第23話 闇と恋と (後編)

 当然、こっぴどく怒られた。

 最初はラグリォスのアデルペから。


「いくら我が主が起因とはいえ、いささかやりすぎではないか」

                                         次いでアメルテとルリのエイヌ国王夫妻。 


「精霊たちが騒がしいから何事かと思えばそういうことでしたか。クレアたちが手を焼くのも無理はありませんね」


 そして直属の上司クレアからは、


「だれがここまでしろって言ったかなぁ?!!!!」


 神殿全体に響き渡る、特大の雷をもらった。

 意外に思うかもしれないが、修練中クレアは怒鳴ることは絶対にしない。そんなことをしても相手が萎縮するだけだからだ。

 そのクレアからの雷に、ディルマュラでさえ目を丸くしていた。

 クレア自身も、怒鳴りつけてしまったことにバツが悪くなったのか、乱暴にアタマをかいて。


「……エルガートさまを相手にしてよく無事……ではないけど、七人全員生きて帰ってきたことだけは、それだけは褒めてあげる。ちゃんと帰ってきてくれて、ありがとう」


 深く頭を下げた。


「……まあ、あんたたちに全部押しつけたあたしも悪いけどさ。こんどからはもう少し、大人を頼って。お願い」


 頷いたのは、ディルマュラだった。


 クレアからのお説教を直接もらったのは、ディルマュラ班の三人だけ。オリヴィアは事情調査。ミューナは精密検査。そしてライカは。

 

「なにを、やっているのですか、あなたは……っ」


 ライトグリーンの薬液で満たされた、大人ひとりが余裕を持って入れる筒と、それに繋がれたケーブルと機械群。

 神殿に三台しかない医療ポッドの中にいた。


     *     *     *


「オリヴィアさんのおかげ、としか言いようがありません」


 ライカの治療にあたったのは療護院でもトップクラスの腕を持つ医者。名はシルハノ。淡い銀髪と理知的な低音が印象的だ。精霊術では治療が困難な病や外傷を、その卓越した手腕で何人も救ってきた名医だ。

 イルミナは簡素なテーブルと、カーテンで仕切られた診察ベッドの置かれた診察部屋で丸椅子に座り、シルハノからライカの状況の説明を受けていた。


「ライカさんは精霊化しかけていました。それは、件のラグリォスの方々と同じ、ですが身体および精神までも精霊へと変貌しかけるほどに深いものでした」


 淡々と説明するシルハノの言葉を、イルミナは半分も心に留めていない。


 シルハノの説明によると、ライカはあのときミューナを奪われそうになった怒りをトリガーにして周囲の精霊たちを活性化。興奮状態にさせることで怒れるライカへの恐怖心を押さえつけて強引に従わせた。

 結果、ライカは精霊と肉体も精神もひっくるめて精霊たちと繋がってしまい、あわや精霊化するところだった。


「話を聞く限り、オリヴィアさんの行動は結果としてライカさんの命を繋ぎ止める行動となりました」


 ひと通りの説明を終えてシルハノは、ぽん、と丸椅子でうなだれるイルミナの肩を叩き、


「わたしからは以上ですが、ライカさんが目を覚ましても、あまり怒らないであげてください。今回の件は、彼女の精神的なもろさが原因ですから」

「精神的……」

「わたしたちが精霊たちと触れ合うようになって二百年足らず。その間に今回のような事例は無論ありました。そしてそれらはいずれも精神的な不安定さが原因でした」

「……でも、あの子は、ライカはいつも明るくて、とてもそんな風には」

「辛いからこそ、あなたに心配をかけまいと明るく振る舞っていただけかも知れません」


 否定され、さらにうなだれるイルミナに、シルハノは優しく言う。


「イルミナさまに全ての責があるとは言いません。ですが、ライカさんはまだ十七歳。しかも両性です。些細なことで揺れ動く年頃と肉体なんです。お忙しいとは思いますが、もう少し触れ合う時間を設けてあげてください」


 そう言い残してシルハノは去って行った。

 残されたイルミナは、動くことができなかった。


     *     *     *


「……ねえ、オリヴィア」

「なに改まって」


 リーゲルトを無事保護し、彼の暴力性は落ち着かせたが、六人はいまだ七人暮らしの部屋での共同生活を続けている。

 エルガートの件がイレギュラーだっただけで、六人の任務は元々リーゲルトの面倒を見ることなので、一人は渋々、四人は当たり前に従っている。残るひとりのライカは入院中なので確認ができないままだ。

 念のため、渋ったのはオリヴィアではないことだけは明記しておく。


「ライカ、どうしたらいいと思う?」

「なんであたしに訊くのよそんなこと」


 いま部屋にいるのはオリヴィアとミューナのふたり。お互いのベッドに座って、なにを待つでもなく時を過ごしていたところへ、オリヴィアからすれば唐突に、ミューナからすれば相当の覚悟をもって話しかけてきた。

