第63話 役割分担

 結局大したものは出なかった。もう少し詳しい手掛かりがないかと期待していたクリスは落胆し、待ち人が来なかったかのような寂しげな顔でその場を後にする。下水道を出てから念のために辺りを見回すが、当然イゾウがいるはずも無かった。


「金融街と言っていたな…人探しに面倒くさそうな場所でもない」


 トンプソンが言っていた大雑把な情報をクリスは思いだした。銀行や証券会社が軒を連ねているエリアであり、犯罪者達の中にも襲おうと企てる者達がいる可能性は十二分にある。騎士団が対処をしているのか不安な部分もあるが、今はシャドウ・スローンの親玉を逮捕することが先決であり、手段は選んでいられなかった。


 こうなれば何が何でも見つけ出して一連の事態の責任を取らせてやると、クリスが歩き出した時だった。装置が発光し、誰かからの呼び出しをされている事にクリスは気づく。


「どうした ?」

「こちら騎士団本部です。フランクリン様から伝言を預かっております」


 切羽詰まった声で通信を担当している職員がこちらへ語り掛けて来る。


「何があった ?」

「協力してほしいとの事です。ひとまず中心街にある公共の図書館へ来てくれとの事でした」


 どの道そこには用があるから丁度良いと思える半面、クロードという男についての調査があるため、無駄な寄り道をしたくないという思いもあった。


「…とりあえず話だけ聞きに行ってみよう。そう伝えてくれ」


 職員に対して、保険を掛けるかのような物言いをしながらクリスは通信を終了する。そしてまだまだ先は長いと感じたのか溜息をついてから中心街へ急いだ。




 ――――騒動が始まった頃に比べ、雨はさらに激しさを増していた。屋外の濡れない場所で怯えている市民や、武器を握りしめて警戒に当たっている兵士達をどかしつつクリスは図書館へと立ち入る。本の持つ独特な古めかしい臭いが充満しているそこもまた、他の公共施設の例に漏れず避難した者たちが休息を取っていた。どうやら彼らのためにスペースを設けようと必死らしく、兵士や司書たちが本を抱えて行ったり来たりしている。中には貴重な資料もある故、不測の事態によって破損させるわけには行かないのだ。


「あ、クリス !」


 見慣れた少年がこちらへ駆けて来る。ディックだった。兵士に支給されている制服のシャツは袖が捲られており、濡れている事から外部と室内を用事のために往復しているのであろうことが分かる。


「お前も来ていたんだな」

「うん、何でも良いから仕事が欲しいって頼み込んだんだ。ちゃんと護身用に武器も持たせて貰った」


 そう言って腰に携えた拳銃を自慢げに見せるディックを、クリスは内心微笑ましく思っていた。おもちゃを貰った子供の様に昂ってはいるが、騎士団が貸し与えるという事は信頼に足ると判断された証でもある。さすがは自分から財布を盗むだけの事はあると納得してしまった。


「頑張ると良い。ところでメリッサを見なかったか ?」

「確か二階に…ってああ !そうだ、用事があるんだった…じゃあねクリス !」


 彼にエールを送ったクリスがメリッサの居場所を聞くと、ディックは仕事を思い出したらしく行ってしまった。二階にいるという情報だけを頼りに向かってみると、机の上に広げた地図を兵士達と囲んでいる彼女の姿があった。


「一班は物資を運んでちょうだい。病院は勿論、工業地帯周辺の公園を始めとした避難所は特に必要としている筈。二班はその援護に徹して欲しい。三班と四班は引き続き街で情報収集を…各地の避難所に話は通しておくから、適度に装備の補充も忘れないで警戒を続けて。五班はこの後に仕事を手伝ってもらうから、私について来て」

「電報の情報についてはどうします ?」

「そうね…ひとまずは本部に連絡。ただこの状況で援軍を出せるかどうか…」


 メリッサは険しい表情で兵士達の指揮を執る一方で、何やら別件についても悩んでいる様子だった。


「随分と難しい顔をしているな」


 クリスがそう言いながら近寄ると、彼女もあいさつ代わりに軽く笑みを浮かべる。そして先ほど言ったとおりに行動しろとだけ兵士に伝えてから、装備を取りに行きたいと申し出て歩き始めた。クリスも彼女と並んで同行する。


「どんどん状況が複雑になって来てる。この国の各拠点から電報が届いたらしいんだけど、ブラザーフッドと思われる魔術師の集団が、あちこちの町を襲撃し始めたみたい。付近の基地やホワイト・レイヴンにも支援を要請しているけど、流石にキツイ」

「俺達が動けなくなっているのを狙ったか…」


 混乱に乗じてブラザーフッドが動いている事を告げられたクリスは、なぜこの街に送り込まれた魔術師が少ないのかという疑問に合点が行ったらしかった。装備を整えながら二人は話を続ける。


「だが手遅れってわけでも無さそうだな。さっさと暴動を抑えてしまう必要がある事には変わらんが」

「方法があるの ?」

「この騒ぎを起こしているのはシャドウ・スローン。そして、その親玉の名前を突き止めた…そいつを見つけ出し、落とし前を付けさせてやるのさ。自分のボスが仕留められたとなったら、連中も少しは大人しくなるだろう。そうすれば残りの戦力を余所の防衛に回せる」


 まだ対抗できる余地はあると豪語するクリスに、メリッサが思わず聞き返す。それに対して、「今ある手掛かりから騒動の元凶を見つけて倒す」という中々強引な解決策を伝えると、メリッサは簡単に納得をする様子を見せなかった。


「確かに出来るのなら悪くない考えだろうけど、どうやって見つけ出すつもり ?」

「金融街に情報を持っている奴がいるらしいが…その前に手伝ってほしい仕事ってのは何だ ?今後どう動くかはそれ次第になる」


 より具体的な方法を聞きたがるメリッサだったが、クリスはそちらの用件を聞かせて欲しいと言いながら彼女を見た。確かにそうだと頷いてから、今度はメリッサが話を始める。


「ちょうど金融街での仕事よ。何とか逃げ切ったらしい銀行員から話を聞いた…火事場泥棒のせいで大変な事になってるみたい。特に金の集まっている場所だから」

「じゃあまずはそれを何とかしよう。俺の方については向かいながら話をする」


 ひとまず予定が分かったクリスは彼女に手伝う意思を見せた。そのまま二人は雨が止まない外へ出ていき、兵士達と共に馬車へ乗り込んでから目的地のある金融街へと急いだ。

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