無知がゆえに

 モニターの横に立っていた悠司が、不意に手を叩く。

 全員の注目を集め、彼は室内を見渡した。


「宴もたけなわだけど、そろそろ本題に入ろう。色々と疑問は残るけど、敵の本拠地を知ったからには遊び呆けてもいられない。それが我々の使命だからね。使命がはっきりしているのは幸せなことだよ? こんなご時世だけど世の中には〝自分にどういった使命があるのか〟だったり〝なんのために生きているのか〟だったりと、自分のことさえわからない人はまだまだ多い。私なんかは、自分の生きる意味を見つけたときに感涙したくらいだよ」

「素晴らしい感動秘話だ。是非べつの機会にじっくり聞かせてもらおう」

「では、慧くんには後でじっくりと話してあげようじゃないか!」


 くだらない話を終わらせるつもりだったのに……釘を刺したことを慧は後悔した。

 歓喜する悠司の声は、冗談には聞こえなかった。


「そういうわけで、看過できない状況なんだよね。そこで、これから奇襲をかけようと思う」

「え、いまから?」


 誰かが突飛なことを言ったとき、最初に声をあげるのは決まって琴乃だ。

 彼女の確認に、悠司は無駄に二度頷く。


「誘い込もうとしてたなら相当な戦力を整えているはずだよ。一網打尽にするなら、この機会を逃す手はないでしょ? 急だけどお願いできるかな?」

「敵はわざわざ誘い込もうとしていた。返り討ちにされる心配はしないのか?」

「しないわけじゃないけど、みんな強いからね。もちろん、慧くんも含めて」

「俺の何を知っている」

「弱い者が銃のある世界で刀を持ち歩いたりはしない。それが私の価値観だからね」


 根も葉もない頓珍漢な理由を述べられると予想していた慧にとって、彼の返答は意外だった。

 たしかにその通りだ。わざわざ扱いにくい武器を選んで殺し合いの世界を生き延びてきたのだ。普通ではないと思うのは道理である。


「それじゃあまた、運転手は僕でいいのかな? 車もさっきと同じ?」

「そんな感じで問題ないよ。現地までいったら、あとは君たちの思うように――」


 悠司が言いかけたとき、彼の服の胸ポケットが微かに振動した。

 電話着信のようだ。悠司は鬱陶しそうに苦い表情を浮かべ、嫌々といった様子でポケットに手を伸ばす。


「私はね、会議中に電話で邪魔されるのが嫌いなんだ。普段なら無視するところだけど、事件が起きた直後だからね。緊急の連絡かもしれないから出てあげるんだよ。発信者はラッキーだね」


 誰に伝えるわけでもない愚痴をこぼす。悠司はポケットから取り出した端末を耳に当てた。

 通話を始めたはずだが、悠司は唇を結んでいた。表情はやや険しい。ただの緊急の連絡ではないことを、その場にいる誰もが察した。

 やがて悠司は手近な椅子に腰かけた。机に電話を置き、受話器のスピーカー切替ボタンを押した。


《聞こえてんだろッ! いい加減返事しろよッ!》


 途端にボリュームが跳ね上がる。苛立ちを隠そうともしない乱暴な声が響く。琴乃が露骨に嫌そうに耳を防いだ。

 スピーカーの質のためか鮮明な音ではない。

 だが、電話の主が自分の知っている人物だと、慧はすぐに気づいた。


「ああ、すまないすまない。手が離せない用事が割り込んでね。いましがた片付けたところだ。それじゃ、お名前とご用件を教えてもらっていいかな?」

《ニュース見てねぇのか? よくそんな暢気でいられるな》

「ああ、フリーフロムの人か。実は会議の最中でね。喜びたまえ。君たちを滅ぼすためのミーティングだ」

《上等じゃねぇか。口だけになんじゃねぇぞ。逃げたらまた犠牲者が増えるぜ?》

「ほう。君が一夜で有名人になったシンデレラボーイの阿久津利久くんか」

《気になるなら、そっちにいった裏切り者に聞きゃあいい》


 皆の視線を集めた慧は、黙って首を縦に振った。

 悠司は通話中になっている携帯端末に目を落とす。


「馬鹿なことをしたね」

《てめぇらを脅せたなら、こっちとしては最高の成果だぜ》

「無知とは悲しいものだよ。まったく同情を覚える。君にもう少し知性があれば、破滅する以外の道を選べただろうに」

《わけわかんねぇな。悔しくて頭おかしくなっちまったか?》

「わかっていないのはどちらだったか、じきに知ることになる。我々の敵が君たちフリーフロムだけではないように、君たちの敵も同じなのだよ」

《んなもん当然だろ。俺らがてめぇらの同業者を、いくつも潰してきたんだからな》


 スピーカーから、心底おかしそうな笑い声。間近でそれを聴く悠司の顔に、暗い影が落ちていた。

 慧は上司が、阿久津という男を憐れんでいるのだと察した。


 慧もまた、同じ思いだった。

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