第10話 地下埋没
『ラティア、起きてる?』
頭部通信機を通じてボギーの声が響いた。夕べ、反陽子爆弾を撃墜したラティアだった。しかし爆発に巻き込まれ、そのまま瓦礫と土砂の下に深く、身体をねじりながら座るような窮屈な姿勢で埋まっていた。
「こんな冷たく湿った土の中で寝てられる? つま先の辺りなんか半分土が凍って、しゃりしゃりしてるし」
『随分長いこと静かだったんでね』
「それ以前に私はSクオリファーだから、睡眠は無関係だよ」
『そっか。時刻は六時。もう朝だけど』
「結構深く埋まってるみたいで、こっちは真っ暗。分からなかった。そっちの方はどう?」
『衛星画像をまわすよ』
ラティアの脳裏に浮かぶヘキサセルディスプレイの一枚に、受信した通信衛星からの画像が映し出された。
地表を拡大投影する衛星画像には吹雪が既に止み、静まりかえったベルトーチカ盆地の雪原が広がっている。木々から影が長く伸び、雪面はうっすらとトキ色を帯びている。
気温はマイナス三度の表示。夕べの吹雪から一転しておだやかに晴れた朝だった。
そして雪が溶け露出した地表に崩壊した構造物群がある。夕べ吹き飛ばされたベルトーチカ基地地上施設の残骸だった。自分もこの画像のどこかに埋まっていると思うと、ついおかしみがこぼれる。
「基地も滅茶苦茶になってるわね。そっちは地上に出られるようになった?」
『大丈夫、出られるよ。ところで、ラティアはいつまで土の中に閉じこもってる気?』
「なんだか、引き籠もり扱いね」
『いや、全然そんなつもりはないって』
「人間と違って、大変なんだから。人間の体は怪我しても勝手に治る。でも私の機械のボディは壊れたら部品を交換するまでは治らない。それができないときは、今やってるように自己診断機能を走らせる。診断結果を見ながらパラメーターをいじってシステムバランスの変更をするとか。他の機能を一時しのぎの代替えに使えるよう、ソフトウエアのリプログラムをしてバイパス回路を構築したりとか。自分で自分の身体をいじくり回さないといけないの」
『ごめん。夕べ、大陸間弾道弾を撃墜するなんて、スペクタクルを見せつけられて。最新科学の粋って凄いなと思ったけど。そういう見えないとこの作業は頭になくて』
「なんだってそうでしょ。派手な舞台の裏側は、むき出しの粗末な資材にツギハギだらけ」
通信相手はボギーでも音声はシェルター内のスピーカーに流されているという。チェーホフを始め、多くの者がラティアの声に耳を澄ませている。ラティアは意図的にお気楽に振る舞っていた。ただし、今のは調子に乗って言い過ぎてしまったと後悔した。
『ラティア、おまえがブルーベースから離れた頃、体のあちこちで部品が消耗劣化したり破損していた。今はどれくらい復旧できているんだ?』
チェーホフの声だ。実際、状況は厳しかった。
何より痛いのは、ケルビム・ソフィアを撃ってしまったことだ。ラティアのボディデータをチェックした第四知性体・テトラからは、まがりなりにも撃てるのはあと一回、もうその先の発射は保証できないと警告されていた。その一回を夕べ撃ってしまった。この先はもう撃てない。もし撃てば運任せの一発になる。
いまやケルビム・ソファイアのエネルギー充填に必要なプラズマ伝送管はいつ壊れてもおかしくない。傷ついたプラズマ伝導管が誘爆を起こせば、少なくとも両腕から肩口にかけては吹き飛ぶ。最悪、逆流したプラズマエネルギーで、疑似モノポリウムリアクターからのブースターサーキットが損傷する。その瞬間ボディごと木っ端微塵に吹き飛び、すなわち死ぬ。
そうなると残るラティアの火器は夕べ自身で担いできたハイパーキャノン、それも使用中の一本しかない。こちらは仮に新品であれば八十発は撃てるだろう。だが、これから寄せてくる敵は五十四万の機甲師団。単純計算でも耐久限度の千倍以上撃ち込まなければ間に合わない。第一、ラティアの射撃制御システムは故障している。今やベルトーチカ基地の防空システムも木っ端微塵に吹っ飛んだ。もはや幾ら狙ったところでまともに当たりはしないのだ。
