ありがとうをあなたに

村木 岬

偶然の出逢い

 「私、奏(かなで)のことが好き…。」


その日から、私の人生は大きく変わった。

 

 都立風丘高校に通う私、如月(きさらぎ)心咲(みさき)は昔から、虐められっ子だった。あまり人と話すような性格でもなく、寧ろ苦手なタイプだった。それにも関わらず、何事もなく生活する。だから、いじめる側の癪にさわる。虐めといっても堂々と虐められることはなかった。教師に見つからないように、上手くやる。高校生にもなると、だんだんと虐められても何も感じなくなっていた。どの世代でもそうだったが、同じクラスの生徒でいじめを止めようとする子は一人もいなかった。止めれば最後、自分が標的になることを、皆わかっている。高校で私を虐めているるのは、クラスの中心にいる女子たちだ。男子とも仲がいいのもあって、余計に誰も止めようとしない。


 しかし、そんなある日、ぴたりと虐めが止んだ。私は不思議に思った。教師が、偶然見ていて咎めたのだろうか。誰かが教師に密告したのだろうか。いずれにせよ、虐めが止んだことに、私は安堵した。何も感じなくなっていたとはいえ、心のどこかでは辛いと感じる自分がいた。何かから解放される、そんな気分になった。

 虐めが止んだ原因については、すぐにわかった。昼休みに私の顔を時折見ながら、こそこそ話す彼女たちの話に興味本位で耳を傾けてみた。


「長谷川のやつ、マジで意味わかんないんだけど、『如月さんをいじめるのやめなよ、みっともないよ』って、何様だよ、いくら女バスのエースだからって、調子乗りすぎよな。あいつ、先生に気に入られてるから、チクられたら面倒だからとりあえずはおとなしくしとくか。」


 長谷川さん…確か、2組の子だったよね。1年生の頃にクラス同じだったような気もする。私の事、知ってたんだ。彼女のような、学校の有名人なら覚えられるのもわかるが、こんな私を憶えているなんて。憶えれていたことにも、彼女が自分を助けてくれたことにも、不思議と嬉しくなった。嬉しいと感じるなんていつ以来だろうか。


(彼女に何かお礼をした方がいいのかな…)


 ふとそんなことを考えた。今まで人にお礼なんてしたことは無い。だから、何をすればいいのかも勿論わからない。でも、このままでいるのはなんだか悪い気がする。その日の帰り道、一人で考えた。結局、結論は出なかった。とりあえずお礼は言わなければならないということだけは決めた。私は、次の日の夜、彼女の部活が終わるまで、彼女が練習をやっている体育館の前で待った。他の部員の子達は次々と出て来るが、彼女はなかなか出てこない。いつまで経っても出てこないので私は、思わず体育館を覗いた。そこには、一人で黙々と、シュートの練習をする彼女がいた。凄いな…。エースと呼ばれていてもずっと努力を続けている。そんな彼女に私は、何とも言い難い感情を持った。


 しばらく見ていると、彼女は私に気付いた。


「如月さん!どうしたの、こんなところで。そういえば、もう虐めは大丈夫?」


唐突にやってきた彼女に、なぜかあたふたしてしまった。私は、顔をうつむけたままコクりと頷いた。


「よかったー。なんだか見てられなくって、思わず言っちゃったんだよね。でも、そのせいで余計に虐められたりしてないか心配してたんだ。」

「大丈夫…。」


 その一言しか出なかった。本当に言わなければいけないのは、こんなことじゃない。


「あの…、助けてくれてありがとう…。」


自分が思っている以上に小声だったと思う。


「どういたしまして!」


彼女は、屈託のない笑顔で返してくれた。その笑顔が私には、とても眩しかった。その笑顔を見ていると、ここにいるのが段々と辛くなってきた。


「それじゃあ、私はこれで。」


伝えることは伝えたので、帰ろうとした。


「待って、如月さん、まさかこのためだけに待ってたの?」


 彼女の顔がどこか曇ったように見えた。


「うん、お礼だけはちゃんと伝えたかったから。」

「そっか、なんか変な気遣わしちゃったね。でも、私が好きでやったことだから、気にしないで。」

 

