龍虎挨拶3

 予想通り飛行機の完成を待たずしてキシトアはムカームとの会談の日を迎えた。


 キシトアをはじめとした国の重役はトゥーラを離れ、港町ミィに滞在しドーガ歓迎の準備を進めていた。如何に不穏な国であっても、それなりに遇さなければ沽券と威信にかかわる。下手な真似をできない。


 そのドーガについてであるが、実は既にムカームの独裁政権にあった。ジョージ司教は国家転覆罪とオピウムの乱用により収監、処刑されたのだがそれもムカームの策謀である。

 ジョージ司教の刑執行と共にムカームは聖ユピトリウスとドーガの最高責任者となり、ドーガにバーツバ、ツァカスを含めた三国を支配。コニコ、エシファン(リビリの歴史は抹消され、国名は統治地域の名が付けられた。かつての首都ドゥマンはドーガが接収し管理地としている)をほぼ属国として従わせ、また、その他数多の小国を手中に収めている。この時ムカームは、間違いなく、異星の最高権力者であっただろう。


 キシトアは同じ時代に生まれたムカームに対して嫉妬と恐れを抱いていたように思う。

キシトアとて稀代の傑物であるのは間違いなく、一国の主としての資質は十分すぎる程に備えていた。だがムカームはそれ以上に化け物じみている。あらゆるものを利用し、自身を最上へと押し上げんとするその覇気はもはや人の領域にあらず、魔性とか神憑りとかそんな風に呼ばれるようなレベルの存在であった。そんな人間と、国主という同じ立場にいるのだから、恐れを抱くなという方が無理な話だ。


「いっそ、会談の席で暗殺した方が手っ取り早い気がしてきた」


 キシトアがそんな事を言うと、パイルスは相変わらず冷めた目で「そうかもしれませんね」と適当な相槌を打ったのだが、実際本当にその方が良いのではないかと思える程にムカームは危険な人物となっており、彼が公言している世界征服の野望がますますと現実味を帯びているのであった。今回のリャンバ来訪も、大陸支配の足掛かりとするためのものであるのはほぼ確実だし、嫌な予感しかしない。


「それより、会談後の会食であまりお酒を飲み過ぎないように。酔って粗相をするなど国の代表としてあるまじき失態ですからね」


「嫌な相手と躱す杯では酔えん。いや酔った勢いという事にして不始末をやらかすのもアリかもしれんな」


「完全になしの方向でお願いします」


「つくづくユーモアのない奴だ


「ユーモアで国が潰えたら、それこそ他国で笑いのネタにされるでしょうね」


「人に笑われるのは好かんな。仕方がない。真面目にやってやるか」


「是非ともお願い致します」


 パイルスは冷たくそう述べ、式典用の正装をキシトアに渡したのだが、その際、キシトアの皺の取れない眉間に目をやると、黙ってじっと見据え、大きな溜息を露骨に落としたのだった。


「なんだ突然。失礼な奴だな」


「いえ。そんな顔で会見に臨めば、さぞ不本意な映像が後世に残るだろうなと思っただけです」


「顔?」


「このところお疲れであらせられるのは十分理解しておりますが、国賓の前くらい柔和な表情を浮かべてください。我が国が小さく思われます」


 パイルスは臆する事もなく、無遠慮にそう言った。


「……分かった。善処しよう」


「そうしてください」


「……」


 歯に衣着せぬ物言いにキシトアは辟易としたようであったが、すぐに渡された礼装を椅子に置き鏡を覗く。すると、そこに写るのは如何にも疲れてますと言わんばかりの固い仮面のような顔であった。


「……なるほど。これはいかん」


 キシトアは両頬を叩くと、突然歌とダンスを始めながら礼服に着替え始めた。その騒音は廊下を飛びぬけ近くの部屋中に響き渡ったが、皆、いつもの事かと気にも留めず職務を続けるのであった。






 キシトアが着替え終わると、部屋にドーガの船が確認できたとの報せが入った。


「定刻より少し遅いな。存外食えん男だ」


 大陸において来訪者は少し遅れて到着するのがマナーとなっていた。それはホルストが支配していた頃から続く慣習であるためキシトアが知らないはずはなかったが、独立を果たしたドーガの人間がわざわざ倣う必要などない。然るに、これが友好会談との建前を保つためのパフォーマンスでるのは明確であった。だが、相手が礼を持って尽くす以上、キシトアにおいても同等の対応が求められる事となる。これにより、会談の重みが少しばかり大きくなった。


「仕方がない。まったく不愉快極まりないが、おとなしく接待をしてやるか」


「屈したくもない膝を屈し、下げたくない頭を下げ、述べたくもないおべんちゃらを述べるのも、国主たる者の宿命ですからね」


「その通りだ。我はそのためにいるのだ。いいかパイルス。そもそも我がリャンバはホルストからの圧政から逃れ戦ってきた由緒正しき正義と自由の国だ。膝を屈し命乞いをする事が敗北ではない。戦う意思がなくなる事が敗北だ。我と我が国はいつだって戦ってきた、戦う意思を失わなかった。そして此度もそうだ。必要ならムカームだろうが誰だろうが靴の裏でも舐めてくれよう。だが、最後に勝利の頂に立っているのは……!」


「キシトア様です」


「その通りだ! さぁ行くぞ! リャンバの田舎者共を盛大に歓迎してやる! 我に続け!」



 すっかりと興が乗ったキシトアは駆けるようにして港へと出ていった。ドーガの戦艦でありムカームの旗艦であるハイドジョイは、目視できる距離まで近づいている。異星における二大巨頭の邂逅は、もうすぐである。

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