第二章 姫棄ての森(5)
栗の炊き込みごはんに、春野菜のスープ、いわしの丸焼き。質素だが噛みごたえのある、しっかりした朝食だった。
ヒースと食卓を囲んだあと、熱いお茶を飲む。緊張してこわばっていた身体の筋肉が、ゆっくりとほぐれていくのを感じた。
「それで、あなたは今後の身の振り方を、どうなさるおつもりですか?」
ヒースは形のいい顎を撫でながら、遠くを見た。そのしぐさは癖のようだ。
ご飯のおかげで元気を取り戻したイザベラは、ふふん、と自慢げに後ろ髪を払い、己の考えを披露した。
「プリエガーレのルララが、たぶん父から解雇されて城を出た頃だろうから、まだこの辺りにいるはずよ。その子を見つけだして、真実を問い詰めるの」
「……はい。それで?」
疑わしげにヒースが半眼になった。
「……それでって? それが作戦の全部だけど」
「それは、なんと申しますか……例えるならば、穴だらけのチーズのごとき作戦かと……」
「仕方ないでしょ! 他に手がかりがないんだから」
本当はプリエガーレを一挙に十一人集めて詰問するのが得策だが、残りの十人についてはランプフィルド王国お抱えであり、基本的に城内に住まわっている。接触をはかることは難しい。
「そうは言ったって、あたしは派手に動けないし……センセイ、もう一度城に戻れる?」
「状況的に考えて、非常に難しいと思います。一度戻れば、しばらくは拘束されるでしょうし……契約期間中に逃げたようなものですからね。処分は免れないかと……」
「……そうよね。やっぱり、ルララに頼んで巫女たちをここまで連れてきてもらうしかないわね!」
イザベラは己を鼓舞するために、手をたたいた。
プリエガーレだって門外不出というわけではない。週に二回は、まっとうな労働者として王から休日を与えられている。やってやれないことはない。
ルララが協力してくれるかどうかは未知数だが、聞いてくれなければ、またヒースを脅したときのような奥の手を使うまでだ。
どんな手段を取っても、イザベラは将来の国を滅ぼさない健全な姫なのだと証明するのだ。そして城に帰る。そのためなら、どんな努力も惜しまない。
イザベラは立ち上がって、長い髪をくくりはじめた。
「そうと決まれば、さっそく変装して、町に聞き込みにいくわよ、センセイ」
「ええ、それがいいでしょう」
***
イザベラは紅色のぼろぼろのドレスから、ヒースに借りた服に着替えた。洗いざらしの麻シャツに、ゆったりしたズボンを革のベルトで留めて、靴は失くしてしまったのでショートブーツを借りた。男物なので不格好だが、仕方ない。
自慢の髪は頭の後ろで団子にまとめて、帽子をかぶる。すべて、人ごみに紛れるベージュや群青色でまとめている。これで傍目からは、誰も一国の姫だとは気付くまい。
ヒースもまた白い綿シャツとコーデュロイパンツという平素な服に身を固めた上で、こだわりがあるらしく白衣を羽織り、連れ立って出発した。
ヒースの家は、町はずれの荒廃した土地にあった。イザベラと年は大差ない彼だが、家族とは一緒に暮らしていないようだ。
砂だらけの野道をしばらく進むと、幅広の奥州街道に当たり、明るい街並が見えてくる。
緩やかな下り坂が三叉して、紐を垂らすように放射状に延びていた。
青白く光る蛍石の外灯が、黄色く舗装された石畳や、赤レンガ造りの家々を静かに照らしだす。
城からほど近い、ランプフィルドでも最も活気のある街、ライムだ。
ランプフィルド王国は、『明かりの国』とも呼ばれる。ライムは『明かりの町』だ。
イザベラは真ん中の道を選んで進んだ。
王家の者は、おいそれと下界には出られない。大げさなほどの人数の護衛と世話係を引き連れて、公務で何度か訪れたことはある。その時は自分の足ではなく、馬車だった。
馬も従者もなく、ただひとりの少女として町を歩くのは初めてだった。
たどり着いた真昼の商店街は、予想以上に活気に溢れていた。
イザベラは吸い込まれるように足を止めた。
たくさんの人間。目が回る。
ちょうど、公休日に当たる日だったのだ。中央広場では、軒を連ねるようにして露店のテントが長々とできていた。
収穫したばかりと銘打たれた野菜に果物、ワインやソーセージ、魚などを卸売している者や、色とりどりの衣料品、さらに地元名産品である、蛍蝋の色つきキャンドルなど、種類は豊富だ。
あっけにとられて立ち尽くしていると、後ろからヒースの苦笑が漏れ聞こえた。慌てて振り向く。
「普通の街にいちいち驚いてたら、浮きますよ?」
「仕方ないじゃない……それに、あたしが周りから浮くのは道理だわ。隠しきれない高貴なオーラを常にまとって」
「はいはいわかりました。失礼します」
「へ?」
カードゲームでも始めるような気楽さで、ヒースはイザベラの手を取って軽く握った。冷たくもなければ温かくもない、常温の手だった。
「人混みだと、はぐれてしまいますから。さ、行きましょう」
ヒースに手を引かれ、イザベラは歩き出した。
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