第47話 シナリオ完結
「違う! それは違うんだ! 私がラティアなんだ! 生まれたときから、Sクオリファーになってからも、この記憶は全て私だ! 人間に……人間に生まれ育ったことをはっきり覚えているんだ……そして違うんだ、そんなの違う……」
「いいえ違いませんね。それは人間ラティア・メルティがSクオリファーにインストールされるまでの、生涯の記憶をコピーしたものです。あなたのものではない。S001L-Bが人の記憶を勝手に我が物とし、人間になりすましているにすぎない」
「そんなことはない……この記憶は私たちのものだ……」
ドルスは天を仰いだ。神へ呼びかける司祭のように。両手を広げ天へ向かってうそぶいた。
「おお、記憶も心も全てを機械に奪われ、ラティア・メルティはとうに死んでいた! 誰にも知られることなく! 機械は、自分が人間であると僭称し続け、周囲を欺き続けている。のみならず機械は、人間を支配していようとしている! こんなことが許されて良いのかっ? この機械は恐怖だ! あってはならない存在だ!」
ラティアは力なく首を振る。
「……違う。……ラティアが……ラティア・メルティが私にそう言ったんだ。それを示すためにこの剣を私に託してくれた……」
「何を言っているのか理解できませんね。死んだラティア・メルティがあなたに剣を渡す? ご冗談を! バックアップシステムも、いよいよ壊れだしたということでしょうか?」
ドルスは高らかに述べ立てる。
「この壊れかけの機械の暴走を止めねば! 私の敬愛して止まない人間を救わなければ! これを破壊できるのは私だけ。私だけが知る天命!」
「……違う……違うんだ……ロナウさんだって知ってる。ボギーだって……」
「あなたの、あの国家転覆を謀ろうとした恐るべき野心までは二人も知りますまい。それを私が知らないとでも? あなたの思考も見聞も、私はずっと覗き見ていたのですよ?」
ラティアの身体が硬く、動かなくなった。小さくしおれていた。
「ふふふ。私は人間は殺さない、殺したくない。でも、あなたは機械だ。道玄坂での再度の百式発射で得た再検証結果も、代々木原野での取得データと一致。間違いなかった。あなたは人間ではなかった、それが科学的にも確かに証明された。おかげで、今の私はなんのためらいもなく、あなたへ復讐することができます」
ラティアの緑の瞳には精気が失せていた。ドルスが笑った。勝ち誇った笑いをした。
しようとしかけて止めた。
「ああ……失礼、一つ訂正しておきます。私としたことが、今さっき人間を大勢殺していました。まあ致し方ないことですね。民族主義ゲリラでしたから。あなたと同類の危険物です。おや? なにも反応しなくなりましたか。お約束通り、最後にあなたの反論を聞こうと思っていたのですが。どうもその気力ももう無いようですね」
ラティアは急に辺りが静かになったような気がしていた。
ドルスが笑っていた。けれどその声は聞こえていない。その声が耳に入っても、頭へは届いていなかった。人間でありながらSクオリファーという機械へインストールされ、パンゲアノイドと戦い、一人放浪してきた。あの日、自分がラティア・メルティでないと気付かされた日以来、記憶を元に構成された仮想意識にすぎないとされた日以来、周囲は自分を事実通り機械と見なした。人智を超越した、意思ある破壊兵器と怖れられるようになった。
S001L-B。人間とは別の、人の形をしたモノ。
けれど自分の記憶は、自身に感じるクオリアはラティア・メルティ以外の何者でもない。
大戦前は、建築デザイナーになることが夢だった。そして、自分の家を作りたかった。そこには自分と家族がゆったり暮らせる、その上誰も見たことがない、新しいコンセプトが自慢の家を作りたいと思って。
それがSクオリファーに選ばれ、大戦が始まった。戦いに悲鳴を上げる心は、人を守るという使命に追われ続けた。自分は人であると願うが故に、人間とのつながりを失いたくないがために戦いにすがった。
けれども自分は人間ではない。そう断言された。事実だったから。チェーホフ以下ブルーベースの乗員も皆、人間の尊厳に関わると、一等落として人間扱いをしてはならないとなった。その瞬間、人間からただの殺戮兵器になってしまったのだ。事実を前にしても、それでもラティアは自分を仲間であるとしてほしくて、足掻いてきた。
……あんなに……あんなに頑張ったんだから……あんなに苦しかったんだから。
ぼう然と見開いたままの目に、浮かぶヘキサセルディスプレイに文字が浮かぶ。
***人ハ苦シイ******人ハ辛イ******モウ*モノヘ還レ*****
疑似モノポリウムリアクターが、心の作用によって動きが不規則に、次第に小さくなっていく。電力が低下していく。電圧低下でヘキサセルディスプレイに真っ赤なアラートが立つ。
そのヘキサセルディスプレイ上に、死を誘う文字が浮かぶ。
モウ******壊レテシマエ******
「違う……絶対違う! ラティアに野心なんかあるもんか!」
ドルスが視線をやった先に、ボギーが身を起こし立ち上がろうとしていた。
「やあ、ボガード君、ようやく目を覚ましてくれましたね。ああ、ゲリラの返り血で服を汚してしまったことはお詫びします」
だが、ドルスが穏やかに頭を下げるのに対しボギーは怒り、怒鳴り散らした。
「俺はラティアに支配された覚えはない! ロナウさんの停戦命令を怒り心頭でも、それを聞きわけたのもラティア自身だ!」
「壊れかけの機械です。そうした例外も、ときには起こりえるでしょう。見せかけに誤魔化されてはなりません。君の小学校時代の同級生はもう死んでしまっているのですから。ここにいるのは偽りの機械なのです」
「壊れているのはお前だ! キカイキカイと、上っ面をなぞっているだけだ。お前には心が見えていない!」
「……なんだと?」
「ラティア! 聞こえないのか、ラティア!」
ボギーが叫んでいた。ボギーがよろめき立ち上がり、ラティアへ向かって叫んでいた。
「俺は知ってる! お前のこと、全部知ってる! でもお前は人間だ! 俺は信じてる!」
「やれやれ。これは人間ではない。心のように見える振る舞いも、人工ニューロンと量子プロセッサが演算出力したものにすぎないのですよ?」
「なんでお前にそんなことが分かるんだ! ラティアは人知を越えた存在じゃないのかっ? お前にラティアの何が分かるって言うんだ!」
「まったく、低レベルな。子供じみた揚げ足取りは大概にしなさい」
「お前に人間の何が分かってるって言うんだ!」
ドルスが黙り込んだ。初めてたじろいだ様子を見せていた。
一方でラティアはまだもうろうとしていた。かすかに顔を上げた。
「やあ、いけないいけない、私としたことが。子どもの戯言に付き合って、危険物を放置したままでいるなんて」
ドルスはラティアの動きを警戒しつつも笑った。
「私の復讐はボーイフレンドに見送られながら、S001L│Bに無念を噛みしめ死んでもらうことで完結する。長く、労力のいるシナリオでしたが、いよいよ完結です」
ボギーが声をからして叫ぶ。
「ラティア! 命を手放すな! 頑張れ! 逃げろ! 俺はそんなの嫌だ! 理屈じゃねえんだよ! お前と一緒にいたいんだ!」
デモ******
心に思っても、ラティアの唇はほとんど動いていなかった。
「立てよ! 悔しくはないのか!」
「アリガトウ****アリガトウ****アリガ**」
ラティアは声にして伝えた。それでもう、勘弁してほしいと。
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