 彼女はまた笑っていた。しかし、さっきの屈託のない笑顔とは違うものだった。

そんな彼女の言葉を聞いたら、不思議と言葉が溢れ出てきた。


「違う。気なんて遣ってない。私は、ただ本当にお礼が言いたかっただけ、自分では大丈夫だって思ってたけど、虐められなくなって、すごく楽になったの。長谷川さんに助けられたの。だから…だから…。」


そんな私を見て、彼女はまたさっきのような屈託のない笑顔に戻った。


「如月さんって、いっぱい話すんだね。1年生の頃、教室でもあんまり話すイメージなかったから、ちょっと意外だったかも。」


 彼女も驚くだろうが、私自身が一番驚いている。今までの人生でこんなに気持ちを露わにしたことなど無い。それなのに、そうしてこんなに気持ちが溢れたのだろう。


「如月さん、電車通?」


不意に聞かれた私は、またコクりと頷くだけの私に戻っていた。


「そしたら、駅まで一緒に帰ろっか。」

「えっ…。」


 思いがけない誘いだった。どう返事をしたらいいのか分からない。今まで、一緒に帰ろうなんて誘われたこともない、もちろん誘ったこともない。私は一人でパニックになっていた。そんな私を覗き込むようにして彼女は言った。


「あっ、ごめん、急に、嫌だった?」

「ううん、嫌じゃない、ただ今まで、誘われたことなかったからびっくりしただけ…。」


また彼女を困らせてしまった。それでも、私の返答を聞いて安心したようだった。


「じゃあ、ちょっと待ってて、帰る準備してくるから。」


そう言って彼女は、体育館の中のボールを片付け、床にモップをかけ始めた。私のせいで、彼女は練習を早く切り上げることになったと思うと心が痛んだ。本当は手伝いに行った方が良いのだろうけど、私にそれを言い出す勇気はない。私の意気地なし、自分で自分を責めるしかなかった。そんなモヤモヤした気持ちを抱え、待っていると彼女は制服姿に着替えてやってきた。


「おまたせー。そしたら帰ろっか。」


私たちは徐に歩き出した。辺りはもう真っ暗だ。こんな時間に帰宅するなんて初めてかもしれない、それに、二人並んで誰かと歩くなんてことも。高校から駅までの道は、歩いて5分とかからないが、道幅が狭く車がやっと通れるぐらいしかない。

 夜、歩いてみて、気付いたが、この道は思いのほか、街灯が少ない。彼女は毎日、この夜道を一人で歩いているのか。


「如月さんの家は山の方?海の方?」


またも不意を突かれた。


「山の方だけど。」


今度は、すんなりと言葉が出てきた。

 私たちが使う電車は山の上と港町を結んだ形に作られている。そして、風丘高校の最寄り駅、山の出駅は、その中間に位置している。だから、この学校の生徒は、家の方向を聞くとき、彼女みたいに聞く。


「そうなんだ。私も、山の方なんだ。それじゃあ、途中まで一緒だね。最寄り駅は?」


とても嬉しそうに聞いてくる。なんだか、今の彼女は私が想像していた、長谷川さんとは違って見える。まるで、小学校に入りたての子供が、新しい友達を作る時みたいだ。


「月山中だよ。」

「うそ、隣の駅じゃん、私、月山上。」


まさか、そんな近くに住んでいるとは思わなかった。月山上は、学校とは反対側の隣駅だ。


(私も何か返さないと話が終わってしまう…)


ふと思った。


「本当だね、思ってたよりも近かったね。私と長谷川さんじゃ変える時間が違うから、今まで会うことなかったかもしれないね。」


また、不思議と自然に言葉が口をついて出て来る。人付き合いが苦手な私が、珍しいこともあるものだと、感心してしまった。

 そんな調子で話しているといつの間にか駅に着いていた。ちょうど電車が来たところだった。普段の私なら一本飛ばしている状況だ。元々、運動は得意じゃないし、電車一本のために走る気にはなれない。しかし、この日は違う。彼女が先に走り出した。


