【短編】嘘吐きは悪役聖女のはじまり ~婚約破棄された私はざまぁで人生逆転します~
上下左右
【前編】婚約破棄と嘘吐き王子との出会い
皆様は【正直者は救われる】という言葉をどう思われるでしょうか?
表向きは素晴らしい考えだと賞賛するでしょうが、内心では愚かな考えだと嘲笑するのではありませんか?
【嘘も方便】。人生を器用に生きるためには偽証も必要なのだと、心のどこかできっと理解しているはずです。
でも不器用な私は正直者であることを貫き、それだけを誇りとして生きてきました。
意地悪な人は私に問います。君は馬鹿正直になることで救われたことがあるのかと。私が首を横に振ることを期待する彼らに、いつだって私はこう答えました。
正直なおかげで私は幸せになれたのだと。
実は私、物心付く頃に口減らしのために両親に捨てられたんです。パンと水だけの路地裏暮らしは、それはもう辛かったですとも。
貧しいと心も卑しくなります。路地裏で暮らす仲間たちは、私がゴミ拾いで稼いだお金を躊躇なく騙し取りました。騙された回数は両手で数えきれないほどです。
私が器用ならば嘘を吐いて騙す側に回ることもできたでしょう。でもそうはなりたくありませんでした。正直者であることをひたすらに貫いたのです。
するとどうでしょう。救いの日がやってきたのです。私の手には触れた者を癒す力が宿り、王国でたった一人しかいない聖女として覚醒したのでした。
それから数日後、聖女が路地裏で物乞いをしているとの噂を聞きつけた王子様が私の元を訪れました。恐れ多くて顔を見ることさえできずに、地面に頭を擦りつけていた私に彼はこう言いました。
「不器用な生き方だが、馬鹿正直な君が好きだ」と。
みんなが馬鹿にする私の長所を褒めてくれた王子様。自分でも気づかぬままに私は顔すら知らない彼のことを愛するようになっていました。
それから王宮へ迎えられた私は、公爵の義理の娘となりました。信じられますか。物乞いだった私が王家の次に権力を持つ公爵の一員になったのですよ。これこそまさにシンデレラストーリーです。
ただ順風満帆な毎日かと問われれば、必ずしもそうとは言えませんでした。なにせ物乞いが王宮の敷居を跨ぐのですから。王家に対する不敬だと、石をぶつける者さえおりました。
でも私は幸せでした。なにせ聖女は王子様と結ばれることが定められていたのですから。大好きな彼のためなら死ぬことさえ怖くありません。命よりも大切だと思える相手がいることに、私は王国一の幸せ者だと……今日、このときまで、信じていました。
「クラリスよ。貴様のような嘘吐き聖女と結婚することはできない。婚約は破棄させてもらうぞ!」
私を怒鳴りつける男性こそ、私の婚約者であり、この国の次期国王候補であるハラルド王子でした。王の間で玉座に座る彼は、冷たい目で私を見下ろします。
「わ、私は嘘吐きではありません。誰よりもハラルド王子がご存じではありませんか!?」
正直者だから私を婚約者にしてくれたのでしょうと、涙で潤んだ目で訴えかけます。
「いいや、貴様は嘘吐きだ。証人もいるからな……マリア、こっちに来い」
「はい。ハラルド王子♪」
可愛らしい赤毛の少女が玉座に座るハラルド王子の元へと駆け寄ると、見せつけるように彼と手を絡めました。白く美しい指は私のような下賤の出自ではない、本物の貴族のものでした。
「マリアから事情はすべて聞いた。貴様は俺の大切な人を裏で虐めていたそうだな」
「私は虐めたりしていません!」
「クラリス様。嘘を吐くのは止めてくださいまし。あなたは事あるごとに私が男爵の生まれであることを馬鹿にしたではありませんか!?」
貴族社会で男爵はピラミットの下位に位置しています。そのことを侮辱したのだとマリアは主張しますが、そんなことをした覚えはありません。
「何か記憶違いをしているのではありませんか?」
「いいえ。私ははっきりと【下賤な男爵家の娘】だと馬鹿にされましたわ」
「ふふふ……」
「何が可笑しいんですの!」
「いえ、今でこそ私は公爵令嬢ですが、私の生まれは平民ですよ。そんな私が男爵家を下賤だと馬鹿にするはずがないでしょうに」
「ぐっ……」
理にかなっているだけにマリアは何も言い返せずに、悔しさで顔を歪めました。これで誤解は解けたようですね、と安心する私でしたが、思わぬ伏兵が現れました。
「聖女様、嘘はお止めなさい!」
「キース騎士団長。あなたまで私を嘘吐き呼ばわりするのですか?」
「しますとも。なぜなら私は正直者ですから」
キースは王国騎士団の長であり、誰もが振り向くような美丈夫でした。傷を癒す聖女である私とは仕事上の付き合いも多く、魔物との戦いで騎士が傷つくたびに、彼の要請で治療に駆けつけたものです。
「聖女様には恩があります。しかしあなたがマリア様を罵倒する光景を目撃してしまった以上、庇うことはできません」
「あなたまで嘘で私を陥れようとするのですか……私はあなたのことを戦友だと信じていたのですよ」
「でも事実は事実。嘘はいけませんよ、聖女様」
キースはあくまで私が嘘吐きだと主張します。ですが私は負けません。正直者であることだけが私の唯一の誇りなのですから。
「目撃したのはいつですか?」
「え?」
「ですから目撃した日時です。細かな状況を擦り合わせれば、きっとあなたの見た人物が別人だと証明できるはずです」
「そ、それは……覚えていません」
