逆襲のシシャ16

  通された広間には多数の席が設けられており、既に何組かの集団が食事を楽しんでいた。会話を聞いてみると、ついさっき知り合ったばかりといったような手合いもちらほら。個室ではなくあえて広間を食室にしているのはこのためであろう。ここは上流階級の人間が集うサロンのような役割を果たしているのだ。


「おいワザッタ」


「なんでございましょうか」


 ワザッタはキシトアの呼び声に一瞬身を震わせた。なにかろくでもない事を企んでいるのではないかと直感したのだろうが、まさにその通りであった。


「この広間の中にエシファンの国家運営に携わっている人間か、そうした人間と距離の近い奴はいるか?」


「……おりません」


「嘘を吐くな」


「……私の後ろの集団……その奥の席に座っていらっしゃる方が、エシファン国家統治本部の役員をやっておられる、バンナイ・アイ様でございます」


 キシトアはそれとなく姿を確認すると、腕を組み「ふむ」と一息を置く。


「若いな」


「はい今年で二四になると聞いております」


「その割には随分と落ち着きがあるな。若い女がいるというのに舞い上がっている気配もなければ緊張しているというわけでもない。歳不相応に芯があるように見える」


「実際その通りです。バンナイ様は主に公と民の折衷役を担っているのですが、いずれからの評価もすこぶる良好でして、慕う人間も多くいらっしゃいます」


「実際に有能な人間なのか?」



「そりゃあもう。でなければあの歳で国家の中枢に関われませんよ。殊分析能力と交渉力が高く評価されておりまして、場合によっては外交にも駆り出されております」


「なるほど。ちょうどいい人間だ」


 キシトアはそう言うとおもむろに立ち上がり、さも当たり前といった風にバンナイのもとへと向かっていった。


「ちょ! な! ま、待って……」


 動転するワザッタは直ぐに後を追おうとしたが焦り過ぎて起立した瞬間に転倒。頭部を強打し悶絶しながら後姿を目で追うしかなかった。その間エティスは運ばれてきた前菜に箸をつけ、「美味しい」と呑気に目を細めていた。




「失礼。乾杯のお相手を探しているのですが、ご一緒してよろしいですか?」




 談笑の中に割って入るキシトアは実に堂々とした声で不躾を述べた。凡人が同じ事を行えば爪弾き必死の所業であるが、天性のエンターティナーは他者を笑顔にさせる魅力を伴っているもので、バンナイを含めた一同は快くキシトアを迎え入れ互いに杯を打ち鳴らした。


 ここで俺は異様に気が付き驚いた。キシトアはエシファンの言葉を喋っているのである。まさかこの短期間の間にと思い驚愕していると、モイが端末を渡してきたので見てみる。するとそこには、語学研修をしているキシトアの姿が映されていたのであった。しかも随分前から習学に励んでいるようである。異国の言葉が分からぬなどと述べていた癖にとんだ食わせ物ではないか。


「どうもありがとう。観光に来たはいいものの、どうにも土地を見ているだけでは物足りなかったもので。やはり、そこに住まう方とお話をしなければいけませんね」


「まさにその通りだと思います。人あっての国ですからな……差し支えなければ伺いたいのですが、どちらからお見えに?」


「海を越えた、リャンバという国です」


「リャンバ! それは遥々……しかし、この国の言葉がお上手だ」


「えぇ。こうしてお話しできるよう練習いたしました。無駄にならずによかった」


「私達もお話できて嬉しく思います。どうですかエシファンは? いいところでしょう」


「えぇ。自然が美しく街にも活気がある。素晴らしい国だと思います。何より料理が美味いのがいい。ただ……」


「料理が美味いと、どうにも酒が進みすぎる。先ほども飲み過ぎだと連れに怒られてしまいました」


「それは難儀ですな


 軽い笑いが起きる。こうした退屈なジョークも会話の花として必要らしい。社交というのは面倒な事だ。


「よろしければお連れの方もご一緒にどうですか?」


「よろしいのですか?」


「えぇ勿論。歓迎いたします。食事は大勢の方が楽しいですし、何より貴方の話を聞いてみたい。こういう言い方は失礼かもしれませんが、リャンバについて興味があります」


 そう述べたのはバンナイである。変わらず落ち着き払っているが、妙にキシトアを意識しているように見える。キシトアの方も何か感づいたような風に見えたが、特に何かをするでもなく、「光栄です」と相槌をするだけだった。



「それでは、お言葉に甘えさせていただきます。すぐそこにいますので、少々お待ちいただきたく」



 そう言うとキシトアは、白々しく息を吸い込み、下品にならない程度に声を上げる。



「ワザッタ! エティス! こちらへ来い! 話が通ったぞ!」


 それはホルストの言語であったがワザッタの名前だけは理解できたようで、一名を除き全員の顔色が瞬時に変わった。その一名とは、言わずもがなである。



「さ、叫ばないでいただけると……」



 肩身を狭めながら小走りしてやってきたワザッタは情けない声を上げてキシトアを咎めた。


「あぁすまん。呼びに行くのが億劫だったものでな」


一同は目を丸くしてキシトアとワザッタを見比べる。この場に集うような人間であれば、誰しもがワザッタの顔と名を知っている。そして、名に限って言えばキシトアも同様である。



「大変申し訳ございません……あの、お名前をお伺いしてよろしいでしょうか……」



 同席している女からある種確信めいた質問がなされると、キシトアはいつもの不敵な笑みを浮かべて答えた。


「これは失礼。私、キシトアと申します。どうぞよよろしく」


 驚愕する一同。

 しかし、バンナイだけは動じず、涼やかな視線を送っていた。

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