 ちなみに、ディルマュラたちはリーゲルトの稽古に出ていてこの場にはいない。彼の危険性はなくなったが、強くなりたいという意志は変わらないので交代で稽古を付けることになった。四人はあと一時間は戻ってこないはずだ。


「ほかに、訊けるひといないもん」

「あたしだって恋愛経験なんかないし、恋愛小説も恋愛まんがも読まないわよ」

「……でも」


 深刻そうにうつむくミューナに、深く長くため息をついて。


「あのくそ莫迦とえっちしたいなら薬局行ってコンドーム買っておいで。でも、いまそんなことしても、あいつは、作業的に腰振るだけで相手への感情なんか一切合切押し消すから、ミューナが望む展開にはならない。絶対。だからやめといたほうがいい」


 早口で言ってミューナの反応を待つ。


「……うん。そんなのはわかってる」

「だったら、」

「でも、ライカが真っ黒になったのってわたしが原因だから」

「うん。ちゃんと見て、とか服の裾掴むとか曖昧なことせずににさっさと押し倒してメロメロにしとけば、あいつは入院しなくてもよかっただろうけど、リーゲルトがどうなったかは判らない」


 それはミューナも同じ考えだったのか、弱々しく頷く。


「あんたがあいつのどこを気に入ったのか判らないし、知りたくもないけどさ、あいつの面倒くささって随一なのに、なんで惚れたのよ」

「だって、かっこいいんだもん」


 恋は盲目。

 自分にはそんな経験がないので判らないが、そういうものらしい。

 恥ずかしそうに言うミューナに、またも大げさにため息をつく。


「どっちにしても、あいつ自身が進展を望まない限り、ミューナが望む結果にはならない。んで、そうなる可能性は限りなく低い。あいつが自分のことを野良犬って定義して甘えてるのをどうにかしないと、」


 言葉を句切ったのは、ミューナがきらきらした目で見つめてくるから。


「……なに」

「だって、わたしよりライカのこと判ってるから」

「あいつが単純莫迦なだけよ」


 そうかな、と首を傾げるミューナを、うかつにもかわいいと思ってしまった。


「どっちにしても、あたしは手伝わないからね」

「うん。がんばる」


 力こぶを作ってみせるミューナだが、オリヴィアには不安しかなかった。


     *     *     *


「……、医務室、か……」


 ライカにとって医務室の風景は見慣れたものだ。シーツは無論、テーブルから花瓶に至るまで全て白一色で構成された部屋。消毒液のつんとくるにおいも、懐かしささえ感じる。違和感があったのは、自分のからだからする、ほのかに甘いにおい。


「医療ポッドに入っていたんです。丸二日の間」

 

 右からの声にライカに意識は一気に覚醒する。そうか。この甘いにおいはポッドに満たされる薬液のものだ。


「……わ、わるい」

「なにに対しての謝罪ですか」

「あんたに、迷惑をかけたことに、だよ」


 どこか諦めたようなライカの態度に、イルミナはへの字口で睨む。


「……なんだよ」

「今回の件はエルガートさまが首謀者です。私だって気後れするような方を相手によく戦い、よく収めてくれた、と感謝しているぐらいです」


 がしがしと頭をかいて、突き放すようにライカは返す。


「だったらなんだよ。なんで怒ってるか当てろとかそういうめんどくさいことを病み上がりにさせるなよ」

「……自愛してくれないからです」

「いいだろ、あたしの体なんだから」

「だめです」


 強く否定され、ライカは一気に反論する気を失った。


「わかった悪かった。次は気を付ける」


 早口に言ってイルミナに背を向けてシーツを被る。


「きょうは帰りませんからね」

「いいから帰れよ。仕事あるんだろ」

「きょうのお仕事は全部キャンセルしました」

「そうかよ。好きにしろ」


 言い捨ててそのまま、背を向けたまま、それでも寝入ることだけはできなかった。

 イルミナもイルミナで、ただライカの背中をじっと、じっと見つめ続けていた。


     *     *     *


「いちおう訊いとくけどさ、あんた、あいつとどうなりたいのよ」

「どう、って?」

「あいつと結婚したい、とか子供がほしい、とかそういうの」


 具体的な事例を出されてミューナの顔がぼっと赤くなる。


「そ、そういうのじゃ、なくて、ずっと、いっしょにいたい」

「結婚じゃだめなの?」

「ライカ、そういうの、いやがると思うから」


 うん、と頷いて。


「とりあえずあいつの頑固なのをどうにかしないと。ユーコにも、相談したほうがいいかもしれないわね」

「なんで、ユーコ?」

「あの子、恋愛モノ大好きだから」

「じゃあ、シーナにも、訊いたほうが」

「シーナに?」

「シーナ、心理学好きって言ってたから」


 へぇ、と目を丸くするオリヴィア。

 シーナもそうだが、ミューナが自分たち以外と喋っていたことの驚きの方が大きかった。

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