」


「おうおうそれで十分だ。ありがとよ隊長さん」




 明らかに歓迎はされていないが、しかしダンプはどこまでも厚顔に笑うのであった。










「ここにあるモノは好きに使っていい。今夜は隣のテントを使え、それで貸し借りは無しだ。」




 三人が案内されたのは武器庫とでも呼ぶべき場所だった。簡素ながら一通りの武器や防具は揃えられるだろう。




「了解、好きに使わせてもらうよ」




 ダンプの言葉に隊長はフンと鼻を鳴らして立ち去る。残された三人はぐるりと周囲を見回した。




「お前のおかげで助かったよダンプ」


「気にすんなって旦那、こんなどん底な状況なら使えるモノは何でも使わないとねえ」




 パチリとウインクをしてダンプは防具を着込み、手頃なナイフを二、三本腰のベルトに差し込む。




「・・・そうだな、じゃあ俺も別の方法で役に立つとしよう」




 そう言ってテオは自分の武器を物色し始める。獣の身体能力を持つテオにとって武器は自身の動きを阻害しないモノが望ましい。故に軽量の革で作られた鎧と、ショートソード、そして必要最低限といった小さな円盾を選択する。




 他の二人が装備を整えるなか、マオは一人ぼうっと立ち尽くしていた。記憶が無い、すなわち自身の扱える武器などわからないからだ。




「マオ、とりあえず体格に合う防具と無難なロングソードでも選んでおけ、扱えないにしても刃物はいろいろ役に立つ」




 面倒見の良いテオの言葉に、マオは無言で頷くと適当な防具を選び始める。




「さて、今夜はこの拠点に泊まるとしてこれからどうするかね。まあ王国に再度捕まらないように遠くまで逃げるとして、他に何か目的が欲しいよねえ」




 のんびりとそう呟くダンプに、テオが返答する。




「ならとりあえず帝国に逃げ延びるがいいだろう、王国と敵対してるからまず安全だしな。だが、お前達が帝国に進むならここで俺とは別れることになる・・・・・・やらなければ行けないことがあるんだ」




 そう答えたテオの瞳には強い決意の色が見えた。




「ふう、んだよ旦那水くせえな。どうせやることもねえんだ、何だか知らねえがオイラは旦那の用事につきあうぜ」


「・・・危険な仕事だ、帝国に行った方が遙かに安全だぞ?」


「かまわないさ、どうせ一度は捕まった身だ。それにオイラは役に立つぜい」




 陽気にそう言うダンプ。その隣でモソモソと装備を選んでいたマオも小さな声でしゃべり出す。




「ボクも貴方についていくよ。行く当ても無いからね、それに貴方たちには恩がある。ボクが役に立つかどうかはわからないけども」


「っふ、お人好しだなお前達は。わかったじゃあしばらくは行動を共にしようよろしく頼むぜ」


「おうよ。それで旦那、あんたの用事ってのは何だい?」




 ダンプの問いかけに、テオはふっと遠い目をするとゆっくりと口を開いた。




「俺の・・・一族をな、救いたいんだ」












 夜の闇がシンと降り注ぐ、月明かりさえ見えぬ曇り空の中音も立てずに進軍する兵士達の姿。そのいずれも手練れ、王国の衛兵団は騎士団とは違い見栄えを捨てて実を取る。薄汚れた革の鎧は光を一切反射せずその存在を闇に隠す、動きやすくそれでいて厚く蝋で固められた革鎧は生半可な刃などはじいてしまう。