「如月さん、走れる?」


走り出して言うセリフか、心の中で思わず突っ込んでしまった。もうこれはついていくしかない。人生で一番といっても過言でないぐらいの全力疾走をした。ドアが閉まるベルが鳴る。あと少し、あと少しで。目の前でドアは非情にも目の前で閉まった。そんな…こんなに頑張ったのに。息を切らしながら、ドアの前でしゃがみこんだ瞬間、ドアが再び開いた。見かねた車掌さんが開けてくれた。私たちは、急いで飛び乗った。


「なんとか、乗れた~。車掌さん、優しくて助かったね~。」

「ほんとに、優しくて良かった。あれだけ走って乗れなかったら辛いだけだもん。それにしても、長谷川さん急に走り出すから、びっくりした。」

「ごめんごめん、ついいつもの感じで、走っちゃった、大丈夫?しんどくない?」

「大丈夫、でも長谷川さん、さすがバスケ部って感じ。」


(どうしたんだろう、私、今日はすごくおしゃべりだ。)


 彼女と話していると、自然に言葉が出て来る。


「へへ、ありがと、それと、奏でいいよ。」

「えっ?」

「名前、長谷川さんじゃなくて、奏って呼んで。」

「あっ、うん」


 思わず返事をしてしまったことに後悔した。人を下の名前で呼んだことはない。いつも○○君か○○さんだった。一度返事をしてしまった以上、今更やっぱりそれは…とは言いにくい。私は、今、持てる限りの勇気を振り絞り、呟くように呼んだ。


「奏…。」

「はい、よくできました!」


 鼓動が止まらない。さっき走った時の熱がまだ残っているのか、頬が熱くなるのを感じる。そんな私のことなんてお構いなしに彼女は、笑っている。よっぽど嬉しかったのか、彼女にとっては、名前で呼ばれることなんて珍しくもないはずなのに。


「私も如月さんの事、名前で呼びたい!如月さん、名前、心咲だったよね?」

「う、うん。そうだけど…。」


 今日は、彼女に驚かされ続けている。私の名前を憶えている人がいるなんて思ってもみなかった。私が名前を言ったのは、入学した時と2年生で今のクラスになった時に、自己紹介させられた二回のはずだ。特に、彼女とクラスが同じだったのは、1年生の時だけだった。それにも関わらず彼女は、憶えていた。なんだか胸の奥が熱くなるのを感じる。頬、胸の奥、今、物凄く身体が熱い。


「どした?大丈夫?顔赤いよ?」


 私の顔を覗き込むようにして、尋ねてきた。彼女は、まるで病人を見るかのような顔をしている。彼女に心配をかけたようだ。


「大丈夫だよ、ちょっと走って疲れただけだから…。」

「それならいいんだけど…無理させちゃったね。」


なかなか彼女の顔の曇りが晴れない。


(何とかしなければ…)


 妙な責任感を感じた。どうすれば晴れるのかわからないが、とりあえず、別の話題を振る。


「か、奏は、いつも一人であんなに遅くまで練習しているの?」

「あっ、うん、そうだよ。私ね、エースって呼ばれてるけど、そんなにバスケ、上手いわけじゃないんだ。だから、ちょっとでも試合に出たくて、周りの皆に負けないようにって頑張るんだ。」

「そうなんだ、元から運動神経が良い子だと思ってたから、意外…1年生の体育祭の時だって凄く活躍してたし。」

「そんな前の事憶えてたの!?」

「う、うん」


(私の名前を憶えていたあなたにその言葉をそのまま返そう)


 思わずまた心の中で突っ込んでしまった。こんなのは、私のキャラではない気がするが、彼女がまた笑顔に戻ったからとりあえずは助かった。あのままの顔でいられたら責任感に押し潰されそうにになるところだった。


