いじわるイザベラと姫棄ての森

らいらtea

序 ネプナスの予言

 天窓から落ちる、星明かり。

 祭壇にまつられた雄々しい海神ネプナスの像が、青白く照らし出されていた。

小さな聖堂である。

 簡素な木椅子に腰かけて車座になった巫女たちの影が、乳白色の床に伸びていた。

 巫女は十一人いる。

 プリエガーレと呼ばれる最上級の巫女集団だ。もっとも神に近い階段の途中に棲む、と言われている。

 体型はまちまちだが、いずれも若い女である。夜の海のような蒼いチュニックをベルトで締め、頭にベールを被り、祈るようにまぶたを伏せている。

ピリピリと空気の鳴るような緊張感が、充ちていた。

 彼女たちが今ここに集ったのは、ランプフィルド王国の未来を告げる、大切な予言〈海読み〉の儀式を行うためだ。

 肉体をこの場所に留めながら魂だけを海辺に飛ばし、海神ネプナスにお伺いを立てるのである。

 この王国の将来を担う、ある少女の未来について。

「おおお……」

 プリエガーレのひとりが瞳をいっぱいに開き、うなり声を上げた。

 眼球が焦点を定めずに、振り子のように揺らぐ。そのうち椅子ごと身体全体が震え始めた。

 やがてその隣の巫女、また隣の巫女、その隣、と振動が連鎖していった。床が地響きを立てる。うなり声が岩肌をこする波のごとく、三重、四重と重なっていき、不協和音を奏でた。

 ついには十人が席から転げ落ちて、正気を失って悶絶した。

 彼女たちは共通の幻影を見ていた。

 常人には見えない、暗澹たる未来図を、まぶたの裏に焼き付けられていた。

 ただひとり、十一人目の最若年の巫女だけが、落ち着いて瞑想にふけっていた。周囲の混乱も意に介さず、雲の上にでもいるように、穏やかな微笑みを浮かべている。

 やがて〈海読み〉の時間は終わる。

 徘徊し、もんどりうっていた巫女たちは急に起き上がり、自席に戻って呼吸を整えた。

 巫女たちは矩形の短冊を取り出し、さらさらと結果を書き記し始めた。

ぎい、と聖堂の扉が開く。結果を待ちわびていた黒ずくめの男が、司祭を従えて、のしのしと大股で入ってきた。

 星座模様の刺繍をほどこしたガウンの大男だ。身体や顔だけでなく、態度や存在感も人一倍大きい。冬籠りしていたような剛毛な顎髭をたくわえている。彼の名はモーリス・ルーチェ・デル・ランプフィルド。国王だ。

 親しみと敬意を込めて、臣下からは王様(マエスタ)と呼ばれている。

「皆の者、ご苦労」

 モーリスがねぎらいの言葉をかけると、プリエガーレは忠誠を誓うように、深々とこうべを垂れた。

「ありがたきお言葉です、マエスタ」

 声も揃って、美しいハーモニーを奏でた。

 伴いの司祭カリダーは聖堂の中央に立つと、十一枚の短冊を受け取った。

 一枚ずつ、予言の中身を検分していく。

 ややあって、うう、と司祭が低いうなり声を上げる。

 額には脂汗がにじみ、指先は震え、眼球がまばたきもせずに静止した。

「どうした?」

 短冊を受け取って目を通したモーリスは、絶句した。

 その中身とは――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る