「うん、美しいね。騎士団とは違うひたすら実利を追い求めたモノ達の光、とでも言おうかね」




 衛兵団の行進を見て、ほうと関心の息を吐くローズ。普段きらびやかな騎士団に所属している彼にとって、衛兵団の仕事を見るのはコレが初めてであった。




「私たち衛兵団は騎士団とは違いますからね。騎士団のような強さはありませんが、だからこそこういう仕事は私たち向きなのです」




 完全武装をしたアリシアがすまし顔で答える。その背中には女性には似合わないどっしりとした両手剣が背負われている。彼女が”剛鉄”の二つ名で知られる所以である。




「弓矢隊構え」




 皆が所定の位置に並び終えた事を確認すると、アリシアはさっと右手を挙げて団員に指示を出す。弓を持った部隊が静かにその照準を反乱軍の拠点に合わせた。




「火をつけろ」




 続いての合図で弓矢部隊の隣に待機していた団員達が矢先に火をつける。闇夜に無数の火の玉が浮かび上がり、拠点を怪しく彩った。本来、拠点に異常があれば警報を知らせる為の見張り番はすでに殺されており、ただ静かに事は進められる。




「撃てぃ!」




 一斉に放たれた火矢が拠点に立てられてたテントに当たり、ソレは一気に燃え上がった。 闇が、炎の紅に陵辱される。




「突撃ぃ!」




 まさに速攻、これぞ神速。




 火の手があがると同時に衛兵団は拠点への攻撃を開始した。二人一組で行動し、火に追われて出てきた準備不足の反乱軍の兵士を一人づつ確実に仕留めていく。強さなどいらない、騎士のような誇りも必要ない。彼らはただ迅速に仕事をこなしていく。




「・・・これは自分の出る幕はなさそうだね」


「ええ、そうありたいですね。貴方が出る必要があるという事は即ち我々では対応できない不足の事態という事になりますから」




 そんな事態には絶対ならないと言わんばかりの自身に満ちた表情でアリシアは答えた。しかしその自身も頷けるというもの。まさに予想以上の手腕、彼女がこの若さで衛兵長にまで上り詰めたのもその納得がいくモノであった。




「まあ、全く働かないのも暇だね。自分は適当に動いてくるよ」




 ローズはそう言うと、するりと腰のレイピアを抜き放ち、アリシアの返事も聞かずにかけだした。




「・・・まあいいでしょう。どちらにせよ騎士の手を借りるつもりはありませんでしたから」




 そう、これは衛兵団の仕事なのだから。












「退け! 態勢を立て直し反撃に転ずるのだ!」




 このままなすすべも無く反乱軍は蹂躙されるのかと思った矢先、鋭い声が上がる。短く借り上げられた髪に鋭い眼光の戦士、奇襲隊隊長のクリサリダ・ブーパである。




「隊列を組め、個々で戦闘をするな! 仲間と合流せよ、一点突破でこの包囲を突き破る!」




 クリサリダの指示で混乱していた反乱軍が、兵としての動きを見せ始める。それほどの存在なのだ彼は。その一言で絶望の中で光明が見えるほど信頼されているのだ。




「ならば、君を殺さねばならないようだ」




 クリサリダの前に立ちふさがるは妖艶なる銀髪の騎士、ローズ・テンタツォーネ。艶やかなその唇をぺろりと舐め、獲物を前にした蛇を思わせる歪な笑みを浮かべた。すでにローズの体は血で真っ赤に染まっている、それが彼自身のモノでないことはその表情を見れば明らかであった。




 クリサリダは無言で自身の剣を構える。彼は歴戦の剣士だ。その実力に偽りは無く、実力者揃いの反乱軍の中でも群を抜いている。だが何故だろう、目の前の男を見ていると自身の愛剣がただの棒きれのように感じられるのだ。




 不吉な考えを頭から振り払い、クリサリダは大きく踏み込んだ。剣を右上段から袈裟懸けに振り下ろし・・・そしてクリサリダは絶命した。彼の渾身の一撃は熟練の体捌きで回避され、鋭いレイピアの一撃で喉を切り裂かれる。鮮やかな早業、ローズのその動きはクリサリダには姿が消えたようにすら見えただろう。




