第5話 虐殺と狩人

 馬車と列車を乗り継いで二人が辿り着いたのは、国の北方にある山岳の麓だった。原生林のおかげで貴重な動植物が現存しているその地域は、夏になれば観光名所として人気の高い場所である。クリスは付近に存在する川のせせらぎや道を挟んでいる両側の森林に気を配りながら砂利道をを緩やかに歩いていた。


「そんなに警戒しなくても問題ないぜ。この辺じゃ魔物も滅多に現れないっていうしな、せいぜい迷子になったトロールが出てくるくらいだ」


 デルシンはクリスと並んで歩きながら、胸のポケットから葉巻を取り出した。先端を歯で噛み千切ってから咥え、反対側の方に火をつける。一息吸うと、赤い光がボンヤリと浮かび上がっては消えた。まるで蛍であった。


「結構高かったんだよ、この銘柄。お前も吸うか?」


 吐き出した煙が生き物のようにデルシンの口から這い出てくる。その匂いにクリスが気になって彼の方を見た際、デルシンは一本取り出して勧めてきた。


「すまない、煙は好きじゃないんだ」

「そうか…」


 そうしてクリスに断られたデルシンは、少し寂しそうに吸い続けた。吸い殻を捨ててから踏みつけて火を消し、いつまでたっても目的地にたどり着かない事にやきもきしながら進み続けていたが、曲がり角に差し掛かった瞬間にクリスが足を止めた。腰に携えている拳銃に手を伸ばしながら、鋭い眼光で辺りに睨みを利かせている。


「どうした?」


 緊迫した面持ちのクリスに反応したデルシンもトランクを置いて、背負っていた大剣に手を伸ばそうとしつつ彼に尋ねた。


「何かがいる。強い魔力が二つ」


 魔力を感じ取ったクリスが彼に説明をしている時、森の中から裸足の女性が現れた。必死の形相で服をはだけさせながらも擦り傷や痣の出来た体でこちらへ向かってくる。倒れこむように駆け寄った女性を、デルシンは優しく受け止めた。


「お嬢さん!落ち着いてくれ、何があったんだ?」

「ま、魔術師が…村を…」


 事情を聞いていた直後、森の奥深くから二人の人影がこちらへ迫って来るのをクリスは目撃した。そして火の球が飛んできたと思いきや、勢いよくクリスの顔面に直撃して爆発が起きた。すぐに肉体の修復が行われると、クリスは「その子を頼む」とデルシンに伝えた。拳銃を二丁ともホルスターから取り出してから引き金に指を掛け、クリスは彼らの下へと向かって行く。そして腕から火の球を放ってくる二人の魔術師の攻撃を木に隠れて凌ぎながら、隙を見て銃弾を撃ち返した。銃弾には火の球に当たると、そのまま突き抜けて魔術師達の体を掠る。騎士団の使用する弾丸は、金属を溶かせるほどにまで高温に出来る魔術師の火さえ通じなかった。


「クソッ」


 悔しがる魔術師達が木陰に身を隠して様子を窺っている内にクリスは弾丸の装填を行い、一人が隠れているであろう木に狙いを定めて撃った。弾丸が木を突き破り、頭部に穴を開けると、魔術師はそのままうつ伏せに倒れて動かなくなる。その光景を間近で見たもうひとりの魔術師は憤慨した。元はといえば、襲撃に乗じて女性を手篭めにしようとした自分達が悪いといえばそれまでのはずだが、そのような事をする輩なだけあってか自身の行いを鑑みるという事は一切しなかった。つくづく人とは自分の事については棚に上げるという性を持っているのである。


 ヤケになった最後の一人がその場から出て来るが、クリスは胴体を狙って二発ほど撃った。二発とも命中すると魔術師は呻き声と共に倒れ、必死に這いずり回りながら逃げようとしていたが、クリスは彼に近づいて足で抑えつけると、頭を目掛けてもう一度引き金を引いた。クリスは弾丸を装填しながら、新調された銃を少し眺めてみる。ポールは結局一から作り直したらしく、以前の物とはかなり使い心地や重量も違っていた。安定性を向上させるために銃身が太くなっており、それに合わせて全体的に大振りになっていた。弾丸も大口径の物を渡され、火薬の量もあってか反動が大きいものの、クリスの腕力からすれば些細な誤差であった。


「終わったぞ」

「よし、彼女から話を聞いた。急いで村に向かおうぜ」


 戻って来たクリスにデルシンは魔術師による村への襲撃が発生した事を彼女から伝えられたと座っている女性を見ながら言った。どうやら魔術師によって包囲される前に女性は逃げたしたらしい。デルシンには女性の護衛を任せてクリスは一足先に村へ向かうといって駆け出していく。




 ――――村の民家の大半には炎が燃え盛り、逃げ惑う人々は消し炭にされるか顔や体を醜く焼かれた。生かされている人々は村の中心に集められて跪かされている。あまりにも突然であったため、助けを呼びに行くのもままならなかった。そんな村の入り口付近では、三人の下級魔術師が退屈そうに黄昏ていた。


