第7話 罠はお好きですか?

 闇はどこまでも穴蔵に潜った者たちを惑わす。

 仲間の救出の為に旅立ったのは計六名。

 野伏レンジャーが一人、斥候シーフが一人、魔法使いメイジが一人、神官プリーストが一人、戦士ファイターが一人、そして武闘家グラップラーが一人だ。


「っ! みんな武闘家から離れろ!」


 武闘家が二人。

 同じ顔をし、同じ声をした者が二人。

 互いは顔を合わせ、大きく後退した。


「お前誰だよ!」


「お前こそ誰だ!」


 ドッペルゲンガーに出会った者はこんな気持ちなのだろうか。

 自分に瓜二つの者が言葉を発し、恐怖の目を己に向けてくる。

 頭がおかしくなりそうだ。その上周りの皆も魔物を見るような目を向けてくる。

 もううんざりだ。


「二人とも落ち着いてください! ゴブリンならさっき私が――」


『うるさい! こいつを殺せば俺が本物だって証明出来るんだ!』


 野伏の声は掻き消された。

 自分と同じ顔をした者は二人も必要ない。

 目の前の偽物を殺せば、己が本物と証明出来る。


「貸せっ!」


 斥候の腰からナイフを奪い取り、相手の腹部に力任せに刺し込む。

 服を通過し皮膚に刺さり、骨を削るのが腕に伝わった。


 ―――やった。偽物を殺してやった。ざまあみろ。これで俺が本物だって……


 果たして、武闘家の命は絶えた。

 どさりと鈍い音を立てて倒れる身体。

 腹部から血を垂れ流し、地面の溝に徐々に流れて行く。

 目は見開いたまま。

 彼は自分が死んだことに気付けただろうか。

 遠くでは眉間に矢を生やしたゴブリンが杖と一緒に倒れている。


「なるほど、分身の魔術っすか」


 死体からナイフを抜き、血振りをくれてやる。

 魔術の効力が切れたのか、分身の身体が灰となって宙に舞った。


「どういうこと、だ?」


「二人とも本物だったって事っすよ。だから、一人が死ねばもう一方も死ぬ」


 至極当然のように斥候は説明し、死体の身包みを剥いでいく。

 武器、服、ポケットの中にも手を突っ込み、使える物を探す。

 その行為に野伏が金属音のような声を上げた。


「やめてください!」


「何がっすか?」


「貴方が今行っている事です!」


「なぜっすか」


「亡くなった方へ失礼です! それに貴方、わざとナイフを抜かれましたよね!?」


 彼女の怒りは収まらない。

 別に武闘家と面識が会った訳では無い。

 しかし、自分がもっと声を上げていれば助けられた。彼がナイフをわざと抜かせなければ最悪の事態は防げた。己への憎悪と斥候への憎しみが織り交ざってしまった。


「酷い言い掛かりっすね。証拠でもあるんすか?」


「なっ!」


「あとこれは道具の有効活用っす。それにそんな声を上げていると、標的になるっすよ?」


「標的!? 誰が誰の標的になっtぐぁっ!?」


 彼女の身体が宙に浮いた。

 洞窟の天井は薄暗くて見通せない。

 それ故、気付けなかった。


「ぐっ、あぇっ!」


 天井びっしりに敷き詰めれた蝙蝠こうもり型の魔物。

 一つ、二つ、三つ、四つ……暗雲は血の眼に照らされる。

 彼女は知らない。

 先程注意して通った紐の罠が発動していることを。

 怒りに任せてズカズカと歩いた末に己で切ってしまったということを。


「ひぎぃ! い、いぃ、やめっ!」


 か細い腕にめり込む爪が血を滲ませる。

 抵抗しようにも肩の痛みで暴れる事が出来ない。

 ふと地上が視界へ入った。

 仲間の携帯用照明がもう遠くにある。


「ひぃぃ……!」


 息を飲む。

 今離されたら落下後、地面に叩きつけられて確実に死ぬ。

 死ぬのは嫌だ。怖い。どうすればいい。


「た、助けっ――」


 悲鳴と叫びが入り混じった声は空間内を駆け巡った。

 次に一党を訪れたのは押し付けられるような重たい音の落下。

 野伏は天井付近から落とされた。

 その衝撃は如何程のものだったのか。

 痛みを感じる間もなく死ねた彼女、ある意味幸運だったのかもしれない。

 あらぬ方向へ折れ曲がった手足は痙攣し、内臓は身体から飛び出して機械的な動きをしている。

 複数体の魔物が一気に急降下し、臓物を喰い漁った。


 それらを横目に、一党はただ走る事しか出来なかった。

 立ち止れば、次は自分の番。新たな獲物を求めて奴等は迫ってくる。

 暗闇の更に奥へ、奥へ、足を進めた。

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