「鋭い一撃、お見事だね。この一撃を見るだけで君が優秀な剣士だとわかる。だが、それでも足りないんだよ」




 優秀なだけでは足りない。フスティシア王国における騎士とはそれほどまでの高みにいるのだ。




 崩れ落ちる奇襲部隊の隊長を見ながら、ローズは満足げに笑った。














「このタイミングでの襲撃か、オイラ達ついてないねえ」


「そうだな、とりあえずここから逃げるぞ」




 テオは素早く周囲を見回すと包囲の穴を探す。しかし流石と言うべきか、王国の衛兵団達の隊列は見事なモノで、穴らしい穴は見当たらない。




「クソっ、嫌になるほど完璧な布陣だな!」


「落ち着け旦那、とりあえず奇襲隊の隊長さんがいる場所から離れよう。たぶん敵さんのお強い奴らもそこに集合する筈だ」




 テオはダンプの言葉に頷くと、ショートソードを構えて先頭を駆け出す。それにダンプ、マオの順で列を組み戦乱の中を走る。




「邪魔だ!」




 獣人の身体能力故か、もしくはテオ自身の戦闘能力の高さか。三人の前に立ちふさがる衛兵二人組を瞬く間に切り伏せる。




「ひゅう、やるね旦那」


「まあな、だがおしゃべりは後だ!包囲の薄い箇所から突破する!」




 走る


 走る


 走る




 立ちふさがる敵を切り裂き、避け、また走り、三人は地獄のような戦場を駆け抜けた。そしてようやく逃げ切れるかと、そう思った矢先の事、三人の目前に最大の障害が現れる。




「止まりなさい、ここからは誰も逃しません」




 美しき青の鉄鎧。両手には無骨なツヴァイヘンダー(両手剣)。鋭い眼でこちらを睨み付けるは”剛鉄”の二つ名を持つ麗しき戦乙女、アリシア・カタフィギオその人である。




「おいおいおい、ありゃあ王国の衛兵長だぜぃ旦那。最悪だ」


「そうか、彼女が例の”剛鉄”・・・だがすんなり殺される気も無い!」




 駆けだしたテオは、獣の俊敏さでアリシアへ鋭い突きを繰り出す。しかしアリシアはその突きを気にもかけずに無骨な両手剣を振り上げた。




 気合い一線。振り下ろされた両手剣は、しかし先に繰り出されたテオの突きの方が早く、切っ先がアリシアの喉元に吸い込まれ・・・振り下ろされた腕の鎧に弾かれる。まさに攻防一体。自らの剣を振り下ろしながらその過程で相手の攻撃を弾く、驚愕の表情を浮かべながら剣と自分の間に咄嗟に左手の円盾を割り込ませるテオ。両手剣はテオの盾に接触し、その勢いで彼を数メートル吹き飛ばした。




「っは!?」




 受け身もとれぬほどの衝撃、まともに受けた左手の感覚は無く、切断はされていないようだが使い物にはならなそうだ。




 体勢が崩れたその好機を見逃すほどアリシアは甘くない。とどめの一撃を加えんと再び両手剣を構えながら駆け出す。




「させるか、よ!」




 仲間の窮地を黙って見ているような男達では無い、ダンプは手にしたナイフを数本投擲してアリシアを牽制する。その隙にマオがロングソードを構えて倒れているテオとマオの間に立ちふさがった。




 勝てると思った訳では無い、だがマオもこの正義感溢れる友をみすみす殺される気は無かったのだ。




「無駄です」




 しかし現実は無情なモノ、振り下ろされた両手剣は頼りなさげに構えられたロングソードごとマオの体を切り裂いた。




「マオぉお!!」




 ああ、テオの


 ダンプの叫び声が聞こえる。




 身体はゆっくりと崩れ落ち、切られた胴体が灼熱の熱さで痛みを感じさせる。




(ボクは、死ぬのか?)




 何もわからないまま、何もなし得ないまま。このまま死ぬのだろうか?




(死ぬのは・・・嫌だ)




 死にたくは無い。だって自分の事すらわからないこんな自分にも、仲間と呼んでくれる人たちが居たのだ。優しい奴らがいたんだ・・・。




(だから・・・まだ・・・






















死ねない)










 視界が紅く染まった。








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