第5話

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「…よかったですね。こいつは…良くできた精巧なレプリカですよ」

 アフロヘアを揺らしながら男が田中巡査に言った。

 言われて恐る恐る手を触れた。確かに髪の毛がどこか違う、いやそれだけではない肌も違っていた。閉じた瞼に手を遣ると瞼は開かなかった。

 そう、こいつは人形の生首だったのだ。

 そこで、深く胸を押さえて巡査は息を吐いた。


 ――良かった、マジで


 しかしながらである。そう思えば思うと急に無性に腹が立ってきた。自分の臆病さを見られたこの男に何故かその怒りをぶつけて、体面を保ちたくなった。

「君、実は私を驚かす為にこんな悪戯をしただろう?」

 思わぬ言葉にアフロの若者が驚いた。

「と…、とんでもないでさぁ!!」

「いや、君。公務を妨害してる。うん、してるよ」

「ちょっ、ちょっと警官さん!!」

 慌てふためく若者の表情にどこか満足を感じないではいられない。再び相手の心を責める。

「駄目、駄目。それ以外に考えられない。君はここで僕が来るのを待ち構えて、驚く僕のこの一部始終をどこか…、あ、そうか、どこかで動画として撮影しているだろう?そっかぁ…君、ユーチューバーとかいうやつだろう。だからそんな浴衣姿に下駄なんて古風めかした恰好をしているんだな!!」

 どうだ!!と言わんばかりに責める。

「違いますよ!!僕はですね、天王寺界隈にある劇団の劇団員です。今丁度、劇の練習の為に劇中に出て来る役者の姿形をして台詞の練習をしていたら、何か枝に引っかかっているのがみえたんで、それを取ろうとしたんですよ!!」

 ほう、と田中巡査は小さく呟く。呟くとメモ取り出した。

「君、名前は?」

「えっ?」

「名前だ。参考に聞くんだよ」

「あ、それは…」

 田中巡査が睨む。

「何だ、言えないのか?」

 髪の毛をぐしゃぐしゃに掻くと言った。

「えっと…じゃぁ四天王寺ロダン」

「四天王寺?なんじゃ。その名は?」

「まぁ人はみんなそう言ってくれます」

 田中巡査がメモ帳にペンを走らす。

「それで、その劇団と言うのは?」

「劇団ですね…」

 言うやそこで何やら皺くちゃの紙を取り出した。

「こいつ、こいつを警官さんに指しあげます。良かったら見に来て下さい。小さな劇団ですが、ここでのご縁だと思って是非!!」

 若者が無理矢理、田中巡査の手にその皺くちゃの紙を握らせる。

 それを見開くと、確かに劇団の公演についてのパンフレットだと見とれた。その劇団の演劇風景写真に目の前の若者の姿が映っている。

 それを指差す。

「見て下さい。こいつが僕です。これで僕が言ったことが正しいって分かったでしょう。いや、良かった、良かった!!アハハ」

 

 

 …そんな生首を発見した日から二週間が過ぎていた。田中巡査は非番の日を利用して、天王寺界隈の劇場にやって来た。ある小さな劇団の演劇を見に来たのである。つまりそれを田中巡査は非番に確かめに来たのである。

 あの日、実は生首の事もさることながら田中巡査にとってとても関心ができてしまったのは、四天王寺ロダンである。

 どこか素っ頓狂でしかも人懐っこくて愛嬌がある。そんな人物をどこか深く知りたいと感じたのだ。だから非番の日利用して、ここにやって来たのである。

 演劇は二時間程度だった。小さな劇団だと聞いてはいたが脚本もしっかりしており、何よりも内容が良かった。劇は推理ミステリーだろうか、少年が両親を殺害するものだった。

 観た演劇も終わり、田中巡査は劇の関係者に言って四天王寺ロダンの楽屋を見舞いたいと言った。断られるかなと思ったが案外すんなりと中に通してくれた。

 楽屋に入ると衣装を着たままの彼を見つけた。あの時の着流しに下駄という衣装だった。

「やぁ、田中さん、来ていただいたんですね」

 彼が喜色満面の笑みを浮かべて招き寄せる。その笑みに釣られるように田中巡査も笑った。

「ああ、君が是非来てくれというものだから来てみたよ。しかしながら劇は中々のものだった。すごく楽しめたよ」

 その言葉に照れるように髪を掻く。

「いやーお恥ずかしい。あっ、どうぞ。この椅子に腰かけて下さい。今、お茶持ってきますから」

 言うと、彼は奥に消えた。しかし暫くすると紙コップを抱えて戻って来た。

 それを田中巡査の前に静かに置いた。

「今日は忙しい所、本当にありがとうございます」

「いやなに。あの時の君が中々忘れられなくてね。なんというか…君の人柄につい釣り込まれてしまったというかなんというか」

「そいつはとてもありがとうございます」

 はは、と田中巡査が笑う。笑う巡査の顔を見ながらロダンが申し訳なさそうに髪の毛を掻いたので、思わずおや?という表情になった。それに気づいたのか再び彼が、小さく言った。

「…実はですね…田中さん…」

 あまりに小さな声だったので思わず耳を寄せた。

 当然、返す言葉も小さくなる。

「何だい?一体」

「実は…、あの生首ですが…」

「あの模造品(レプリカ)がどうかしたのかい?」

 そこで辺りをロダンが見回す。周囲に人がいないことを確認すると小さく寄せた田中巡査の耳に言った。

「…あれですね、実はある事件が隠れていたんです…」

 思わず巡査が顔を上げた。

「…ええ、そうなんです。実はあの日の前日、僕は全く同じ瓜二つの形の桐箱をあそこで拾っていたんですよ…」

「何だって??」

 少し声が荒げたが、直ぐに声のトーンを落とした。

「どういうことさ??」

 疑問の眼差しを向けられたロダンが静かに席を外すとリュックを持ってきて、その中から何かを取り出して田中巡査に手渡した。

「これは…」

 手渡されたものはあの日と同じ桐箱だった。ロダンに目配せすると頷いたので、静かに桐箱の上箱をずらした開けた。

 するとそこに丁寧に布で囲まれた茶碗が出て来た。

「こいつは一体…」

 目の前にあの時期待した美術品が出て来た。あの時は期待外れの生首だったが…。

「実はこいつは正真正銘の美術品、それも九谷焼の名品中の名品、一級品なんです」

 田中巡査が目線をロダンに向けた。

「君…、聞かせてくれないか。こいつの事を…いや、事件と言ったね。その事件とやらを知っているのなら」

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