「次は、月山中、月山中です。お降りのお客様は、足元にお気をつけてお降りください。」

「駅、着いたみたい。それじゃあ、私、降りるね。」

「待って、私も降りる!」

「えっ、でも、奏、月山上じゃ…。」

「いいのいいの、もっと心咲と話したいし!」


 結局、彼女は私と一緒に降りてしまった。


「ほんとによかったの?」

「よかったの、心咲は気にしすぎ!それに、私の家、月山中と月山上の間だから。ちょっとだけ、月山上の方が近いから、月山上を使ってるんだ。」

「それだったら、私の家も近いかも…私の家も奏と同じ感じだから。月山中寄りだけど…」

「そしたら、心咲の家、知れちゃうね」

 

 また、にこりとあの笑顔を見せた。家が近いことがそんなに嬉しいのか。私も決して嫌な気分ではないけども。こんなにずっと笑顔でいられると私まで気恥ずかしくなる。

 私たちは、改札を出て、電車を乗る前のように、また二人で並んで歩き始める。この辺りは、一帯住宅地のため街灯も多く、まだまだ明るい。こんな時間に外にいることが稀な私にとって、女子二人で歩くには怖い。自分が気づかないうちにも彼女に寄っていた。私の腕に、彼女の腕が当たった。


「ごめん…」

「全然!怖い?」

「少しだけ、こんな時間に出歩かないから」

「そうだよね、私も最初は怖かったな~。」

「今は、怖くないの?」

「うん、毎日こんな感じだと慣れちゃうよ。」


 彼女は強い、改めて感じた。運動もできる、明るくて、怖いもの無しだ。彼女の弱点は何か、無性に知りたくなった。他人に対して興味を持つなんてことは初めてだが、どうしても気になった。彼女といると、本当に今までの自分とは違う自分が出て来る。

 他愛もないことを彼女と話しているうちに、私の家まで着いた。こんなに家は近かったのかと感じた。


「私の家、ここなんだ、たくさん話せて楽しかった。」

「そっか、ここが心咲の家か~。」

 私の家をまじまじと眺めている。人に家を見られるというのは、むず痒い感じだ。

「私も楽しかった!じゃあね、心咲。また、明日、学校で!」


 そういうと彼女は、薄暗い夜道に一人で向かっていった。月夜に照らされた彼女の背中は、私にはやっぱり眩しかった。私にとって彼女の存在自体が眩しいのだとその時に気付いた。

 彼女が見えなくなると私は玄関の扉を開けた。


「ただいま。」

「こんな遅くまで何してたの?心配したじゃない。」

「ちょっと学校で補習を受けてて、それで遅くなった。」

「そう、ならいいけど、遅くなる時は必ず連絡入れなさいね。ごはん出来てるから、早く着替えてらっしゃい。」

「うん。」


 私は、母に返事をし、二階にある自室に向かった。そのまま、ベットに横になりたい気分だった。今日は、いつもよりどっと疲れたが、このまま、寝るわけにはいかない。下に降りて、ご飯を食べなければ、明日の朝、母に小言を言われるのは目に見えている。私は、部屋着に着替え下に降りた。食卓には、母が座って、お茶を飲みながら、テレビを見ている。今日のメニューは豚カツだ。この疲れている時に油物は応える。お腹は比較的すいていたこともあって、少し無理をしながら食べることが出来た。


「食べたら、お水に浸けといてね。それと、お風呂湧いてるから、早めに入ってね。」

「わかった。」


 母は、毎晩、風呂のお湯を使って洗濯をする。だから、私には早くお風呂に入ってほしい。私は、ダイニングを出たその足で、浴室に向かった。服を脱ぎながら、今日のことを思い出す。不思議な子だった。それが、今日彼女に抱いた印象だ。ほとんどの時、彼女は笑顔だった。だから、私は、彼女の顔が曇るたびに、不安になった。まだ、どこかで彼女に怯えているのだろうか。その割には、何故、今日あんなに話せたのか。いつもの私なら、怖いと感じたら、何もせず黙っているはずなのに。彼女について、次から次へと考えが巡ってしまう。もう今日は、早めにお風呂に入って寝てしまおう、そう、決めた。決めたはずなのに、お風呂に入っている時も、、ベッドに入った時も、ずっと彼女のことが頭から離れない。ずっと彼女について、考えを巡らしていると私はいつの間にか、寝てしまっていた。


