第40話 敵国規程法規
ゲリラの少年少女たちは突撃してくる治安部隊の恐ろしさに顔面蒼白になった。白兵戦となれば最後、人間などひとたまりもない。少年少女たちのすくみ上がる足元がよろめくように、一歩二歩と下がり出す。
「待て! 皆、逃げるな! 逃げ切れるものじゃない!」
ラティアの叫びにゲリラたちの足がくぎ付けになった。ラティアは廃坑を指さした。
「皆、廃坑にこもって! ここは私が防ぎ止める! 一人も殺させはしない」
ゲリラたちは互いに目を見合わせて動けずにいる。
「早く! グズグズするな! みんな言うことを聞け!」
ボギーが飛び出してきた。ゲリラたちの袖を力任せに引いていく。乱暴なボギーの手引きが、ともかくも考えるより先に行動を促した。少年少女たちは廃坑に向かって走りだした。
「ボギー、ありがとう。あなたも一緒に廃坑に隠れていて!」
ラティアは笑顔でボギーに返し、ボギーも親指をぐっと突き立て、廃坑へ走った。
手に手に巨大な武器を携え、パンゲアノイド兵が突撃してくる。その駆け抜ける足が雪を蹴散らし、踏みならす足音が、その巨体とあいまって地響きを立てて迫る。
密集突撃の群れから一人先頭へ抜きん出て走ってきた者がいる。
隊長のギランドゥだった。
ラティアも突然ギランドゥ目掛けて走った。
ギランドゥは突進してくるラティアを正面に見据え、青龍刀を振り降ろした。
右下に屈み逸れた頭上を青竜刀がかすめる。
風斬る青竜刀が背後へ流れた。
瞬間ラティアは伸び上がり、両腕を引き寄せギランドゥの腹部へ両手掌底打を放った。
突進してきたギランドゥの全体重でラティアの腕関節がきしむ。
「せいやあああ!」
ラティアは力任せにギランドゥの巨体を弾き飛ばしていた。
ギランドゥが転げる様を見届ける間もなく、地響き立てて治安部隊がラティアに殺到した。
ラティアが全力で旋回し、竜巻のように雪煙が噴き上がる。
ラティアは瞬時に群がる治安部隊を遠く弾き飛ばした。しかし興奮状態の彼らは全くひるまない。雪面を転げよろめきながらも直ちに起き上がり、怒声を張り上げる。ラティアは味方のはずの治安部隊を怪我させまいとなぎ払った。それでは彼らに何のダメージもない。
「ギランドゥ! 今すぐ治安部隊を止めろ! ゲリラたちを殺すな!」
興奮状態にあるパンゲアノイドを止めることができるとしたら、同じパンゲアノイドの指揮官しかいない。だがギランドゥ自身がなお興奮状態にある。
「何をほざく! これが最も温情ある処置だということがわからんのか!」
ギランドゥが血へどを辺りに吐き散らし、立ち上がる。
「反逆罪に関わる者は一族全員死罪だ。だが殺されれば死人に口無し! 今ここで奴らを人間の原形が止まらぬまでに叩き潰せば、どこの誰かは分からなくなる! 一族を捜す手段は断たれる! 犠牲を最小限にとどめる、これが最善の解決策だ!」
「ギランドゥ! ここにいるのは、戦争に行ったことすらない子供たちだ。これまでテロ活動に従事していたかも疑わしい。一族全員死罪は、最も罪状の重いケースに限られるはずだ! 裁判もしないうちに、勝手に殺して良いのか!」
「ああ、良いのだとも! 人間一人当たりの殺人は五百ガルの罰金で済む!」
今もフェムルトで混乱が続いているのは法の未整備に原因がある。五百ガルの罰金根拠は大戦時の敵国規程法規にある。戦争であっても一般市民をむやみに殺傷しないためのものだった。フェムルトが帝国の自治州となった以上、フェムルトは敵国ではない。しかし、現実には五百ガルの罰金制度はなおも続いていた。五百ガルはワイン二本程度の価格でしかない。そんな罰金程度で済むと、人を殺してまわるパンゲアノイドもいるのが実態だった。
