第59話 手掛かりを求めて

「そんな…じゃあ、あの銃撃は君じゃなかったのかい!?」


 本部に一時的に戻ったグレッグは、状況の詳細を伝えるために帰投していたシェリルから事実を知らされて愕然とした。クリスは弾薬をシリンダーに込め直しながらそれを見ている。


「うん。本部からトーキンス製鉄所の近くに二人がいるって話を聞かされて、すぐに時計塔へ向かった。あそこからなら見渡せるし…でも先客がいた」


 走り書きした報告書を担当の職員に渡しながらシェリルは答える。先程の交戦の際に感じた相手との力量の差にやるせなさがあるのか、あまり快く思っている雰囲気ではない。


「先客とやらはどうなったんだ」

「色々聞き出してやろうとしたけど、急に泡吹いて倒れてさ。毒でも飲んで自殺したのかと思ったら、ただの死んだ振りだった。マーシェに聞いたら巷で出回ってる仮死薬を使ったみたい。特定の神経毒や魔物の体液から作ってるんだって。それで…不意打ちを食らって、何とかやり合おうとはしてみたけど…逃げられちゃった」


 困り果てた事と申し訳なさを表しているのか、軽く後ろ髪を指で弄りながらクリスの問いかけにシェリルは応じる。現場で押収した物品は諜報班や研究開発班の手によって解析を進められているが、自分が情報を聞き出す事さえ出来ていれば、彼らの手間を煩わせずに済んだという負い目が残り、彼女の顔を少しばかり曇らせていた。


「相手の顔と名前が分かっただけで儲けものだ。気を落とすな」

「…どうも」


 クリスはなんとなく察したのか、彼女に対してフォローを入れた。シェリルも一例を入れて小銃を担いで立ち上がろうとした時、調べ終わったらしい兵士達が彼らの前に現れる。


「武器自体は簡単に手に入る市販の物ですが、弾薬については面白い結果が出ましたよ」


 生真面目そうな青年が言った。


「我々騎士団が使用している程のものでは無いですが、クリナ鋼や銀を大きく含んでいる仕様になっていました。騎士団の装備に関する情報の一部が出回ってからというもの、こういった粗悪な対魔物用の弾薬が流通しているんです…恐らくブラックマーケットで入手したものでしょう」

「この辺りで手に入れられるものなのか ?」

「やろうと思えばですがね…そうだ、オオカミさんなら何か知っているかもしれません」


 青年が手掛かりである非正規品の弾薬について説明をしてから、クリスは出所の特定が出来るのかどうかを尋ねる。そして、イゾウが力になってくれるかもしれないという返答に対して、意外そうに目を丸くした。


「アイツが ?なぜ ?」

「イゾウは元々暗黒街での裏稼業を生業にしてたらしいんだ。暗殺とか用心棒をやってたんだってさ」


 グレッグが理由を話してくれた事で、イゾウが自分と同じようにスカウトされた身だという新しい事実を知ったクリスは、すぐにでも彼のもとへ向かうと言って事務室から出ていこうとする。少しでも情報を集めてシャドウ・スローンのボスを見つけ出し、この騒動の落とし前を付けさせてやるという決意が確かにあった。


「ねえ…クリス !イゾウは今、街のあちこちで立て籠もっている犯罪者たちの追跡をしているんだって。僕はこれから病院の警護に戻るよ、手伝ってくれてありがとう。シャドウ・スローンについて何か情報があったら僕も連絡する」

「ああ、気を付けてな」


 彼の後を追いかけるようにグレッグは部屋を出ると、そのままイゾウの所在と自分が今後どこにいるのかを伝えた。クリスも彼と挨拶を交わしてから建物の外へと出ていく。


「…」


 そんなクリスの背中をグレッグは見送っていたが、彼に抱える一抹の不安が心の中でざわつく。敵であるとみなせば、かつての師であろうと屠るクリスの姿に対して、得体の知れぬ恐怖を感じていた。なぜそこまで冷酷に徹する事が出来るのか、てんで見当がつかなかったのである。




 ――――建物の上を瞬間移動や跳躍で移動しながら、クリスは通信を頼りにイゾウがいると思われる場所へ辿り着いた。バーテルミアと呼ばれるその区域は、通称”悪夢の街”と称される犯罪の温床であった。


「おい、いたぞ !例の賞金首だ !」


 クリスが比較的高い集合住宅の屋根から飛び降りて、膝を突きながら大通りへと着地した時であった。どこからかそんな声が聞こえると同時に銃声が響き渡る。クリスはすぐさま付近にあった空き家と化している商店へ走った。そしてショーウインドーを突き破って入り込み、受付のカウンターに身を隠す。集中して辺りの気配を探ると、数人程の人物がこちらに近づいているらしかった。数や動きからして用意周到に計画をしていたわけではないらしく、「偶然見つけたので一攫千金を夢見て攻撃した」程度のものだろうという事が推測出来る。


 割れたショーウィンドーから風が入り込むと同時に、付近を取り囲む足跡も聞こえた。内部に入る度胸までは無いらしく、店の前で敵がたむろしている瞬間を見計らい、クリスはカウンターから拳銃を持つ手と頭を出し、誰が先に入るか揉めている内の一人へ目掛けて撃った。腕を吹き飛ばされた仲間の姿を見て怖気づいたのか、慌てて競うように全員で路地裏へ駈け込んでいく。店から出て来たクリスも彼らを追いかけようと路地裏へ向かった。


 大通りから離れているとはいえ、比較的華やかなレングートの中心地区とは大幅にかけ離れた空気感としけた街並みの一部が垣間見えた。汚物や泥の混じった臭いが鼻を通るたびに不快な苛立ちを呼び起こし、周囲の壁や道端はゴミや落書き、いつ張られたのかも分からないチラシが乱雑に散りばめられている。


 目と鼻の先にある別の通りへの出口付近で悲鳴が聞こえた。不思議に思ったクリスが顔を向けると、先程襲撃をしてきたゴロツキ達の一人が息も絶え絶えに血を流し、脚を引き摺りながら路地を横切ろうとしている。何があったのかと呼びかけようとした時、彼の頭に何かが飛来し、深々と突き刺さった。駆け足で近づいてみると、後頭部に小振りのクナイが突き刺さっており、髪の毛や道を赤黒い血で濡らしつつある。


「何だ、もう来たのか」


 背後から聞き覚えのある嫌味ったらしい声を耳にして、まさかと思いクリスが振り向く。ボロボロの体を匍匐で動かしながら逃げようとするゴロツキと、それをゆったりとした歩調で追いかけるイゾウの姿があった。ゴロツキはクリスへ助けを求めるように手を伸ばしたが、背中から刀を突き立てられると血を吐きながら絶命した。


「話は聞いてる。その代わりこっちの仕事を少し手伝え」

「…情報をくれるだけで良いんだが」

「ほう、貰うもん貰ったら後は知らん顔と…馬鹿にしてるのか ?どの道お前の欲しがってる情報にも関わっているんだ。さっさとついてこい」


 こちらの反論には耳を貸さずに歩き始めるイゾウに対して、今後もアイツの事は好きになれそうにないとクリスは思いながら後をついて行った。

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