 目が覚めた時は、もう朝だった。目覚ましをかけて寝るはずが、昨日は忘れてしまっていた。携帯に目をやり、時間を確認すると、起床時間をとうに過ぎていた。早く起きなければと思い、身体を起こそうとする。身体が重い、それに、尋常でないほどの汗をかいている。まさかとは思ったが、38.5度、熱があった。無理をして登校できる熱ではない。仕方なしに今日は休む、そう伝えるために母を呼ぼうとするが、声が出ない。見事に喉までやられてしまっている。私は、重い身体を引き釣りながら、下まで降りっていった。私を見た母は、何かを察したのだろう。


「どうしたの?熱があるの?」

「うん、これ。だから、今日、学校休む。」


 母に体温計を差し出す。


「すごい熱ね、学校には連絡しておくから、病院が開く時間まで、寝てなさい。」

「うん。」


 後のことは母に任せ、自室に戻ってベッドに横になった。ここ何年か、風邪をひいていなかった。夏前とはいえ、あんな場所でずっと待っていたのが良くなかったのか、昨日、髪を乾かさずに寝てしまったからか。いずれにせよ、久々の熱は辛い。布団を頭からかぶり、目をつぶると、すぐに眠りについた。次に、目が覚めたのは、母が起こしに来た時。


「心咲、具合はどう?病院に行くけど、歩ける?」


 正直、頭はボーとするし、身体は重いから、歩きたくはないが、母に心配をかけてはいけないという思いがあった。


「うん。大丈夫、歩ける。」


 踏ん張って、ベッドから這い出た。母に付き添われながら、パジャマ姿のまま、車に乗り、病院へと向かった。

車に乗った後は、記憶が曖昧だった。症状は、ただの風邪だったことは、辛うじて覚えている。家に着いてからは、ベッドに直行した。


「薬を飲むためにご飯食べないといけないわね。なにか食べたいものある?」


 正直、今は何も口にしたくない、眠りたい。薬を飲まなければいけないのもわかってはいる。葛藤をしながら、私が出した結論は、ゼリーだった。ゼリーぐらいならすぐに食べられる気がした。私の要望を聞いた母は、そのまま下に降りていき、1分も経たないうちに、ゼリーと薬と、水を持ってきた。それを通常の何倍も遅いスペードで食べる私を、母はずっと待っていた。食べ終わったのを見ると、薬と水を差し出してきたので、受け取って飲んだ。


「それじゃあ、ゆっくり寝なさいね。何かあったら、すぐに呼ぶのよ。」


 そう言って、部屋を出ていった。私は、また横になり、目を閉じた。


 それから、どれぐらい時間が経ったのだろう。再び、目を開けた時は、さっきは明るかった窓の外は、暗くなっていた。薬のおかげか、随分と身体は楽になった。念のため、熱を計ったら、37.2度、大分下がった。ベッドに寝ころびながら、しばらく携帯を触っていると、突然、インターホンが鳴った。こんな時間に、宅配だろうか。その割には、長い間母は何か話している。近所の人が来ているのだろう。また携帯を触り始める。暫くして、誰かが上ってくる足音がした。大方、母が夕飯を聞きに来たのだと思っていた。


「心咲、さっき長谷川さんって子が来て、今日配られたプリント持ってきてくれたわよ。家が近いからって、心配して寄ってくれたそうよ。親切な子もいるのね。」


 彼女、わざわざ家に来たのか。昨日、初めて話したばかりなのに。母の言うようになんて親切なのだと私も思った。明日、またお礼を言わないといけない。不思議と彼女に会って話したくなった。私は、その夜、昼間沢山寝たにもかかわらず、直ぐに眠りにつけた。

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