「先行偵察に出たSクオリファーの窮地を救い、テロ活動から数万の命を救う。そのための安い代償だ!」
ギランドゥは法にのっとるまで。それが当然だと考えている。
「下がっていろ、Sクオリファー! ゲリラ殲滅がグエン総督の命令だ! 貴様は下がれ!」
グエンと聞いて、ラティアは顔をゆがめた。姑息な奴めと、内心舌打ちした。
グエンはラティアが何気なく漏らした『シナリオ』の言葉尻を捉えていた。ラティアを助ける名目でゲリラたちを皆殺しにすれば、日頃任務に鬱屈としている治安部隊たちの憂さ晴らしにもなり一石二鳥と考えたのだ。そして彼方を見れば、グエンがゆったりとした足取りでやってくる。仕掛けた罠の成果を見に来る、老練な狩人であるかのように。
一方で吹き飛ばされたパンゲアノイドが立ち上がり、次々にラティアへ襲いかかってくる。ラティアは、手当たり次第に相手の足をすくい横転させる。乱戦の中、パンゲアノイドの勢いは止まらない。興奮状態にあるパンゲアノイドたちは味方であるラティアにも全力で武器を振るってくる。戦斧が光り、鋼棒が突き込まれ、巨刀が旋回する。ラティアは髪とマントを振り乱して懸命にそれらをかわし続ける。
これが世間。これが人の世。
なんと醜い。なんて無残な。
Sクオリファー・ファイブ・バウンズは、かつてフェムルト政府へ反旗を翻した。その心境がわかるときがある。強大なSクオリファーの力が薄汚れた世に必要なのだと。
パンゲアノイドの群れを相手に戦いながら、ラティアは叫んだ。
「止めろ! ギランドゥ! 治安部隊を止めろ! フェムルト南部の全システムを、私が統化しているのだぞ! いいのかっ?」
「貴様、帝国へ反逆する気か!
ラティアの力の誇示へギランドゥが怒る。ラティアはならばと説得の向きを変えた。
「聞け、ギランドゥ! 私からラムナック大要塞への統化が切られた。ロナウとスフェーンKがラムナック大要塞に向かっている! こんなことをしてる場合じゃない! ラムナックで硫化ベデロクスガスが使われてしまうぞ!」
さすがにギランドゥの顔色が変わった。忌々しげに舌打ちすると、ギランドゥは治安部隊に戦闘停止を命じた。それでも治安部隊は簡単には止まらなかった。命令を無視して廃坑へ駆けだす者もいた。それを見た一人の少年が恐怖に堪えきれず廃坑から逃げ出した。パンゲアノイドは喜色を浮かべてそれを追う。
「ははは。一匹くらいどうってことはない! ワイン二本分くらい、気晴らしは必要だぜ」
ラティアがその後を追った。パンゲアノイドを追い越して少年とパンゲアノイドの間に割って入る。素早くパンゲアノイドの腕をつかんで引き倒し組み伏せた。今度はラティアが離れた隙を見て取ったパンゲアノイドたちが、雪崩を打って廃坑へ駆けた。だが、彼らは廃坑に飛び込んだと思った瞬間、断崖の岩壁に次々と激突してしまった。
気が付くと目の前に廃坑はない。
「ま、魔女だ! 魔女が魔性の力を振るいだした!」
ラティアはありったけの声を振るい、悲鳴にも似た絶叫を上げていた。
「まだ分からないのか! 止めろ!」
ラティアは拳を握りしめ、怒りの形相で震えていた。治安部隊も、ゲリラの少年少女たちも、そこに居合わせた者全てが、ラティアの怒りを前に気をのまれた。
「馬鹿者どもが……」
かなたからゆっくり歩いてきたグエンは、その様に吐き捨てるように言い放った。
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