「はぁ~、結構可愛い子いたのに…見張りなんかしてられねえよ」

「だが騎士団の連中が来たら面倒だろ?こないだだって列車を襲った奴らが全員殺されたって言うぜ」

「目的が終わればさっさと逃げてしまえばいいんだ…ん?」


 ふと道の曲がり角から誰かが向かって来ていた。両手に拳銃を持ち、紺色の外套を身に纏っているのが分かった瞬間、先程までのお気楽な雰囲気はどこかへと消えた。


「来やがったぞ!」


 一人を報告に向かわせようとしたが、それより先に弾丸が飛んできた。肩や腹を撃ち抜かれ、悶絶する彼らにトドメを刺しながらクリスは村の中心へと向かっていく。


 村に存在する井戸の近く、襲撃を指揮していた上級魔術師であるピーター・クラークは銃声を耳にすると、その場にいた何人かの部下達へ始末するようにと命じて送り込んだ。そして村人が見ている中、拘束している一人の女性へと近づいて彼女の顔を撫でる。黒髪の女性の首には紐状にした炎が輪の形になって纏わりついており、両腕も同じように部下達が紐状の炎を纏わりつかせていた。


「火の拘束魔法だ。お前が抵抗しようとすれば、いつでもその首と腕を焼き切る事が出来る。キャシー…俺との結婚を無下にして、こんな連中と友達ごっこに勤しんでたのはなぜだ?」


 村人たちを蔑んだ目で見ながら、ピーターは彼女を見た。


「どうしてここが…」


 キャシーからの返答に男は少し笑うと、拘束魔法に使っている炎の力を少し強めた。そして、皮膚が焼かれそうになる痛みに顔を歪ませる彼女の顔を再び触る。


「ちゃんと答えてくれ」

「もう沢山だったのよ…!皆戦いばっかり繰り返して…あなたと来たら疑問に思うどころか、正義のためだなんて言って愉しんでた。どちらかが止めれば終わるのに…だから逃げた。この辺りなら魔術師への差別も少ないって聞いたから」

「考え方が大間違いだよ…まず、仕掛けたのは彼らだ。僕たちへのおぞましい仕打ちの数々…その上、意地っ張りで謝罪も償いもしないからこうなっている。僕たちが拳を引っ込めれば、それこそ奴らの思うつぼ。この辺りは差別が少ないなんてのも善意から来るものじゃないはずだ。利用したいだけだよ、君の力を」


 ピーターがそうやって自説を説いていると、捕まっている村人の一人が声を上げて否定した。新しい井戸を作るための水脈探しを手伝ってくれた事や子供たちの勉強を手伝ってくれた事をはじめ、村人の誰もが彼女には感謝をしており、嫌いに思っている者などいないと反論する。不愉快に思ったらしいピーターは、部下に命令をしてその村人をキャシーの目の前に連れてこさせた。間もなく村人はピーター自身の手で生きたまま焼き殺される。


「いやああああああ!!!」


 自分を庇ったせいで殺された村人の死体を前にキャシーは頭を地面にこすりつけひたすら泣き叫ぶ。一方で銃声が止んだのを聞いたピーターは、ようやく終わったかと思いつつも立ち上がった。


「雑魚が出しゃばるから…まあ、いいか。ブラザーフッドは裏切り者を許さない。穏健派に鞍替えする様な奴や命令に背くような馬鹿は言語道断だ。既にいなくなっていた君は知らなかっただろうが、あのクリス・ガーランドですら例外じゃなかった。だけど俺は優しいから、君の事は殺さないでおいてやるよ。その代わり、地獄を見てもらうけどね」


 ピーターはそう言って、その場にいた子供たちを全員一か所に集めさせた。そして彼女によく見える場所へと無理やり連れてこさせる。何をするのかは最早言わなくても分かっていた。


「そんな、やめて!お願い、私はどうなっても構わないから!」

「それじゃあ罰にならないだろ?」


 そう言って魔法を使おうと、泣き叫ぶ子供たちに右手をかざしかけた瞬間、何か鋭く熱い痛みが腕を貫いた。ピーターの腕を貫いた弾丸は、そのまま彼女を拘束していた下級魔術師にも命中する。隠れながら撃った一発を皮切りに、建物の陰からピーターは飛び出して、キャシーを拘束していたもう一人の魔術師の眉間にも弾丸をぶち当てた。


 拘束魔法が解けた瞬間、キャシーはすかさず井戸に残っている水を湧き起こして小さな激流を引き起こす。そのまま子供たちをピーターから遠ざけるために激流を使って彼を突き飛ばした。吹っ飛んだピーターは壁を突き破って家屋の中へと叩きこまれる。


 いきなりそのような事態に陥ってしまいパニックになっていた魔術師の一人は、突如として背後からデルシンによって大剣で真っ二つにされた。慌てて他の者達も構えようとするが、クリスによってどちらも射殺される。デルシンが村人を安全な場所に逃げるように指示している中、クリスはキャシーに近づいた。


「怪我は?」

「クリス・ガーランド!?その服、なんで…」

「その説明は今じゃないとダメか?」


 彼女と話している際、ピーターが爆炎と共に家の屋根を突き破って飛び出してきたのと同時に、先程自分達が来た道から魔術師の増援が来るのをクリスは目撃した。


「とうとう堕ちる所まで堕ちたなガーランドォ!」


 そう叫ぶピーターを前にして、忙しくなるぞと首を鳴らしながらクリスは彼を睨んだ。

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