キースは日時の名言を避けました。これは想定通りです。なぜならばもし彼の目撃した日時に私のアリバイが存在すれば、それは別人だったということになり、無実の証明に繋がるからです。
「どうやら私が嘘を吐いていないことを分かってもらえたようですね」
「「異議あり!」」
キースが不利になると今度は配下の騎士たちが声をあげました。皆が私を嘘吐きだと糾弾し始めます。
騎士の一人は私がマリアを殴っている光景を目撃したと主張します。彼の顔には見覚えがありました。瀕死の重体だった彼を癒した時は、命を捧げるとまで誓ってくれたのに、とんだ嘘吐きです。
別の騎士は私がマリアの顔に唾を吹きかけた光景を目撃したそうです。病気で危篤の母親を三日三晩治癒したのは誰だったのか忘れたのでしょうか。この恩はいつか返すと誓ってくれたのは嘘だったようです。
「ふぅ、私はあなた方を――」
論破するのは簡単です。騎士である彼らが虐めている光景を目撃したのなら、なぜその場で止めなかったのかを問えばいいのですから。
でも私は口を塞ぐことにしました。ハラルド王子が嘘吐き呼ばわりされる私を見て、ニヤニヤと笑っていたからです。彼は私が嘘を吐いていないことを知りつつも、婚約を破棄するために猿芝居に付き合っていたのです。
「反論はないようだな。なら婚約破棄は成立だ。俺はマリアと結婚する」
「王子様、私を幸せにしてくださいまし♪」
「もちろんだとも」
ハラルド王子はマリアと肩を寄せ合いました。目の前で愛しい人を略奪され、悲しみで鼻の奥がツンとしてしまいます。
「俺は第二王子だが兄上には問題がある。このまま進めば王座は俺のものだ。すなわち、マリアが王妃となるのだ」
「いまから楽しみですわ♪」
「そういうことだ、クラリス。王妃には貴様のように公爵家の家柄で着飾っただけの下賤な者より、マリアのように生まれも育ちも貴族である者が相応しいのだ」
「…………ッ」
「理解したのなら貴様は王宮から去るがよい。二度と俺の前に顔を見せるな!」
「うっ……っ……あ、あなたがそういうなら……」
とうとう我慢できなくなった私の頬を一筋の涙が流れ落ちます。それと共に救われた日の記憶が走馬灯のように脳裏に浮かびます。
路地裏で物乞いをしていた私に差し伸べてくれた優しい手。ゴミを漁って暮らしていた私とは大違いの柔らかい感触を今でも思い出せます。嘘で婚約を破棄されても、私はハラルド王子のことを嫌いになれませんでした。
「いままでありがとうございました。私はあなたのことが大好きでした。だからどうか、私の分まで幸せになってください」
一礼した私は王の間を飛び出します。最後に残した言葉は嘘偽りのない本心でした。
廊下を駆け、自室へと逃げ込むと私はベッドに飛び込みます。枕に顔を押し当てて、零れ落ちる涙で濡らします。
「うっ……ぐすっ……あんなに大好きだったのに……」
止まらない涙と慰めてくれる人のいない寂しさが、私の心をより一層締め付けます。このまま消えてなくなりたい。自暴自棄な考えが頭を支配した時、部屋の隅から鳴き声が聞こえました
「にゃー」
「この声は……猫さんが迷い込んだのかしら」
ベッドから起き上がり、涙を拭うと、近づいてくる三毛猫を抱きかかえました。甘えるように鳴く子猫は、私の傷んだ心を癒してくれます。
「えへへ、可愛いですね♪」
子猫の頭を撫でてあげると、嬉しそうに鳴き声を漏らしてくれます。その愛らしさについつい心の緊張が解けていきます。
「私を嘘吐きだとみんなが馬鹿にするんです。酷いですよね。私は嘘なんて一度も吐いたことないのに……」
「にゃー」
「本当の私を分かってくれるのは猫さんだけですね♪」
『そうだとも! 君のことを理解しているのは僕だけだよ』
突然、鈴が鳴るような凛とした声が聞こえたかと思えば、抱いていた子猫が消えてしまいました。
どこに消えたのかと部屋の中を見渡しますが、子猫の姿はなく、代わりに一人の美少年が立っていました。
絹のような黒髪に、薔薇のように赤い瞳、一流の職人によって仕立てられたと分かる服装は、まるで王族のような気品を放っています。
「……あなたは誰ですか?」
「僕は君の唯一の味方だよ。そして誰よりも君のことを愛している」
「な、何を言っているのですか、あなたはッ」
初対面の美少年から告白されて、不意に私の頬は赤く染まってしまいます。これではいけませんね。大人の女性の余裕を見せつけなければ。
「お姉さんをからかってはいけませんよ」
「からかうなんてとんでもない。僕は嘘吐きだけど、君への気持ちだけは本物だからね」
「……あなたは嘘吐きなんですか?」
「嘘吐き王子ケイン、それが僕の異名だからね」
「そうですか……」
嘘。それは私がこの世で最も嫌いな言葉です。何だか目の前の少年が悪魔のようにさえ思えてきました。
「警戒しているね。でもその必要はないよ。嘘は刃物と同じなんだ。人に向ければ剣だけど、食材に向ければ料理器具になるようにね」
嘘の力は恐ろしく魅力的です。ひとたび振るえば、聖女を婚約破棄に追い込むことができるのですから。
「もう一度伝えるよ。僕は君の唯一の味方だ。さぁ、嘘の力で共に復讐しよう」
これが私の人生を大きく変えることになる、嘘吐き王子ケインとの出会いなのでした。
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