まだある。
ラティアの動力である疑似モノポリウム・リアクターはレスポンスが落ちている。何とか七十パーセント台は出せるものの、その影響でプラズマ防壁の展開出力は二十パーセントを切っている。攻撃にエネルギーを廻したときなど展開出力ほとんどゼロとなる。実際、その報いで反陽子爆弾を吹き飛ばした爆発を防壁が支えきれず、こうして無様にも地中に埋まってしまっている。
そして警告レベルの消耗劣化パーツは、全身合わせて指折り数えて両手でも間に合わないほど。攻撃力も防御力も尽きかけ、ややもすれば人間並みな動作ができるかも怪しげになりつつある。
そんな本当のことを言ったところで、基地の人々を不安にさせるだけ。山積みな課題は全部伏せて、チェーホフへ課題を一つだけに絞って伝えた。
「問題は爆発に巻き込まれてブースターサーキットが損傷したこと。今、私の上には土砂や瓦れきが数トンレベルでかぶさっている。でも、どけるには疑似モノポリウムリアクターの出力をもっと上げないとダメ。ただし上げたらブースターサーキットが耐えられそうにない。最低だわ、下手に動けば自分自身で体を木っ端微塵に吹っ飛ばしちゃうんだから」
今最大の問題点だった。配線がショートして動かなくなった電気人形が土に埋まっている。それが当たらずとも遠からずな実態だった。
『ブースターのバイパス回路を使ってみたか?』
「今それを構築設定しているとこ……」
『手分けしよう。バイパス回路の構築なら俺もできる。Sクオリファー保守の専用トレーサSCCはないが、俺の汎用型調整作業端末でデータ通信をすればな。他にも問題箇所があるんじゃないか? お前の量子プロセッサでなきゃできないことを、そっちでやってくれ』
隠しても元テクニカルサポートはお見通しだった。
「じゃあお願いします。バイパスは大体できているから、他を私が分担します」
ラティアの通信に別の叫び声が飛び込んできた。
『衛星画像に帝国軍の進撃を確認。クアラ峠を越えてきています。敵前衛はベルトーチカ盆地南端に間もなく到達します!』
ラティアは眉をひそめた。
帝国軍が北上してくる。
フェムルト亜大陸南端に帝国が築いたラムナック大要塞から、首都ラウナバードへの直線距離は五百キロメートル足らず。その間、軍事拠点と呼べるのは唯一ベルトーチカ基地だけだった。だがこの基地も軍事拠点としての機能を完全に失っている。
そして友軍もここにはいない。
今、戦えるのはラティア一人だけ。
しかしそのラティアも動けない。
「映像をこっちにもまわして」
映像にはクアラ峠の白い雪面に緑色の泥流が押し流れていくように見える。それはパンゲアノイド兵が山道を密集し、押し合いへし合いしながら前進してくる様だった。
『あ、あんなに大勢のパンゲアノイド兵が……』
通信機を通してシェルター内から上がるうめき声が伝わる。
大軍と聞いてはいても、いざ実際に映像を見ると皆血の気が引いていく。画面いっぱいにびっしりと細かな粒で埋め尽くされ蠢き進んでくるものがある。それら一つ一つが、人間の身の丈の倍近くある亜人種の兵たちなのだ。併せて彼らの操る巨大戦闘車両群も続々続いてくる。
『敵前衛が砲撃!』
基地の人々が身構えた数秒後、遠く爆音とともに地下シェルターが振動した。
暗い天井から細かなモルタル片の屑が落ちてくる。吊した照明が揺らぐのに合わせ、部屋に浮き上がる幾重の影も揺らいだ。
「大丈夫。あれは連中の進軍ラッパみたいなものよ、ただの景気づけ。適当に撃ってるだけ」
皆が動揺する中にあって、ラティアはなおも地下で鎮まったままでいる。
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